叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼

Tempp @ぷかぷか

Prologue 幸せなマイホーム、になりたかったあの日

第1話 僕の最初の記憶

 こんにちは!

 僕は木造2階建、築15年の家です。小さな丘の上に建ってます。

 僕が建ったのはちょうど秋。僕と同じ家が沢山建った。

 色んな色の葉っぱのたくさんの木が生えていて、とても綺麗なところなんだ。


 僕のお父さんは建築家さん。大工さんが僕を建てている間もちょくちょく見に来てくれたんだ。

「ちょうどこれから冬になる。だから住む人を守る暖かくていい家になるんだよ、家族みんなが幸せな笑顔であふれるような家になりな」

 そう僕に笑いかけてくれた。

 お父さん、わかった。僕はきっとその『幸せなマイホーム』になるね。住んでくれるみんなを幸せにするんだ。


 僕が建築されてからはお父さんと会うことはなくなった。けれども不動産屋さんが『暖かい木のにおいのする家』『家族と団らん』っていうキャッチコピーをつけてくれたんだ。それでたくさんの家族が見学にきた。それで位波いなみさんっていう素敵な家族が僕を買ってくれた。

 サラリーマンのお父さんと専業主婦のお母さん、それから7歳の小学生のゆずちゃんっていう女の子と4歳の男の子の家族とペットの鳩。これまでは団地に住んでたんだって。

「ここが俺たちの夢のマイホームだ」

 お父さんは僕を見て、そう言った。

 みんな素敵で大好きな家族!

 せっかく住んでくれるんだから、楽しい思い出を一緒に作りたい。そう思った。いつまでも楽しく暮らして欲しい。だって僕は『幸せなマイホーム』なんだから。


 でも人生、ううん、家生ってうまくいかないよね。

 位波さんのお父さんの帰りは遅くて、帰ってきた時はだいたい酔っ払っうようになった。それでお母さんを殴るようになった。

「誰のためにこの家を買ってやったと思ってるんだ」

「そんなあなた……」

「ローンのことなんてお前は気にもしないんだろう、穀潰しめ」

 そんなことを言いながらお母さんを殴るんだ。お父さんがお母さんを殴るのは、ローンっていうもののためらしくて、つまり僕を買ったせい。悲しい、ごめんなさい。


 お母さんは一日中男の子と一緒だった。けれどもそのうち、男の子が泣くとイライラして怒りだすようになった。昼は男の子にご飯をあげたら、ソファでずっとぼんやりすることが多くなって、男の子が泣いたら壁とかにいろんなものを投げつけるようになった。

 それで、お部屋がちょっとずつ汚くなって、それにもお父さんが怒るようになって、そのうちお父さんは帰ってこなくなった。

 僕、自分で掃除できたらよかったのにな……。


 柚ちゃんもお部屋に籠るようになった。

「その目は何!? あんたも私が悪いっていうの!?」

「やめてお母さん、やめて!」

「いいわねあんたは外で遊べて! 私はどこにもいけないのに!」

 リビングにいると、よくわからない理由でお母さんに怒られて叩かれている。どうして? どうして叩くの?

 柚ちゃんは2階の部屋で毎日しくしく泣くようになった。

 泣かないで、柚ちゃん。でも、僕には何もできない、悲しい。

 これはやっぱり『幸せなマイホーム』とはちがうよね……。僕を売る時に説明していた不動産屋さんの人が言ってたことと、違うもの。笑顔なんて全然なかった。

 でも僕は家だから、どうしようもなかったんだ。

 みんなに何かしてあげられたらよかったんだけど。本当にそう思ってた。


 あれは最初の春の初めのある日。庭にある桜の木の芽が少し膨らんでいた頃。

 男の子が死んじゃった。お母さんも死んじゃった。

 お母さんは死ぬ前に優しい声で柚ちゃんを部屋に呼びに行った。けれども、柚ちゃんは鍵を開けなかった。

 その2日くらい前から、柚ちゃんは部屋に閉じこもって鍵をかけていた。おせんべいとかお菓子をいっぱい持って。お母さんはずいぶんいろんなことを言って柚ちゃんを部屋の外に出そうとした。けれども柚ちゃんは鍵を開けなかった。

『ピンポン』

 チャイムが鳴ったんだ。

 その音は最初に位波さんたちが僕の家に入ったときと同じ音。幸せだった時と同じ音。

 男の子とお母さんが死んじゃってから5日くらいたってからかな。

「先生助けて!」

 柚ちゃんは急いでベランダに回ってそう叫んだ。柚ちゃんの学校の先生が訪ねてきたんだ。

 僕の庭には桜の木が一本あって、それが丁度満開に咲いていた。窓をあけた柚ちゃんの周りに絡みつくようにピンクの花びらがたくさん舞った。

 先生は柚ちゃんの声を聞いて、警察という人たちを連れてきた。それで部屋に入って、柚ちゃんを連れ出した。

 さようなら、柚ちゃん。僕の家で幸せになれなくてごめんなさい。

 だからどうか、幸せになって。


 位波さんたちが住み始めてから半年くらいで、僕の家には生きてる人は誰もいなくなってしまった。

 けれども死んだ人は住み続けている。

 お母さんと男の子の2人の体は警察という人が持って行ったけど、死んだ瞬間に体から飛び出たお母さんと男の子は変わらず僕に住んでいて、同じ日を繰り返している。死んじゃった前の日のおやつの時間から死んじゃった時のおやつの時間まで。どうせなら、幸せだった引っ越してきた日を繰り返して欲しいのに。

