第2話 見て見ないふりをする大人たち
僕はテレビが大好きで、いつも空想に耽っばかりいて、レゴブロックを組み立て、大きな声でよく喋る、人見知りしない、そして気の弱い小学生だった。
一年生の時の初めて集団下校で自分の家を通り過ぎたにも関わらず、先生に言い出せない(人見知りしないくせに)。そんな時に声をかけてくれたのが、雄二だった。
「おいタカポン!!」
と高橋君が手招きをした。
高橋慎二君は雄二の幼馴染だ。
ある時から僕らは3人で遊ぶ事が多くなった。
「なに?」
昨日までの友人はある時突然に形を変えることがある。それは僕の幼い想像力では到底理解できない事だった。
「お前いつもお菓子買ってやってるだろ。」
「え?うん慎君が奢ってくれるって言ったから……。」
「あれな、婆ちゃんの財布からこっそり取ったお金で買ったんだよ。」
「え?」
「バレそうなんだよ。だから早くかえしてくれよ。」
「そんな…いま僕は100円くらいしかないよ。」
「バカ言うなよ。お前と雄二に1万円はだしてるはずだぜ。いますぐ返せよ。」
あり得ない話だった。
冷静に考えたって駄菓子屋さんで一万円使うなんていうのはなかなか難しい話だ。
「無理だよそんなの……。」
「はー?!ふざけんなよ。早く返せよ。」
と鬼のような形相でこちらを睨みつけられた。
「だって……。」
「わかったよ。じゃーちょっとこっち来いよ。」
とすっかりといつもの顔に戻って僕の方を向き直した高橋君に少し安心して、呼ばれるままに建物の影に向かうと、
ドボッ!!!
と突然みぞおちを殴られた。
「うぐっ!!」
「バカヤロ。声出すなよ。明日までに一万円持って来いよ。じゃなかったらわかるよな。」
「でも…。」
と半泣きになりながら彼の方を見ると、
「大丈夫だよ。ばーちゃんかじーちゃんの財布からとっても一万円くらいなら、バレないって。明日な!!必ずな!!」
と恐ろしいくらい健やかな笑顔でそう言った
。それはもう恐ろしくて恐ろしくて声も出なかった。けれどももっと恐ろしいのは、この後クラスに戻ると高橋は必要以上に僕たちは仲良し三人組アピールをしだしたのだ。
誰にも言えなかった。
先生にも友達にもそしてお母さんにも。
次の日やはり呼び出されて、返せないというとまた腹を殴った。そんな日が何日か続いたが僕は何事もなかったかのように、大好きなテレビを見ながら、妄想に耽りながら、ニコニコと毎日を過ごした。
けれども心も体も限界だった。ある日耐えきれなくなった僕はついに事もあろうか母親の財布から、千円抜き取って彼に渡してしまった。
「やっと持ってきてくれたね。じゃー利子も含めてあと2万円ね。」
絶望しかなかった。
わずか10歳の僕にはどうする事もできなかった。それから時々母親の財布から千円くすねて彼に渡した。
そんな事が2年程続いたある日、
「ねー慎君。もうお金返せたよね?」
とおそるおそる聞いてみた。
「あーそうかもしれないね。でもさー、お前の母ちゃんに、お金くすねていた事言ってもいい?」
「どういう事?」
「人に金を借りて払えないから、お母さんの財布から取ったて教えてあげようかな?って言ったんだよ。」
「やめてー!!」
腹を殴られるより辛かった。
お母さんの悲しむ顔が目に浮かんだ。
泣いて謝って、それで僕は彼に頼み込んだ。
「どうしたらやめてくれるの?」
「わかったよ。俺も鬼じゃないからね。
あと5万持ってきたら許してやるよ。」
「わかった。なんとかする。」
その日から僕は本当の意味で高橋の言いなりだった。ある時は給食を全部残せと言われ、
ある時は鼻から牛乳だせと言われ、ある時はモデルガンの標的になれと言われ、そしてある時、僕はクラスで一番の人気者の女子の机に、「セックスさせてください。」という手紙を入れるようにいわれた。
この話はクラスのホームルームで大きく取り上げられて話しあいの議題にさせられた。
けれども先生は犯人は特定せずに、
「そういう事はしてはいけません。」
と結論つけた。
ほっと した反面もっと問題視してくれれば、
親に伝わる機会があったかもしれない。そういう意味では少しガッカリした。
けれども僕はこの後に言われた事でさらに傷ついたのだ。
「隆史君……ちょっといいかな?」
僕はその日クラスのマドンナ的存在の
「なに?」
「隆志君さー、あのホームルームの件、犯人は隆志くんでしょう?」
「え?なんで!どういう事?」
「隠さなくていいよ。クラスの女子はみんなわかってるよ。隆志君、高橋になんか弱みでも握られてるの?」
「え?!」
「クラスの女子どころか、先生たちだってきっとわかっているはずよ。」
「でも……。」
「わかってないわね。先生たち……というか大人はさーみんな面倒ごとに巻き込まれるのは嫌なのよ。だから曖昧にして、自分を守る為に正論だけをかざすわけ。」
「……うん。」
「だからさー、隆志君が本当は高橋に
「……そんな馬鹿な。」
「ううん。だってたかだか小学生の女子達が気づいているのよ。大人が気がつかないわげないわ。」
「じゃーなんで?」
「だから言ってるじゃん。大人なんてみんな卑怯者なのよ。自分を守る為に生きているの。」
「……愛菜ちゃんはなんでそんな事言うの?」
「そりゃ……そういう大人になりたくないから……だと思うわ。だからさー……」
「だから?まだ他に何かあるの?」
「うん。あなたのお母さんもお父さんも気づいていると思うんだけどね。息子の異変に。でなければ相当鈍感ね。君の両親……。」
その事に返す言葉が無かった。
傍観者の父と
外の世界を中心に生きる母
不幸なんて言葉の想像すらしない。
自分たちの住む世界を護り続けている。
そうか僕はやっぱり大人にとって厄介者でしかないんだ。そう思うと救いなんて無かった。
そして祖父の顔を歪めた事件がこの後におきるのだ。
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