贖罪

雨月 史

第1話 片付けられない。

「はー……。本当にもう……。」


雑然と置かれた教科書や文房具、それに漫画にゲームにお菓子のカスにペットボトル。

それから小銭があちらこちらに……。

山積みにされた机の上を見ながら半分絶望しながら、半分諦めたような大きな溜息が漏れ出す。



「本当に何回言っても……これよ。あの子はいったいどこで勉強するつもりかしら?!あなたからもなんか言ってよ。」



と……言われてもね……。


「まー男の子なんてそんなもんじゃない?」



と毎回お馴染みの台詞で彼女を宥める。

けれども……。



「毎度毎度よく同じ事が言えるわね。普段ほとんど家にいないんだから、真面目に聞いてよ。だいたいうちの弟は綺麗にはしたいなかったけれど、こんな事はなかったわよ。」

の顎で机をさす。



「吉洋君は優秀だからね。」



彼女は少しくぐもった表情で切り返す。


「優秀とかじゃない!!育ち方よ。絶対に。あなたみたいにいい加減にそだってないからね。うちの親はきびしかったからね。」



はー……同じ事を言ってるのは君も同じじゃないか……思わずこちらも溜息が漏れる。

のを堪えた……漏らしてしまったら、

「溜息なんてついて。」

と突っ込まれそうだから喉元で飲み込んで……。


「そうだね。まことには俺から言っておくよ。」



とその場をやり過ごした。

本当は息子のことなんて言えない。


僕も片付けるのがとても苦手だ。だからかれの事は理解しているつもりだ。

本当は机を片付けるのが苦手なんじゃないのも。


だから彼に

「片付けなさい!!」

なんて言っても説得力なんてないのはよくわかっているのだ。だから言っても無駄。

無駄な事は言わない方がましだ。

関係性は良好な方がいいに決まってる。


僕の父親も静かな傍観者でしかなかった。

父にとっては妻の実家でその両親と二世帯住まいともなると、なかなか自分の存在感をだすのは難しかったのかもしれない。


そのせいもあってか、小さな時からいつだって僕は母親の機嫌を伺った。母は機嫌の悪い事などほとんどなかった。公務員の父の収入で生活はほとんど賄えていたのだろうし、勤めにも出なかった。

母はよく家を留守にした。習い事に地域活動横の繋がりを広げて常に自分らしく生きていた。だからほとんど家にいる時は機嫌良く、僕はそんな母の機嫌を損ねてはならないと、幸せな家族を保つ為に、いつも良い子を演じていたのだ……。


そのかわり……、


「隆志!!そろそろ髪の毛切ってやろうか?

大分伸びてきたからな。」



傍観者である父親に代わって祖父が良く面倒を見てくれた。

祖父はアクティブな性格でゲートボールに書道に盆栽に町内の自治会。決して暇な人ではなかったのに時々僕に勉強を教えてくれたり、雑学を話してくれたり、それから戦争の話を聞かせてくれたり、一緒に出かける事もあった。


そんな祖父が一度だけ僕に落胆の表情を見せた事があった。あの悲しい顔を僕は今でも忘れられない。

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