第2話 獣人
外へと飛び出したはいいが、そこは先程までいたはずの森のなかではなかった。
「な、なんだ……ここ、どこなんだ!?」
目の前に広がる光景は森とは程遠い、街中だった。しかも自分の住んでいた町ではない。
田舎とは程遠いほどの街並みが広がり、人も大勢歩いている……しかし、それは人であって人ではなかった。
いわゆる
「はぁ!?」
耳らしきものも尻尾らしきものもピクピクと動いているのが見える。ということは本物か! 陸斗は目を疑った。
人だけではない。街並みも日本ではほとんど見ることがない、石造りの建物ばかり。道行く人々の足元も石畳だ。
バッと振り向くと、洋館は古びているのは変わらないが、街並みと違和感なく
「一体どうなってんだ……夢か?」
こんな真昼間から夢を見るなんてことはないだろうが、そう思いたくなるのも無理はない。陸斗は手にある振り子時計の鍵をぎゅっと握り締めた。
「ど、どうしたらいいんだろう。も、もう一度振り子時計を鳴らしたらいいのかな」
自分は元の場所へ帰れるんだろうか、陸斗は不安になってくる。
『ドンッ!!』
どうしようかと考えていると、突然後ろからなにかがぶつかった。
「!?」
ぶつかった衝撃で思わず前にひざまずく。
その瞬間、真横をなにかが通り過ぎた。ハッと顔を上げると、自分と同じくらいの背格好の少年が走り去っていくのが見えた。
(男、だよな?)
ショートヘアと身体つきを考えて男だろうと判断した。しかし、その後ろ姿は猫耳と尻尾のほうが気になってしまい、性別などどうでもいいか、と思った。
「な、なんだよ」
手に付いた砂を払い立ち上がろうとしたそのとき、先程まであったものがないことに気付いた。
「鍵!!」
鍵がない!! 振り子時計の鍵が!! 陸斗は慌てた。あれがなければ帰る方法も分からない。鍵があっても帰ることが出来るのかは謎だったが、しかし鍵がないと可能性を確かめることも出来ない。
「鍵返せ!!」
陸斗はそう叫んだと同時に先程ぶつかってきた猫耳の後を追ったのだった。
◇◇
「お兄様、なにやら気が乱れました」
「シルヴィ、本当かい?」
「えぇ、なにがあったのかは分かりませんが、肌がピリピリしたのです」
「なるほど、ちょっと調べてみよう」
広く豪華な部屋でそう語り合うのはルーランド王国の王子ルーフェスと王女のシルヴィだった。
このルーランド王国は獣人の国。様々な種の獣人たちが住んでいる。猫族、虎族、獅子族、狼族、狐族、他にも小さな種のものたちもいる。
そのうちの狼族、そのなかでも一際魔力が強く、力も強い銀狼族がこの国の王族だった。
王子のルーフェスは綺麗な銀髪に青い瞳、そして頭頂部には銀色の毛を持つ耳が、尻のところには銀色の毛並みでふさふさの太い尻尾が動いていた。
しかし王女シルヴィにはそれらはなかった。豊かな長い銀髪や青い瞳は全く同じだったが、獣人の特徴である耳も尻尾もなかった。いわゆる人間と全く同じだ。獣姿になることも出来ない。だからといって、周りにいる者たちはシルヴィを邪険に扱うことなどはなかったのだが。
シルヴィは獣人としての見た目こそは持ち得なかったが、それゆえになのか感覚が非常に優れていた。
普通の獣人が感じることのないような、小さな変化を感じ取ることが出来た。
そのシルヴィがなにかを感じたというのなら、なにかがあったということだろう、と、ルーフェスは疑うこともなく調べることにしたのだった。
◇◇
「待て!! この!!」
陸斗は必死に猫耳を追いかける。振り切られそうになるほど、猫耳は人混みをスイスイと通り抜け走る。さすが猫だな、と妙に感心してしまう陸斗だったが、だからといって諦めるわけにはいかない。必死で見失わないように追いかける。
