第20話 装備店

 エレベーターが三階を示して、扉を開いた。


 紗月と一緒に降りると、夜だというのも周りは賑やかな雰囲気だ。


 探索者は暗くなる前にダンジョンに向かうため、基本的に買い物や買取は夜行う人が多い。


 それを知っていてか、こういうお店は敢えて遅い時間に運営されていると姉さんから聞いた。


 もちろん来るのは初めてなので、どこがおすすめかは分からないが、以前聞いた名前の店を探す。


「えっと……赤い月という店はどこなんだろ~?」


「ん~ないね~」


 聞いたのが去年の情報だからもうないのか……?


 ひとまずぐるっと三階を見回る。


 思っていたよりもずっと広くて、歩くだけで数分はかかっている。エレベーターから真逆の方にひっそりとした店が見えた。


「誠也くん! あれ!」


 紗月が指差した看板に【赤い月】と書かれていた。


 姉さんが勧めてくれた店がまさかこんなに奥にあるとは思わなかった。


 きらびやかな表舞台とは違って、閑散とした雰囲気が人気ひとけを寄せ付けない。


 少し心配しながら店の中に入った。


「らっしゃい……」


 中は小綺麗に整理されており、お茶の香りが漂っている。


 カウンターにはやせ細って顔はしわが深く刻まれたおじいちゃんが座っていた。


「こんばんは。初心者装備を買いに来たんですけど……」


「初心者……? 初心者ならうちより、外の方がいいと思うんじゃが?」


 年齢はずっと高いはずで体もやせ細っているのに、その瞳が本物の――――猛獣のようなものだ。


 鋭い眼光に、僕は思わず息を呑んだ。


 でも――――どうしてか心がワクワクしてくる。


 姉さんに勧められたからここに来た。きっかけはそうだけど、僕自身がおじいちゃんの存在に惹かれるのを感じる。


「姉におすすめされたので訪れてみたんですが――――思ったよりもずっとずっと品揃えがいいです。全部おじいちゃんが作られたんですか?」


 彼はじっと何も言わずに僕の目を覗いてきた。


 僕もそれに応えるかのように目を覗く。


「…………くっくっ。最近の若いもんにしては肝が据わってるな。初心者用の装備は何が欲しいんだ?」


「できるだけ身軽に装着できるものを、できるだけレア品じゃないものをお願いします」


「そんなものを購入してどうする?」


「弱いモノには弱いモノなりの使い方がありますから。どうですか? ありそうですか?」


「ないわけねぇーじゃろ?」


 おじいちゃんの目が鋭く光る。


 カウンターから出てきたおじいちゃんは、棚の一番端にある腕輪を二つ持ってきてくれた。


「ほらよ。初心者用の腕輪だ。これでいいのか?」


 答える前に自分の腕輪を外して紗月に持ってもらう。


 おじいちゃんの目がまた鋭く光った。


 渡された二つの腕輪を嵌めて確認する。


「はい。完璧です。いくらですか?」


「…………先行投資だ。やる」


「ありがとうございます!」


「えっ? 誠也くん……いいの?」


「ああ。おじいちゃんが良いというんだからね。また来ます」


「あいよ~」


 店を出るまでおじいちゃんの目が本気になっていた。この店がどういう店なのか分かった気がした。


 紗月と共にエレベーターに乗って一階に降りる。あれだけ賑わっているのにエレベーターに乗ってるのは僕達だけだ。


「誠也くん。その腕輪はどうなの?」


「この腕輪凄いね。初心者用で一番最高品質かな。レア度も最低ランクだから助かるかな~」


「レア度……?」


「ううん。こっちの話。紗月、一つお願いがあるんだけど、いいかな?」


「何でもいいよ!」


「ありがとう。明日、さっきの子を探すんだけど、一緒に探してくれる?」


「分かった! じゃあ、休憩時間に君のクラスに行くね!」


「ああ。頼んだ。それとさ。もう一つお願いがあるんだけど」


 紗月が可愛らしく首を傾げる。


 丁度エレベーターが一階に着いて、扉が開いて降りながら言った。


「今日から家まで送らせてくれ。女子を一人で歩かせたくないんだ――――紗月!? 扉閉まっちゃうよ!?」


「わあっ!」


 急いで紗月の手を取り引っ張ると、思わぬ力が入って紗月と目と鼻の先になった。


「「!?」」


 昨日の一件もあって、顔が熱くなる。


 急いで紗月の視線を外した――――けど、手は握ったままだ。


「か、帰るか」


「う、うん!」


 て、手を離すべきなのか!? いや、離さないとダメだろ!


 急いで手を離すと、紗月が小さく「あ……」と呟いた。


 チラッと見た顔も落ち込んでいて、肩を落としている。


 僕は少し足早に建物を後にした。


 紗月も僕の歩幅に合わせて歩いてくれる。


 建物を出ると、涼しい夜風が僕達を通り抜ける。


 火照った顔にはとても助かる。


「紗月?」


「ん?」


「紗月の家が分からないから……」


「ああっ! ご、ごめん! 私が先行するべきだったね」


 紗月と並んで帰路につく。


 静かな夜の帰り道、彼女の小さな息を吸う音が聞こえて、跳ね上がる自分の心臓の音だけが響き渡った。

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