09.万有引力

万有引力は引き合う孤独の力だと、どこかの誰かが言っていた。

ならば、私がこの男の姿を見かけると近寄っていくのも、逆に、この男が私を見かけると近寄ってくるのも、そういったものだと言うのだろうか。


そんなわけは、ない。


クレアは一人で鼻先で笑う。

幾度かザインが傭兵団たちと一緒にいるのを見たことがある。

彼らは皆、陽気で楽しそうに笑っていた。


自分は孤独だとしてもだ。

そんなザインが孤独であるわけがない。


万有引力が引き合う孤独の力だとして。

夜、火や街灯に群がってくる虫たちが何だと言うのだろう。


そこでクレアは合点がいく。


なる程、私は火に群がる虫か…

灯りに引き寄せられ、しかし、自らは灯りにはなれぬ。

それは。

万有引力ではない。


そうとも。

それだけのことだ。


クレアは、ほんのわずかだか、面白そうに笑った。


◇◇◇◇◇◇


ザインは当惑した。

思い違いでなければ、クレアが目で見てわかる程に表情を崩した事は、これまで自分が見た限りでは一度もなかったはずだ…


「何かあったのか」

「いえ、別に」


返って来る声は何時も通り素っ気無い。

おそらく、微笑んでいた事を指摘したところで、否定し絶対に認めないだろう。

クレアは、もう、いつものように白く冷たい頬を見せ、表情を消している。


「明日にでも、次の国を目指して出ようかと思います」


無意味にこのままここへとどまっていても無駄に出費がかさむだけだ。


「そうか」

「はい」


ならば、先ほどの一瞬の微笑みは、自分への餞別というわけか…

他に理由の思いつかぬそうザインは自分を納得させた。



◇◇◇◇◇◇


人の出会いも別れも運によるものだ。

一つの都市で偶然に出会い、顔見知りとなった者同士が別れ、各々の辿るべき道をまた進んで行くだけの事。


「また、どこかで会うようなことがありましたら、今度は手合わせいたしますよ」


華奢な体に不釣合いな程大きいソードを背に負い。

クレアは、今度こそ、本当ににっこりと笑い、立ち去った。





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「万有引力とは 引き合う孤独の力である」

谷川俊太郎 「二十億光年の孤独」より


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