外れスキル【ご主人様】で甘やかし上手なチートお姉ちゃんをメイドにしたら、いつの間にかスキル効果【メイドの土産】で姉の分まで経験値をもらって最強になっていた僕

佐佑左右

ご注文その01 世の中そんなに甘くない

 あれ? ここはどこだろう。

 さっきまで僕は強靭なモンスターを相手に切った張ったの大立ち回りをしていたはず。

 なのにそれがどうしてあの薄暗くジメジメとしたダンジョンではなく、こんな内装に華美な装飾が施されたお洒落空間カフェにボケっと手持ち無沙汰に佇んでいるのだろう。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 そうこうしていると、いきなり声をかけられた。

 いつの間にか僕の目の前には至るところにフリルのついた、やけに扇情的な衣装を着た女性が恭しく腰を折っていた。

 それもとびきりの美人さん。


「た、ただいま」


 ……って、つい反射で答えちゃったけどご主人様って僕のことかな?


 周囲を見回しても他に該当しそうな人物はいないので、恐らく自分のことで間違いないだろう。


「それではまずこちらの用紙にご主人様のお名前をご記入ください」


 状況がよく分からないけど、言われた通りに名前を書く。

 エトラ・ハーウェイ。それが僕の名前だ。


「エトラ様ですね。それではご主人様に私の方からご案内をさせていただきます。当店は完全オーダーメイド制を取っておりますので、まずはこちらからご希望のメイドをお一人お選びください」


 メイド? メイドさんがいるカフェってことは、もしかしてここが聞きしに及ぶメイドカフェだろうか。なるほど、だからご主人様なのか。


 一人納得していると、店内の奥扉からぞろぞろと先の美人さんと同じ格好をした四人のメイドさんが現れる。

 年齢層に幅はあれどいずれも綺麗な女性で、僕はなんとなくドキドキしてしまう。

 だけど――。


「姉メイドのマナミィだよ。お姉ちゃんを指名してくれたら頭なでなでーとか、抱きしめてぎゅーってしてあげるからね」

「母メイドのパシィーナだ。お前の母であるこの私を指名して結婚しよう。なに、母と子の結婚を邪魔する輩は我が愛刀『抜婦美バブみ』で切り伏せてくれる」

「妹メイドのクラリス。お兄ちゃんはわたしを指名するの。でないと雨の降る日にまた誰か殺しちゃうかも……」

「幼なじみメイドのロゼッタよ。アンタと幼なじみ(そんな過去はない)のあたしをご指名なら十年前に結婚の約束した(していない)思い出を捏造して(これだけが唯一の真実)あげるわよ」


