第一章

第1話

 ロシアとウクライナ戦争を端緒にどんどん広がっていく戦争、世界を蝕む幾つもの病魔、日本を襲った大地震に中国を襲う大洪水。

 アメリカ社会、崩壊の危機に欧州で広がり続ける社会不安。

 世界が揺らぎ、世界中が第三次世界大戦の勃発に警鐘を鳴らしていた2020年。

 

 本来であれば東京オリンピックの開会式が開かれたその日。

 世界は一変した。

 後にダンジョンと呼ばれるようになる異空間へと入るための巨大な門が世界に幾つも誕生したのだ。


 鉄やアルミ、ゴム。

 石油、天然ガス、メタンハイドレート。

 ダイヤ、金、レアメタル。

 ありとあらゆる資源が採取され、ダンジョンを闊歩する醜悪かつ強力な獣である魔物から剥ぎ取れる魔石は環境に最も優しいエネルギー源として様々なことに活用が可能。

 

 世界のあらゆる物の価格が変動し、世界経済崩壊の危機に直面した中で起きたダンジョン氾濫。

 ダンジョンの門から溢れ出てきた大量の魔物が地上を洗い流し、脆弱な国に滅びを齎し……そして、この世界のグローバリズムを崩壊させた。

 

 海と空を当たり前のように支配し、自由に闊歩している魔物たちのせいで空路と海路が物理的に絶たれて世界から孤立し、半強制的に鎖国状態に舞い戻った日本は様々な混乱があったものの日常を回復させ、何も変わらない日々を取り戻していた。

 

 ありとあらゆる資源を入手可能となった日本は食糧問題をゆっくりとだが確実に解決し、荒れてしまった治安を地道に回復させ、ボロボロとなったインフラを整えた。

 ダンジョン誕生から30年の月日が経った2050年。

 日本は健全な民主主義の元、平和に国家を運営していた。


「ぷぎぃ!」

 

 そんな社会の中で。

 シングルマザーの一人娘として生を受け、高校の学費の支払いさえ危ぶまれ、明日の食事にすら不安を覚えるほどの貧乏生活を送る私、琴音和葉は少しでも金銭を得るため、ダンジョンに潜っていた。

 

「……ど、どういう?」

 

 五回目のダンジョン探索なこともあって油断してしまった私はゴブリンたちの不意打ちを受けて武器を失い、足を怪我して地面に転がり……ゴブリンに囲まれた。

 死を前にして悲鳴を上げ……ここで何も出来ずに死ぬはずだった私を助けたのは一匹のスライム。


「ぷぎぃ!」

 

 一瞬で私を囲んでいたゴブリンを呑み込んだスライムが私の体へと自身の体をこすりつけ、鳴き声を上げている。


「……ん?」

 

 魔物に殺されそうになっていたところを魔物に助けられた。

 そんな意味のわからない状況に陥った私は頭上にはてなを浮かべ、ただただ呆然とすることしか出来なかった。

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