第18話 芦原理巧に関する二年四組への聞き取り調査

 ――あの魔素溜まりダンジョン遠征の日から三十日。

 みんなも少し冷静になれたところで、こんな質問をしてみた。




『芦原理巧についてどう思う?』













「芦原? そりゃとんでもねえ奴でしょ! サーシャさん殺したんだから!」


 そう答えたのは、ヘアバンドがトレードマークの田澤たざわ礼文あやふみ君。神仙君とつるむことが多く、お調子者でクラスではムードメーカー的な立ち位置にある。


「サーシャさんだけじゃない、七人もの人間を殺しているんだ。そんな奴が、殺人鬼じゃなかったら何だって言うのさ」


 クラスの男子で一番小柄な比良坂ひらさか慎護しんご君も同意する。彼も神仙君とつるんでいて、女の子みたいな見た目に反して口から飛び出すのは毒舌が多い。


 ……その神仙君は、大河原君たちと遠征中。女子の方も二階さんたち数名が不在で、今この城にいるのはクラス全体の半分くらいだ。


「つか海藤ちゃん、なんでそんなこと訊くワケ?」

「……彼のことを、ちゃんと知っておいた方がいいと思ったの。ほら、神仙君も言っていたでしょう? これは復讐なのかもしれない、って」


 一部のクラスメイトは長期間に渡り彼を虐げ、私たちはそれを止められなかった。そしてそれは、異世界セインフォートに来てなくなるどころか、より一層激化していた。

 何より、囮として置き去りにされたというあの日の出来事――そんな目に遭って誰も何も呪わず恨まないという方が不自然だ。そこに至るまでの芦原君の心情を思えば、むしろ彼こそが被害者とも言える。


