リクトと不思議な振り子時計

樹結理(きゆり)

第1話 不思議な振り子時計

 田んぼが広がるのどかな風景。まだ多くの森の木々が残る町。人がまばらという程ではないが、小さな商店街ではなじみの人々だけが行き交うようなそんな町。

 ジージーと蝉の鳴き声がうるさく響くなか、田中陸斗りくとは一人図書館へと向かっていた。


 元々都会に住んでいた陸斗は両親共に共働きでほとんど家におらず、十二歳というまだ大人とも言えない歳で、ほぼ一人暮らしに近い状態で暮らしていた。

 それを見兼ねた祖母が陸斗を自分の元へと呼び寄せた。


 祖母の暮らす田舎町は今まで住んでいたところとは全く違い、賑やかさとは程遠いところだった。祖母は良い人だ。祖父に先立たれて寂しかったのもあったのだろうが、陸斗をとても可愛がった。だが、陸斗にとっては両親の元で暮らそうが、祖母の元で暮らそうがどちらでも良かった。


 祖母の家での生活になんの不満もなかったが、しかし学校は違った。十二歳にしては落ち着いた性格で(これは今までの育った環境のせいでもあるのだが)、見た目も比較的整った顔に切れ長の目、綺麗に整えられた髪、そんな外見と中身のせいなのか、都会から越してきた、というせいなのか、転校した小学校では浮いていた。


 元々小学校自体に子供の数は少なく、一クラスずつしかない。しかも六年生といえば、もうこの土地にずっと住んでいる子たちは六年間も同じクラスで生活してきたのだ。

 当たり前といえば当たり前なのだろうが、その輪に入るにはなかなか難しかったし、入ろうとも思わなかった。


 夏休み直前に転校してきた、というのも良くなかった。すぐに夏休みに入ってしまい、仲良くなるすべなどなかったからだ。あえて自分から声を掛けるほど、陸斗は積極的ではなかった。


 そういうわけで、陸斗は一人の夏休みを過ごしている。


「向こうに住んでいたままなら友達くらいはいたのにな」


 うだる暑さのなか、歩きながら呟いた。


 友達がいなくとも困ることはないが、しかし長い夏休みの時間を過ごすには暇過ぎた。

 田舎町へと引越すことにためらいがなかったわけではないが、しかし毎日家に親がいない、ということを問題視されるということも、さすがに理解出来たため、陸斗は渋々ながらも祖母の申し出に従った。




 友達もおらず夏休みをずっと家で過ごしているのもどうかと思った陸斗は、毎日図書館に通うようになった。本を読むのは好きだったからだ。毎日朝から夕方近くまで一人で本を読んでいた。


 そうやって過ごしていたある日、森のなかからなにやら猫の鳴き声が聞こえた。普段は蝉の鳴き声しか聞こえない。図書館自体が町中から少し離れた場所にあるため、人も少なく交通量もない。だから蝉の鳴き声しか聞こえないというのに。

 しかし今日は猫の鳴き声が聞こえたのだ。猫くらいどうってことないだろう、とは思うのだが、なぜかそのときはその声が気になった。


 風が吹き、木々がざわめく。一歩森へ足を踏み入れるとひんやりとした空気が心地いい。


「涼しいなぁ」


 思わず伸びをする。図書館までの道中は日差しを遮るものがなにもない。暑さから解放された喜びは大きい。森のひんやりとした空気を思い切り吸い込んだ。


『にゃ~ん』


 再び猫の鳴き声が聞こえた。どこにいるんだろうとキョロキョロしてみても、姿は見えない。辺りを少し探してみると、突然森のなかに古びた洋館が現れた。


「なんだこれ。こんなところに洋館?」


 陸斗は洋館の周りをぐるりと周ってみた。壁面にはツタのようなものがっていて、窓も薄汚れている。どうやら人の気配もない。


「誰も住んでないのかな」


 不法侵入になってしまうのかな、と心配にはなったが、探検気分で興味を抑えることは出来なかった。


 正面の扉に手をかけると、鍵などかかっていなかったのだろう、すんなりと開いた。

 ギギギと音を立てて開いた扉は古びてはいたがそれでも崩れ落ちることなくしっかりとした重さがあった。


 洋館のなかは確かに人が住んでいたのだろう、家具や食器がそのまま残されていた。しかしどれも埃がかぶっていて、もう長く誰も住んでいないことを物語っていた。


『チリン』


 小さく微かだが鈴の音が聞こえた。その後に再び小さく猫の鳴き声も。


「このなかに猫が住み着いているのかな」


 鈴の音と猫の鳴き声が聞こえたような気がした方向へと進む。チリン、チリン、と徐々に音は大きくなった。


 ある部屋の扉までたどり着くと、ギィィイと音を立てて、その扉は勝手に開いた。


「ひっ」


 まさか幽霊でも!? と陸斗は身体を強張らせたが、部屋の扉の鍵が壊れているだけのようだった。

 恐る恐るなかへと入ると、その部屋はいわゆるリビングルームのようなものなのだろうか、とても広く古びたソファやテーブルがあった。


 そしてなによりも目に付いたのが…………大きな振り子時計。


 部屋に入ると真正面に見たこともない大きな振り子時計が据えられていた。


「スゲー……綺麗だな……」


 いわゆるアンティークというやつか。木枠も振り子も文字盤も針も、レトロ感が漂っていた。


「まだ動いてる?」


 近付くとカチコチと規則正しい音が聞こえる。いつの時代からこの洋館があるのか分からない。しかも人が住まなくなって長い時間が経っているかのようなのに、なぜかその振り子時計だけは綺麗で、しかも壊れることなく時を刻んでいた。


『ガタッ』


 ふいに物音が聞こえビクッと身体を振るわせる。恐る恐る振り向いてもなにもない。しかしなぜかふとあるものに目がいった。


 テーブルの上に置かれていた、鍵。


 一瞬キラリと煌めいたかと思うほど、振り子時計と同様に綺麗な鍵だった。


「なんの鍵だろう……」


 陸斗はその鍵を手に取ると、あらゆる方向から眺めてみたが、なんの鍵だかは分からない。しかしなぜかふと振り子時計に振り向いた。


 そして振り子時計に近付くと、振り子の後ろになにやら穴が開いているのが見えた。


「もしかしてこれ?」


 不思議と誘われるように振り子の硝子戸を開け、なかの穴へと鍵を挿す。そしてガチャリと鍵をひねると……。


 カリカリカリカリとネジを巻くかのような音とともに針が周り出した。そして、一周回り十二のところへたどり着いたかと思うと、ガチッと揃った。



《ボーンボーンボーン……》



 突然振り子時計の針は十二時を指し、音を鳴らし出す。


「え、え、な、なんだ!?」


 急に怖くなり出した。突然鳴り出した振り子時計。鍵を引っこ抜くと、抑えていたものがなくなったのを喜ぶように振り子が勢い良く動き出す。


 十二回を過ぎても鳴り続ける振り子時計に怖くなり後退る。逃げようかと思ったそのとき、ゴゴゴと音を立てて床が揺れ出した。


「地震!?」


 立っていられないほどの強い揺れが洋館を襲った。


「うわぁぁあ!!」


 激しい揺れに何も出来ない。小さく身をかがめ、頭を守る。そして頭を抱えたままうずくまっていると、次第に揺れは収まってきた。


「な、なんだったんだよ、一体」


 気付けば振り子時計も静かになっていた。

 陸斗はなんだか怖くなり、荷物を持つと慌てて正面入り口まで走った。



 そして扉を開け外へと飛び出ると、そこには見たこともないような景色が広がっていた……

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