 と、一人一人の自己紹介を聞き終えて。

 自らの背中に冷や汗が流れるのを感じた。


 まずい。

 正直言って現状に理解が追いついていないけど、このままここにいたらなんかまずいことになりそうだ。

 根拠はないものの、そう確信する。


「以上が当店自慢のメイドですわ。ではご主人様、この中からお一人、生涯をともにする伴侶メイドをお選びください」

「い、いやいきなり話が飛躍してますし、そういうのはちょっとアレなので、か、帰ります!」


 なんて、理由もそこそこに踵を返して退店しようとしたんだけど――ガシッ! 肩を掴まれた。


「逃さないよ?」


 四つの声が重なって聞こえた。

 恐る恐る後ろを振り向くと、僕の肩越しに無表情をつらぬいたメイドさん達がそこにはいた。

 一様に死者のようなその表情を浮かべる中で、唯一口端こうたんだけが徐々につり上がっていって。


「ダレカヒトリヲエラバナイトカエラレナイヨ? ダッテココハカフェナンダカラ」


 なんか微妙に上手いことを言われたんだ。


 ◆


「うわぁぁぁぁぁっ⁉」


 自らの叫び声で飛び起きた。

 硬いベッドの上で荒く息をつく。

 背中といわず全身にじわりと嫌な汗をかいていたけど、どうやら夢を見ていたらしい。

 それも悪夢だ。

 もしも目が覚めなかったら、危うく四人のメイドさんに体を四つに分解されていたところだった。


「大丈夫エトくん? 起こしにきたらうなされてたみたいだけど、怖い夢でも見ちゃってた?」


 心が安らぐ甘い声でこちらを気遣ってきたのは、薄い桃色の髪が特徴の可憐な女性。

 一度ひとたび町中を歩けば、十人が十人振り向くであろう美しい容貌を有するこの女性の名前はマナミィ。

 明るくおっとりとした性格で、誰に対しても分け隔てなく優しい、僕の自慢の姉である。

 だけど彼女には一つだけ問題があって。


「心配しないでもただおかしな夢を見ただけだから大丈夫だよ。……それよりマナ姉、なんで僕の頭をなでてるのさ?」

「んー、だってエトくん夢の中で怖い思いをしたんでしょ? だからお姉ちゃんが『もう怖くないよ、よしよし』ってしてあげようと思って」


 これである。

 マナミィ――マナ姉はどうも弟を過剰に甘やかすことが多いのだ。

 確かに僕は気が弱く、いじめられっ子な気質ではある。

 その上中性的な顔立ちで線も細く、よく女男って近所のガキ大将にからかわれたりもした。

 だから幼少の頃いじめられて泣いていた時はよくマナ姉が甘えさせてくれていたのだけれど。


「こういうの今後は控えてほしいな。僕だってもう子供じゃないんだし」


 なにせ今日で僕、いや正確には僕とそれから同い年のマナ姉は成人を迎える。

 ちなみに姉弟で同い年なのは理由があって、実は僕達は本当の姉弟じゃなかったりする。

 幼くして両親を事故で亡くした彼女を親友の子供だからとウチの父親が引き取り、家族になったのが約十年前。

 その際マナ姉の方が若干早生まれだったので僕が弟の立場に収まったというわけ。


 まあそれはそれとして、成人の儀の習わしとして十五歳を迎えると王都の礼拝堂に出向き、この世界を作ったとされる女神様に祈りを捧げる。

 その過程で個人個人が『女神の恩寵ゴッデスギフト』、いわゆるスキルを賜ることになっており、これを経て正式に成人として認められる、のだけど。


「お姉ちゃんにとってエトくんはいつまで経っても子供だよ。それに可愛い弟の頭をなでなでするのはお姉ちゃん業界で決まってる姉の義務なの。だからエトくんのその申し出は許可できません、以上」


 なんて言われたら、もうなにも反論できない。

 怒って無理にやめさせたとして、そのことで顔を曇らせるマナ姉の姿を見たくはないし、ならここは自分から折れてしまうことにする。


「分かったよマナ姉、もう好きにしてよ。それよりそろそろ着替えて今日の仕度するから、一旦部屋を出てくれるかな?」

「お着替えならお姉ちゃんも手伝うよ? どこから脱がせちゃおっか、やっぱり下から?」

「……そう言うと思ってたけど、駄目だよ。それになんで下からなのさ」

「えー、でもお姉ちゃん業界では愛しい弟の衣服を脱がせるのも姉の義務だって――」

「はいはいそれはもういいから、ほら出ていった」


 強引にマナ姉を部屋の外に向かって押し込むと、彼女は不満そうに頬を膨らませたままようやく退室してくれた。

 多少心苦しくはあるけど、こればっかりは仕方がないよね。 


「ふぅ、もしマナ姉に着替えを手伝われたりなんかしたらそれこそ大人として見てもらえなくなるよ」


 僕は彼女にいつまでも甘えるだけの弟じゃなく、一人の立派な男として認めてほしいんだ。

 だからなんとしても本日行われる成人の儀で強力かつ有益なスキルを身に宿し、同じくスキルを得たマナ姉も誘って一緒に冒険者になる。

 それが昔から抱いてきた僕のひそかな夢だった。


 ◆


 宿泊していた王都の格安宿を出て、その足で儀式会場となる礼拝堂に赴いた。

 荘厳美麗な意匠の数々が施された屋内は、僕らと同じく成人の儀を迎えるであろう人々の姿でごった返していた。


「エトくん、緊張してる?」


 隣に並ぶマナ姉がそっと耳打ちをしてくる。


「少しね。そういうマナ姉の方は平気そうだけど」

「だって私お姉ちゃんだもん、大好きなエトくんの前でかっこ悪いところは見せられないよ」

「さすがだね、マナ姉は」


 そりゃあ頼りないかもしれないけど、僕にだってちょっとくらいかっこ悪いところを見せてくれてもいいのに、と続けようとしたところで、


「――あ、始まるみたい」


 マナ姉のその一言で、後半の言葉を飲み込みざるを得なかった。


「よくぞ参られた、未来ある若人達よ。今日という良き日を無事迎えられたこと、天上におわす女神様に感謝し慎ましくも安寧と畏敬の祈りを捧げ給え」


 仰々しい出で立ちで現れた神父様によって成人の儀の説明が簡単になされ、ようやっと儀式の時間となった。

 誰からともなく片膝をついてポーズを取り、祭壇奥に鎮座する女神像に向かって祈りを捧げ始めた。

 それらの集団の中に僕とマナ姉も加わる。


 ――女神様女神様、お願いです、僕に自分の夢を叶えるためのスキルをください。


 効果があるかは分からないけど、思いの丈を一つ添えてみた。

 するとそんなささやかな願いが通じたのか、脳内に突如として厳かな声が響いて。


『甘ったれたこと言ってんじゃねーぞクソガキ! 普段の生活じゃ女神のめの字も思い出さないくせに、こういう時だけここぞとばかりに神頼みしてんじゃねぇよボケカス! 男らしくだぁって抽選結果を待ってろや、こんだらぁ!』


 チンピラみたいな口調で叱責された。

 そういうつもりがなかったとはいえ、恐れ多くもこの声の持ち主の機嫌を損ねてしまったらしい。


『ほらよ、お待ちどぉってかぁ。さあさ公平公正な抽選の結果、麗しの女神様からてめぇに与えられるスキルは――』


 だからというわけではないだろう、しかし成人の儀が滞りなく終わって僕が得たスキルは、おおよそ冒険者向きの効果ではなく。


「ご、【ご主人様】……⁉」


 ただそれだけの肩書きだった。



__________


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