「その復讐を、どうにかして止めてあげられたらって――」

「関係ないね」


 できれば彼を救いたいという私の願望を、けれど比良坂君は容赦なく切って捨てた。


「ひどい目に遭った人間は、他人にひどいことをしていいって? 殺されかけた人間は、他人を殺してもいいって? ――冗談じゃない、


 彼の声や言葉からは、芦原君への嫌悪と侮蔑が滲み出ていて、


「人殺しは所詮人殺しだ。で殺人が許されるはずもないだろ。ましてや無関係の人間を手に掛けたんだ、あいつはただの卑劣なクズだよ」

「んー、まあ芦原がクズってのは同感だけどさ。どんな理由でも人殺しがアウトってのはさ、ほら、戦争で国や家族を守るために仕方なくってこともあるじゃん?」

「戦争みたいなマクロな事例ケースと、個人のっていうミクロな事例ケースを比べるのはナンセンスだよ。比較すること自体が間違っている」


 だいぶ過激なことを口にする比良坂君に、田澤君もちょっと引いているように見える。

 ……そして私にも、思うところがある。


「……なら、比良坂君は」

「ん?」

「誰かが芦原君に命を狙われたとして――その子が自衛のために彼を殺しても、それは悪いことだって言うの?」

「っ、それは……いや、芦原は悪い奴だし――」

?」

「――いや……そうは言ってない、けど……」


 ――結局、比良坂君は『個人』で判断している。

 彼が許せないのは『芦原君が人を殺す』こと。どんな理由を付随させてもそれは揺るがないし、だからこそ『芦原君が殺される』ことに関してはむしろ歓迎している節がある。


 要するに比良坂君と、それに田澤君も芦原君が個人的に嫌いだという、それだけの話。

 ……ううん、嫌いですらないのかもしれない。今まで見下していた、眼中にもなかった相手が急に視界に入ってきたから、それを鬱陶しく思っているだけなのかも。


『許せないから疎ましい』のか、『疎ましいから許せない』のか。

 その違いを正しく認識できている人は、きっとそんなに多くないのだろう。


 ――あの後も意見を交え、彼らの理屈の矛盾を指摘しても。

 二人は最後まで、意見を翻すことはなかった。











 当たり前だけど、大半の生徒は田澤君や比良坂君と同意見だった。

 怖いとか、許せないとか、最低の人間だとか――男女や地位カーストの隔たりなく、揃いも揃って彼を悪し様に罵る。……という部分が、未だ不透明にも関わらず。


 芦原君への非難、それ自体が悪いことだとは私も思っていない。それだけの悪事を彼は為したと聞いたのだから、嫌悪感を抱くのは人として当然の反応だろう。

 けれど聞いた話が真実かどうか、私たちには確認する術がない。真偽のわからないまま一方的に決めつけて悪く言うのは、人間の正しい行いじゃないと私は思っている。


 ――そんな考えを持っているのは私だけかと、そう思っていたけれど。


「……言えることなんて何もないよ。あたしに――あたしたちに、芦原を悪く言う資格なんてない」


 思わぬ人物が、思わぬ意見を述べてくれた。


 屋良やら小鳥ことりさん。物静かな美人で、男子人気の高い沢渡さわたりあきらさんと女子人気の高い若山わかやまさくらさんの二人と一緒に行動することが多く、クラス内の地位カーストは上位だ。

 芦原君との接点も私が知る限りなく、仲のいい二人は彼への拒否反応を示していたから、きっと同じ意見だろうと思っていたけど。


「……『悪く言う資格がない』ってことは、彼が悪いとは思ってるってこと?」

「そりゃあね。あんな話を聞かされて、好きになれって方が無理あるでしょ」


 でも、と彼女は言う。


「あたしたちはとっくに、芦原を見捨てたんだ。大河原や二階にイジメられているのをみんなが知っていて、とばっちりを食うのが嫌だから見ないフリしていた。……『被害者』の彼に手を差し伸べようとしていたのは、海藤さんあなたくらいだった」


 屋良さんの言葉に、特別な感情は含まれていない。ただ単に、事実を口にしているだけという感じの語り方だった。

 けれどそこから、さっきまで散々聞いた侮蔑の色を帯びるようになり、


「それが『加害者』になった途端、今まで我関せずの態度を貫いてきた連中がこぞって芦原を叩き出した。あたしたちが行動していれば、彼を助けてあげていれば何かが違ったかもしれないのに、そんな過去からは目を逸らして――」


 と、そこで何かに気づいたように彼女は暗く笑い、


「――ああ、そっか。みんなちゃんと、芦原を見捨てたっていう罪の意識はあるんだ。、芦原が悪者の方が都合がいいんだね。『被害者』が悪人だった方が、助ける必要なんてなかったって言い訳が立つから」

「そんなことは――」

「ないかもしれないね、本人としては。でも、みんな大なり小なり無意識の内にそう思っているはずだよ」

「……どうして、そう言い切れるの?」


 問うと、屋良さんは嘲るように、


「だって誰も、『芦原は復讐のために人を殺した』って話を疑ってないんだよ? それってつまり、ってことじゃん。その復讐を認めたら、自分たちに非があることを認めることになる――だから、彼が間違っているとみんな必死に非難する。違う?」


 ……彼女の言い分を、全面的に正しいと肯定することは難しいけど。

 確かに、当てはまっている部分はあるように思う。


 妙だとは思っていた。みんなが芦原君を一方的に悪と断ずることが。クラスの中で孤立していたとはいえ、誰も彼に味方する者がいないことが。

 みんなは傍観者の立場から、客観的な判断をしていたわけじゃない。当事者の立場から、主観的な判断をしていたんだ。だから自分に都合のいい意見を翻すことができなかった――と、そう考えることもできる。