 2人が動くと、その2人が消費したエネルギーは、なぜか僕に貯まっていった。その分、2人は少しずつ小さくなった。だからそのうち、いなくなるのかなって思った。

 でも2人は幸せそうじゃなかったから、その方がいいのかなってちょっと思った。

 僕の家の中にいる、ずっと不幸な人たち。


 僕の家に生きている人が居なくなってから半月くらい経った日。

 内装屋さんがきて、僕の中をきれいにしていった。いろんな物や汚れは全部無くなった。

 男の子とお母さんは相変わらず毎日お部屋を汚しているけど、その汚れは一日が経つうちにいつのまにか消えてなくなるから、多分お部屋はキレイになってるんだと思う。


 不動産屋さんが新しい家族を連れてくるようになった。何人かの幸せな家族に僕を案内した。

 それでね、僕はいつもこう思うんだ。

 今度こそ、皆に幸せになって欲しい。なんたって、僕は『幸せなマイホーム』なはずなんだから。


 そう、次の人の話だ。

 次は請園うけぞのさんっていう人がこの家を買って、仲良しな人たちと住んだんだ。

「位波さんはよ。サラリーマンだからローンの支払いが厳しくなったんだとさ。今度は即金だ。だから問題ないだろう。事故物件だから、安くなったがな」

 不動産屋さんは、ぼんやり呟いた。

 やっぱりローンとか即金って何なのかはよくわからないけど、大丈夫そうかなって思った。

 請園さんたちは最初はね、みんな一緒にテレビを見たり本読んだりして、楽しそうに仲良く過ごしていた。

 よかった。これがきっと『幸せなマイホーム』に違いない。


 でも、しばらく経って変化が起こった。

 位波さんのお母さんが死んじゃった日を繰り返すのをやめて、請園さんたちを観察するようになった。

「ここは私の家だ、出て行け」

 位波さんのお母さんは、そう騒ぎ始めた。位波さんが最初から住んでいるのは間違いない。でも、請園さんたちには位波さんの声が聞こえないみたいだった。位波さんが死んじゃったからかな。

 そういえば柚ちゃんの部屋には位波さんのお母さんは入れないみたいだった。けれど男の子の方は壁をすり抜けて入れていた。透き通ってるのに、入れる人と入れない人がいるのって、なんだか変なの。

 このまま位波さんと請園さんたちが一緒に仲良く暮らせないかな、『幸せなマイホーム』になれないかな。そう思った。


 でも、やっぱりうまくいかなかった……。

 それで結局、請園さんたちもみんな死んじゃった。

 また、生きてる人はいなくなったけど、死んでる人は増えた。

 死んじゃった請園さんたちと位波さん一家はお互いが見えないみたい。何でだろう。

 位波さんたちと請園さんたちは、別々に、それぞれの死んじゃった日を繰り返し始めた。請園さんたちのエネルギーは位波さん一家に流れ込んで、それがまた僕に溜まっていく。請園さんたちは少しずつ小さくなっていったけど、エネルギーを受け取っている位波さんの一家は小さくなるのが止まった。


 不動産屋さんがまた来て、僕をキレイにする。

「部長、ここやばいんじゃないすか? 二年ちょっとで両手の指で足りなくなったでしょう?」

「うるせぇな、売れりゃいいんだよ、売れりゃ」

 不動産屋さんは前より不機嫌そうだった。

 それからも僕の家には色々な人が住んで、そしていなくなった。

 けれども僕の家ではその後も、幸せになった人はいなかった。誰も。

 いろんな人が住んだんだ。最初はね、みんな幸せそうだった。

 死んじゃった人たちは増えたけど、やっぱり笑顔の人たちはいない。

 みんな笑顔にならないのかな。

 僕は『幸せなマイホーム』じゃないのかな。

 すごく悲しい。僕は誰も幸せにできない。どうしたらいいんだろう。

 悲しくて悲しくて、気がついたら僕も柚ちゃんの部屋でしくしく泣いて暮らすようになっていた。


 それからまた時間が経って、若い女の人が僕の家を借りた。

 もう、誰も住まないで。僕は誰も幸せにできない。

 みんな不幸になって死んじゃう。

 僕はこの家の死んじゃった人たちを止められない。

 だから住まないで。お願い。

 ぼくは玄関をくぐる女の人を祈りながら見た。

「なんだろ、なんか懐かしい、この家」

 女の人はぼんやりと玄関を見回した。

 なんだか電気が走ったみたいな、気がした。

 この声。それからこの懐かしい感じ。何かのピースが嵌ったような感じがした。いろいろな思いが自然にぷかりぷかりと浮かんできた。

 ひょっとして……ひょっとして?

 女の人は玄関に座って、玄関脇の廊下の壁に頭と右肩を持たれかけた。

 壁を伝わって、トクトクと生きてる人の暖かい音がする。その音に聞き覚えがある。

 それでその人は、目を閉じて独り言を呟いた。

「呪いの家って聞いたけど、あんまりそんな感じがしないな。……私は久里手くりで柚。しばらくよろしくね」

 やっぱり柚ちゃんだ!

 苗字は違ってるみたいだけど柚ちゃんだ!

 その瞬間、僕は思い出した。僕の唯一の希望。僕に住んでいた人の中で、ただ一人死ななかった人。

 柚ちゃん生きてた! 嬉しい!

 でもここにいちゃだめだ! 早く出ていって!

 お願い!

 誰か! 助けて!


呪いの家の間取り:https://kakuyomu.jp/users/Tempp/news/16817330657721477303

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