第8話

 何も変わらないまま、数日が過ぎた。

 



 クリスティーヌが川辺に座っている。

 そう思った時、青年の心は震えた。


 月明りに照らされたクリスティーヌは何と美しいのだろう。


 ジャックは彼女に近付いた。

「こんな時間に何を」

 クリスティーヌは大きく目を見開いた。

「探しものをしているの」

 ジャックは首を傾げた。

「探しもの?何を失くしたの?」


 クリスティーヌの唇が震えた――なんて赤い唇だろう――。

「小銭入れを。さっき気付いて、見つかるまで家に戻らないよう命じられましたから」

 ジャックは眉間に皺を寄せ、彼女と視線を合わせるために屈んだ。

「こんなに寒いのに?」

 クリスティーヌは微笑んだ。苦しくなるような笑みだ。

「そうでもありません。貧乏だと寒さのことばかり考えていたら苦しくなるもの」

 ジャックは着ていたコートを脱ぎ、クリスティーヌに差し出した。

「せめてコートくらい羽織ろうよ」


 クリスティーヌはさっと顔を赤らめ、立ち上がった。

「余計なお世話です」

 クリスティーヌはサッサと歩き出したが、1mほどではたと我に帰り、再び小銭入れを探し始めた。

 

 ――彼女の父親を誤魔化すために、いくらかお金を渡しても、彼女は受け取らないだろうな――。

 そう思いながらもジャックはポケットを弄った。

「こう言えばいいのでは?小銭入れは見つからなかったけど、中身だけ落ちていた、と」

 ジャックは10ドル差し出した。


 クリスティーヌは鋭く睨み、ジャックの手を叩いた。小銭が宙に舞う。

「いりません。あたしは乞食じゃありませんから」


 クリスティーヌは駆け出した。

 ジャックは、知らぬ間に微笑んだ。彼女の潔白な性分も好ましい。


 *


 クリスティーヌは家に入りたかった。だが、小銭入れは未だ見つかっていない上に、鍵が掛かっている。


 ――寒い。お腹も減った。気持ち悪い。なぜ家に入れないの?――。

 

 クリスティーヌは家の前で膝を抱え蹲った。


 ――仕方がないわ。私は、父とクレアを不幸にした。クレアを殺した。そんなあたしが、生きていることすら烏滸がましいのに――。

 

 目から雫が零れ落ちた。


 クリスティーヌは軽く目を瞑った。

 ――他のことを考えよう。そう、好きなもののことを考えよう――。

 クリスティーヌの脳裏は彩り豊かなものに埋め尽くされた。


 雪は嫌いだ。寒いし、全てを奪って行く。

 雨は大好き。洗濯物も仕事もなければ。

 夏は嫌い。暑いから、ジリジリと奪って行くから。

 秋は大好き。だって、この世界が彩りのある落ち葉に埋め尽くされるから。

 クリスマスは嫌い。自分が惨めになってしまうから。自分を惨めに思ってしまう、自分がいるから。

 春も嫌い。クレアが死んだから。

 でも、今年の夏は大好き。永遠に忘れたくなんてない。

 今年の秋は、永遠のものになってしまえばいいのに。



 ***


 胸糞の悪さから本を放った。

 

 蛯名 蝶同様、救われなかった。

 結局何だったんだ?虐待されていた少女が恋をしたものの、家を締め出され、そのまま死んだ。それだけか?

 っていうか蛯名 蝶と正反対じゃん。蛯名 蝶は家のい閉じ込められていた結果、熱中症で死んだ。クリスティーヌは家から締め出された。

 蛯名 蝶は中学生になったばっかだった。クリスティーヌは15歳だった、だいたい中3。

 どこまでも哀れだ。

 いつ、この小説を書いたのか知らんが、予感してたのか?

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