 同じ立場の人間が多いのもこの空気感を作り出す要因になったんだろう。芦原君だけを非難し、それ以外の人に罪や責はないというような、――


「……今日の屋良さん、よく喋るのね」


 ふと、そんな言葉が口を突いた。

 肯定も否定もできず、咄嗟に思ったことを言ってしまっただけなのだけど、


「…………あ~、そっかぁ……うわあ、今まで隠してたのに……」


 突然、屋良さんの様子が変わった。

 とんでもない失敗をしたかのように項垂れ、その表情には絶望が貼り付いている。


 長い長いため息を吐き出した後、肩を落としながら私を見て、


「……まあ海藤さんなら大丈夫かな。これから話すこと、誰にも言わないでくれる?」

「え? ええ、構わないけれど」

「ありがと。――あたし、高校デビューなんだよね」


 そうして彼女は、早口で語り出す。




「中学までは地味で根暗で、友だちとかも全然いなくてさあ。イジメとまでは言わないけど、クラスの集まりもハブられることが多くて。高校からは充実した生活を送ろうと一念発起したけど、ファッションも音楽も何もかも、トレンドはSNSで見たものを丸暗記することしかできなくて。クール系気取って口数少なくしてみたけど、そしたら今度は意見とか言い出せなくなっちゃうし、結局カースト上位の連中の趣味ってあたしには合わなくてさあ……桜や晶はまだマシな方だけど、それでもBLボイスドラマの話なんかできるわけないじゃん? 天願てんがんさんとか戸塚とつかさんがしてるアイドルゲームの話とか、本当はあたしも加わりたいんだけど――」




「あ、そうなの……へえ……あはは……」


 ……私、なんで屋良さんの愚痴聞いてるんだっけ?











 今までは、出会った人に順番に質問していったけど。

 実は、最後に訊く相手だけは最初から決めていた。


「――芦原をどう思うかって?」


 逆立った赤髪が目を引く、背の高い男子――宗谷そうやりょう君。

 私が知る中で、唯一芦原君と交流があったクラスメイト。宗谷君自身もクラスから浮いていたのもあって、たぶん私以外のみんなも妙な取り合わせだと思っていたことだろう。


 彼はジッとこちらを見つめる。私の問いを訝しんでいる様子はなく、その視線は顔より下に――ってちょっと待った。


「……宗谷君? 貴方、を見てるの?」

「え? あ、すまん! 最近エロに飢えていたから、つい無意識に!」

「……貴方の趣味を否定するつもりはないけれど、女の子の気持ちはちゃんと考えなさい。誰かがセクハラを訴えたら、然るべき処置を取らせてもらうわよ」


 ……素行不良とは別にこういうことがあるから、彼は女子はもちろん男子からも煙たがられている。

 女子に下ネタを振るような真似はしないから、最低限の良識やデリカシーは持ち合わせていると思うのだけど、発散の場を失ってタガが外れつつあるらしい。異世界での生活の思わぬ弊害を目の当たりにしてしまった。


「それで、あー……芦原のことだよな? 海藤が何を考えてるかはなんとなくわかるが、俺が力になれるとは限らねえぞ」

「何でもいいの。彼をよく知らない人たちの意見はみんな似たり寄ったりだから、貴方の友人としての視点はとても貴重なのよ」

「友人――友人ねえ。向こうもそう思ってくれてるとありがたいけどな」

「違うの?」


 訊ねると、彼は苦笑を漏らした。


「わかんねえよ、あいつのことは。ま、顔と名前を覚えられてるだけ、クラスの他の連中よりはマシな扱いなんじゃねえの?」

「は? 顔と名前……って、芦原君覚えてないの?」

「本人はそう言ってたな。あいつが覚えてるのは俺と海藤おまえだけで、それ以外の全員――大河原や二階すら綺麗サッパリ忘れちまうんだと」

「ええ!? だって、あんな目に遭ってたのに!?」

「『何をされたか』は覚えてるらしいが、『誰にされたか』は忘れるらしい。というか、されたこと自体も大して気に留めてないようだったけどな。前に俺が冗談で『覚える価値もない相手ってことか?』って言ったら、あいつ大真面目に『そうかもしれない』って頷きやがったよ」


