ご注文その02 悪いけど君は誘ってないから空気を読んで引っ込んでいてね

「おーい、エトくーん?」


 どうやらしばらく放心していたらしい。

 マナ姉の呼びかけでようやく現実に戻される。


「う、うん、なに?」


 しどろもどろになりながら答える。


「一生懸命お祈りを捧げてたら、いきなり女神様に話しかけられてびっくりしたよー。でも想像してた通り、女神様って落ち着いた大人の女性って感じの話し方だったよね。私もあんな風になりたいなー」


 そうかな。

 僕の方はけっこうドスの効いた感じだったけど。

 不純なお願いをしたかどうかの違いだろうか。

 というかやっぱりあの声は女神様からの語りかけだったのか……。


「それでエトくんはどんなスキルをもらったの? お姉ちゃんに教えて教えて」


 いやぁこっちは【ご主人様】ってスキルだったよハッハッハッ、……なんて言えるわけがない。


「い、いや、僕よりもマナ姉はどうなのさ。大事な家族だし、変なスキルじゃないか心配なんだ」


 不自然なごまかし方になったけど、マナ姉が喜びそうなワードを取り入れたおかげか気にした素振りはなかった。

 それどころか「エトくんがお姉ちゃんを心配してくれた、優しいっ!」なんて両頬に手を添えて気色満面の笑みを浮かべている。

 なんだか騙してしまったようでちょっと罪悪感。


「でも心配しなくても大丈夫だよ、私が女神様からいただいたのは【甘い世界】っていう、全然危なくなさそうなスキルだったから」

「なにっ、【甘い世界】だと⁉」


 マナ姉が自身のスキル名を口にした瞬間、不意に鋭い女性の声が割って入る。

 ふと横を見れば、頑強そうな騎士鎧に身を包んだ妙齢の女性が立っていた。

 一体なんのつもりだろう。

 胡乱げなまなざしを向ける僕に気づいてか、その女性は佇まいを正してこう続けた。


「おっといきなり失礼した、なにやら伝説級スキルの名称をたまたま耳にしたものでな。私は王立魔王討伐隊の隊長を務めるアランドラという者だ。君達には悪いが、この後少し私に時間をくれないか?」


 ◆

 

「……マナ姉を王立魔王討伐隊の一員にスカウト、ですか?」

「有り体に言えばそうなるな」


 突然現れたアランドラさんにまさかの王城詰所に招き入れられ、これまた突然そのようなことを申し出された。

 めまぐるしい展開に、いささか混乱する。

 とりあえず一度情報を整理してみよう。


 魔王とは読んで字の如く魔族の王のこと。

 そして魔族は僕たちとは異なる、破壊を司る神『邪神』を信奉し、今日こんにちに至るまで人間達と小競り合いを繰り返している。

 でも魔族はともかく魔王は前時代の英雄によって永久の闇に封印されていたはず。


「これは本来機密事項なんだが、実は最近になって魔王が封印から復活し、この期に乗じて魔族どもが一斉決起しようとしているらしい。だから急遽我が王立魔王討伐隊が結成され、遠征前に有望なスキルの持ち主をスカウトして回っていたわけなんだが」

「その一人にマナ姉が選ばれたということですか」


 そうだ、とアランドラさんが短く肯定した。


「……でもなんで私なんですか? 別に武術の心得もないですし、魔法だって使えません。正直言ってこんな小娘が魔王討伐に参加したところでなにかの役に立つとは思えませんが」


