第54話 策士・水無瀬紗月

 休日の夕方は、家で鍋パーティーをすることになった。


 いつもなら食事はテーブルでするのだが、座卓に鍋を置いて囲む。


「そろそろ暑くなるけど、鍋はどの季節もいいわね~」


「分かります~! うちもよく鍋するので~」


 なるほど。先輩の家は鍋派なんだな。最近毎日うちで食事をとっているけど、大丈夫なのだろうか?


 紗月も楽しそうに笑顔を浮かべていたけど、その心の奥からは少しだけ「寂しい」という感情が読み取れる。


 鍋に特製のスープと具材を入れて煮込む。


 やがて美味しそうな匂いが広がる。


 蓋を取ると中から湯気がふわりと充満する。


 誰よりも先に紗月がおたまお玉杓子でみんなの分をよそってくれる。


 みんな飲み物を片手にダンジョンでの出来事だったり、今日のショッピングの話だったり、盛り上がり始めた。


 大人ならお酒を片手に宴会となるだろうけど、姉さんも酒はあまり好きではないらしく、一切飲まない。


 あの姉さんが酔ったらどうなるか想像もしたくないかな。


 そういや鍋を四人で食べるなんていつぶりなんだろう? 僕がまだ子供のころ、笑っている姉さんと両親と一緒に食べたのが最後か…………そう思うと、紗月と先輩がいてくれて本当に良かった。


 だからこそ、これからの攻略の件をしっかり伝えないと。


 しばらく談笑しながら鍋を食べる幸せな時間を堪能した。


 食事が終わり、デザートも同じく座卓を囲む。


「紗月。先輩。ちょっと聞いてほしいことがあるんだ。ダンジョン攻略のことで……」


 アイスを美味しそうに食べていた二人を首を傾げながら僕に注目した。


 くぅ……二人とも可愛すぎる……。こほん。


「二十五層を越えて二十六層に入ったわけだけど、ここから通称上級者層だよね。二十六層の魔物も今までよりも手強くなったよね? そこで一つ思ったんだけど、二人に無理してまで頑張ってほしくはなくて、みんなで足並みを揃えて進みたいなと思うんだ」


「誠也くん。少し進むペース落としてたもんな」


「ふえ? そうだったの!?」


「はい。先輩に気持ちよく魔法を使ってもらいながらも、進む速度を落としていたので、少しだけ気になってました」


 あはは……紗月も気にしてくれてたみたいだ。


「僕としては、今までのペースでもやっていけそうな感じだったけど、もし二人のレベルがまだ足りないと思うなら、一度一か所に留まりレベルを上げ切った方がいいかなと思ったんだけど、どうかな?」


「え~私に不満はないぞ? 少年。今のままでも私の魔法が効く敵ばかりだからっ!」


「私も同感かな」


「そっか……二人が無理してこの進行速度を維持しているなら、もっと緩めてもいいと思うんだ。だから遠慮なんてせずに言ってほしいんだ」


 二人はポカーンとしている。


 僕達の間に少しの沈黙が続いて、紗月がクスッと笑った。


「本当のこと言ってもいいかな?」


「う、うん! ちゃんと言ってほしいんだ!」


「えっとね、たぶん先輩もだと思うんだけど――――もっと進行速度を上げて・・・ほしいかな」


「えっ…………?」


「えっとね……実は……ちょっと物足りなくて・・・・・・……ずっと言えなくてごめんね? 誠也くんに無理させたくなかったから……」


「私も同じかな! 少年。もうちょっとガンガン進んでほしいの!」


「…………」


 クスクス笑う姉さんの姿が見えた。「ほらね?」と言わんばかりの視線を送っていた。



 ◆



 月曜日。


 いつものように学校に来て出席チェックをする。


「誠也。久しぶりだな」


「先生」


 久しぶりに会う担任の先生。


「探索活動はどんな感じだ?」


「はい。すごくいい調子で進んでいます。紗月と澪先輩のおかげでかなりいい感じです」


「そうか。ならよかった。何かあったらすぐに相談することと、無理して上層ばかりを目指さずに一歩ずつを心掛けるのだぞ」


「は、はい……」


 ごめんなさい、先生。その約束は守れそうにありません……。


 体育館から出る頃、僕達を見てひそひそと「才能ある人を金で買ってるよな、レベル1の癖に」と嫌みが聞こえてくる。


 何かを言い返そうとする紗月を制止して学校を後にした。


「誠也くん。私は君がああいうことを言われるのがすごく嫌」


「少年。私もだぞ!」


「あはは……二人が僕のために怒ってくれるだけで満足だよ。それよりも、誰かと争う暇があるなら、みんなとダンジョンに潜りたい……ではダメかな?」


 二人がポカーンとしてお互いに顔を合わせた。


「そ、そうね。私もそっちがいい」「私もだ~!」


 理解してくれたようで嬉しい。


 ダンジョン前に着くと、ベンチには腕と足を組んでベレー帽を被り似合わない大きなサングラスを付けた姉さんがいた。


 ちょうど姉さんを囲むように男達が声をかけていた。四人ほど。


「姉ちゃん~俺達と遊ぼうぜ~朝からダンジョンなんかに潜らずによ~」


「何なら俺達と潜らないか? きっと気持ちよくできるぞ?」


 …………なんか最近こういう人、増えてきたというか。あまり目にしていないだけで、こういう連中も多いかな。


 割り込もうとしたら、紗月が僕を止めて何か耳打ちをしてくれた。


「え……?」


「きっと夏鈴姉様が喜んでくれるから! ほら、可愛い夏鈴姉様を見たくない?」


「ま、まぁ……見てみたい気もするが……分かった。紗月にそこまで言われたらやってみるよ」


 言われた通り、あることを始めた。


「おい、てめぇら」


 似合わないドスの利いた声を出すと、男達が僕を見つめた。てか一番驚いているのは姉さんだ。


俺の女に・・・・何か用か?」


「はあ? こんなちんちくりんが彼氏だ? がーはははは! こんなふざけた雑魚が!」


 殴ってくる男の拳を避けて腹部からすくって投げ飛ばす。空中を三メートル飛んで、離れた芝生に落とされた。


「て、てめぇ!」


 今度は男三人が一気に殴りにくる。


 それも魔物に比べれば大したことはなく、全員を軽めに投げ飛ばしてやった。


俺の女に・・・・手を出すなんざ百年はえーんだよ! おとといきやがれ!」


 僕はそのままベンチに座っていた姉さんが、強引に・・・手を引いてダンジョンの中に入った。強引と言っても無理矢理というよりは、座っていた姉さんの腰に手を回して起こした感じ。


 これで紗月から言われた芝居は終わりを迎えた。


 ダンジョンに入った姉さんは「誠也が俺って言った! いつもと違って凛々しくて驚いたよ!」とか「はうう……誠也すごくかっこよかったな……」とか「また誠也に助けてもらいたいなぁ……」と紗月に向かって何度も繰り返した。


 当人の紗月は非常に満足のいく笑顔で、僕に親指を立てた。

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