 顔が覚えられない――相貌失認ってこと? いやでも、私や宗谷君の顔は覚えてるって話だし……わけがわからない。


「あいつは普通の人間じゃない」


 宗谷君は神妙な顔つきで呟いた。

 目元とか多少怖いけれど、そうしていれば割と野性味溢れるイケメンって感じなのに……性癖が前面に出すぎていなければ、好意を持つ女子もいただろうに。


「具体的にどうこう言うのは難しいんだけどな。なんとなく雰囲気が違うというか――要は、俺が理解できるレベルの奴じゃないってことだ」

「そう、なんだ……」

「――だからこそ、あいつが人を殺したって聞いても、俺はほとんど動揺しなかった。『ああそうなのか』って、自分でも驚くほどあっさり話を受け入れてたよ」


 それは、他の人とは違う観点だった。

 芦原君が殺したと思っているのは同じだ。芦原君という個人に目を向けているのも同じだ。けれど宗谷君は、芦原君を自分との距離で測っているわけじゃない。自分との比較で彼を見るのではなく、純粋に芦原理巧という少年を語っている。


 ここで宗谷君は僅かに屈んだ。

 そしてこちらに顔を寄せると声を潜めて、


「……あくまで俺の勘だが、本当に芦原がサーシャさんたちを殺したなら、それ自体は問題じゃない」

「問題じゃないって……いえ、それは揚げ足取りね。じゃあ、何が問題だって言うの?」

「どうして殺されたか、だ。他の連中は復讐だ何だって騒いでるが、見当違いも甚だしいぜ。誰にイジメられたかも覚えられないような奴が、今さら復讐なんぞ企むかよ」

「じゃあ、どうして」

「襲われたんじゃねえの? 騎士団の連中に」


 サラッとすごいことを言った――いや、これを言うために声を潜めたんだ。


「なあ海藤はおかしいと思わねえか?」

「おかしいって……騎士団の人が? それともあの日の遠征が?」

「違えよ――だ」


 そして彼は、思わぬ切り口で話を始める。


「神仙とはほとんど話したこともないが、正直なところ俺はあいつが嫌いだ。自分以外の全ての人間を見下すような目をしておいて、人当たりの良さでそれを誤魔化しやがる」


 だが、と彼は続け、


「あいつは間違いなく優秀で、人を率いるに足る能力がある。異世界こっちに召喚された時も警戒心バリバリで、何を利用してでも生き延びてやるって気概を感じたんだが――」


 ほう、と大きく息を吐いた。


「――それが今じゃ勇者を自負する、お姫サマの立派な忠犬だ。野心と自尊心の強そうなあいつが、そんな状況でどうしてイキイキしてやがる?」

「異世界に来て心境の変化があった、とか……」

「なくはないだろうが、この世界セインフォートにはもっと乱暴な理由がある。魔法はどうか知らないが、スキルで人心を操ることができるのはお前も知ってるだろ?」

「……うん」


 精神干渉――魅了系のスキル。

 確かに神仙君への違和感は私も抱いていたし、その可能性を考えなかったわけじゃない。けれどまさか、宗谷君が同じ考えに至っていたとは。


「他の連中も、最近お姫サマに入れ込み気味だ。お前も魅入られないよう気をつけろよ」

「ええ、気をつけるわ」

「おう。――海藤、なんかめっちゃいい匂いするな」

「セクハラ厳禁ッ!!」


 不埒者の尻を蹴飛ばしてやると、そのままゴロゴロと地面を転がった。

 無様を晒す彼を置いて話を切り上げる――寸前、大事なことを訊いていなかったことを思い出した。


「――最後に、宗谷君」

「え!? 俺の命がここで最期!?」

「じゃなくて。――芦原君が騎士団の人たちを殺したとして、彼はどんな方法を使ったと思う?」

「あん? いや、サッパリわからんけど……まあでも、芦原なら超能力くらい使えてもおかしくないとは思うぞ」

「そう、ありがと」


 そして今度こそ、私は彼から離れた。


 ……は得られなかったけど、それなりに収穫はあった。

 遠征に出ている勇者クラスメイトが戻ってきたら、彼らにも訊いてみるとしよう――











 ――その日、勇者の一人が遠征から戻ってこなかった。

 その人物の死亡が、私たちに告げられた。

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