 そう疑問を呈したのはこれまで口を閉ざして説明を聞いていたマナ姉だった。

 討伐隊を代表するお偉いさんを相手に毅然とした態度で、どこにも動じる様子がないのはさすがだと思う。


「こんな言い方では気を悪くするかもしれないが、重要なのは君が持つスキルであって君自身の力ではない。その上で必ず我々、ひいては人類に役立てると断言しよう」

「そんなに私のスキルはすごいものなんですか?」

「すごいなんてものじゃない。マナミィ、君のそのスキルがあれば君は英雄にだってなれる。なにせ【甘い世界】は前時代の英雄も有していたものだ」


 驚愕の事実にたじろぐ。

 そんなすごいスキルをマナ姉は手に入れたというのか。

 だけど救国の英雄と同じ力を持つなんて……。


「だがまあ、私が口頭でどれほどすごさを伝えても君自身いまいち納得はできないだろう。そこでだ」


 やおらアランドラさんは腰かけていた丸椅子から立ち上がり、腰に下げた剣の柄に手をかけた。


 なにを、と止める暇もなかった。

  

 瞬きをするわずかの間にアランドラさんは鞘から剣を引き抜き、次の瞬間にはマナ姉に向けてそれを縦に振るっていたからだ。


「―――っ」


 だけど凶刃がマナ姉の体を切り裂く寸前、彼女が剣身が折れ、そのまま真横に折れた部分が飛んでいった。

 明らかにおかしい現象だった。

 それこそ奇跡としか言えないような。

 唖然とする僕達を尻目にかのようにアランドラさんは言う。


「驚かせてすまない。しかし信じてもらうには実際にこうして体験してもらうのが一番だと思ってな。どうか不躾を許してほしい」


 折れた剣を鞘に収め、アランドラさんはマナ姉に向けて深々と頭を下げた。


「やめてください、私は気にしていませんよ。急なことで確かに驚きはしましたけど、でもこうやってなんともなかったですし」


 謝罪していた相手から頭を上げるよう促されると粛々とそれに従い、姿勢を戻してから再び口を開くアランドラさん。


「これが【甘い世界】の効果だ。このスキルを持つ人物はあらゆる事柄から甘やかされ、本人にとって一番都合のいいようにおのずと結果がついてくる。今のように剣で襲いかかっても当たらない、唐突にスカウトがやってきて英雄までの道筋を提示する、といった具合にな。だからマナミィがいれば確実に魔王討伐は成功する」


 とのことらしい。

 明らかに僕達より腕の立つ人物にこうも太鼓判を押されるからにはたぶんそうなのだろう。

 それに比べて僕は……。

 尊敬するマナ姉が褒められることはまるで自分のことのように嬉しい。

 けれども同時に彼女の弟である自分が酷く矮小な存在に思えて、というか実際そうなんだけど自信をなくしてしまう。

 でもそれじゃあ結局以前までの僕と変わらない。

 僕は変わりたいんだ!


「君は志願兵ではないから無理やりというわけにはいかない。だが一つ考えてみてほしい。君が我々に協力してくれれば、それだけで救われる人間が大勢いるということを」


 なおも勧誘を続けるアランドラさんに思い切って口を挟む。


「あ、あの! 少しいいですか!」

「どうした、弟君?」


 弟君、弟君か。

 さっきマナ姉と一緒に名乗ったはずだけどこの場で必要な人材ではない僕はしょせんその程度の扱いだ。

 だからといって一人で腐っている場合じゃない、言うべきことは言わないと。


「僕もその討伐隊に混ぜていただけませんか⁉」

「え、エトくん⁉」


 マナ姉は一体なにを言い出すのかといった表情で僕を見るけど、決意は変わらない。


「君が討伐隊に? では聞くが、君にはなんらかの心得はあるのかな。実戦経験は?」

「剣だったら多少は使えます。……実戦経験はまだありません」

「それでは心許ないな。ならばスキルは?」


 やっぱりそうくるよね。

 腕が立たないならスキルならどうかと考えるのは当たり前だ。

 腹をくくる、僕は大人しく自身のスキルについて白状することにした。

 一拍置いてから、口にする。


「――僕は【ご主人様】です」

「は?」


 なんだこいつ? みたいなアランドラさんからの呆れたような目つきがやけに痛かった。

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