「こ、この!! 待ちやがれ!! 猫耳!!」
ぜいぜい言いながら、走るのには限界を迎えそうになり、苛立ちがつのり思い切り叫んだ。すると、その猫耳はピクリと耳を動かしたかと思うと急に止まった。
「うおっ!!」
突然止まられるとこちらは急には止まれない。見事に猫耳に激突した。
「「痛ってー……」」
猫耳を押し倒す形で止まった陸斗は身体を起こし、道端に座り込んだ。
「なんだよもう、いきなり止まるなよな」
「それはこっちの台詞だ!! 思い切りぶつかりやがって!!」
猫が毛を逆立てながら怒るかのように「シャー!!」とでも言いそうな表情で怒るそいつは、茶色の短い髪に金色の瞳の……
「お、女?」
「あ!? それがなんだ!! 女だとなんか文句あんのか!!」
背後から見ているだけでは分からなかったが、明らかに男にはないふくらみがあった。
陸斗は顔が一気に熱くなるのを感じうつむいた。それにしても口が悪いな、と陸斗はチラリと猫耳女を見る。
猫耳女はふてぶてしい態度であぐらをかいて腕を組んでいた。短パンからスラリと伸びる脚にドキリとしてしまう。今までクラスの女子たちにこんなことを感じたことはないのに、なぜこの猫耳女なんかにドキリとするのか。陸斗は訳が分からず考えないことにした。
「あのさ、女とかはどうでも良いけど、鍵返してよ」
フン、と横を向いていた猫耳女はあからさまにギクリとしていた。
「な、なんのことだよ」
(おいおい、バレバレなのにしらばっくれるとか意味分からん)
「それがないと困るんだ」
「知らねーよ。それよりお前誰だよ! どこの種族だ!!」
「誰……種族……って?」
「はぁ!? お前、自分の種族も分からないのか!? 耳も尻尾もないし、変なやつだな」
(変なやつと言われても、お前のほうが余程変だ)
陸斗はそう思ったが口に出すのは耐えた。恐らく余計話がこじれるだけだろうことは容易に想像が付いたからだ。
「俺は……人間だ」
「人間? 人間て遥か遠い国の生き物だって聞いたぞ。ルーランドにはいないはずだ」
「ルーランド?」
「はぁ!? そんなことも知らないのか!? この国だよ!」
(ルーランド……全く聞いたことないぞ。どこだよそれ)
陸斗は頭を抱えたが、そもそもこんな獣人がいる国なんて地球上どこにもない、はず。ますますもって早く洋館に戻りたい、そう思う陸斗だった。
しかしやみくもに走って追い掛けたせいで、洋館がどこにあったのかすらもう分からない。
「ど、どうしよう……ばあちゃん……」
「なんだよ、お前、迷子か?」
ニヤニヤしながら猫耳女は言った。
(いや、お前のせいだろ)
内心腹立たしかったが、グッと
「さっきの洋館に戻りたいんだ、連れてってくれ。それと鍵返せ」
「おい! 命令すんな! 誰が連れて行くか!」
ムカッとしてしまい、陸斗は思わずフリフリと動く尻尾を
「ふぎゃー!! は、離せ!! この変態!!」
「はぁ!? 変態ってなんだよ!! お前が悪いんだろうが、この猫耳女!!」
「なにをー!!」
ギャーギャーと言い合いながらも尻尾をぎゅうっと握り締めていたため、最終的には猫耳女の力が抜けた。ぐんにゃりしながらちょっぴり涙目に。
「く、くそっ。いい加減離せ! 連れてくから!! 鍵も返すから!!」
渋々ながらもそう言った猫耳女の様子を見て、陸斗はようやく尻尾から手を離した。
「それからアタシはキール!! 猫耳女なんて呼ぶな!!」
猫耳女こと、猫娘のキールは尻尾を隠すように叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます