第1話 再会

「ボクに……案内?」

「ん、そう。画塾からきみへ案内が来ている」

 瀬川がマワリに渡した案内のチラシは風変わりなデザインで「アトリエ・月」と書いてある。そのチラシを見たマワリは瀬川に尋ねた。

「もしかして、講師の人ってこの学園の卒業生?」

「ご名答。この学校の一期生が立ち上げた転生者のための画塾。彼も副業があるからこの学園含めて全国でも一部の人しか受け入れてないんだと。まあ、変わってるけれど、実力は確かな講師だよ」

 画塾。それは画家が任意に主催する絵画教室のことだ。絵画教室の他にアトリエとして開放したり、仲間内で研磨したり、美大予備校の代わりとして習いに行く学生もいる。美大予備校は都市部にしかなく、地方の学生は画塾を利用することが多いのだ。

 その中でも転生者のための画塾。この学園以外の転生者に会うチャンスもあると言うことだ。

「もちろん行きます! ボクはゴーギャンに会わないとだから! でも、えいりんが……」

 急に親友がいないことに不安なマワリ。絵に行き詰まると不安定になるのは一番自分がよく知っているからだ。

「あぁ、アイツは夏休みは忙しいからね。これも勉強だ。頑張りなっ」

 笑顔で肩を叩く瀬川。もちろん彼の娘は夏休み中も副業の手伝いをさせられているのだ。

「えぇ……」

 夏期講習開始は一週間後。不安げな彼女の夏は始まった。


「まずは夏期講習ってことで来たけど、ボクやっぱり不安だよ。えいりんがいないと不安になるし……」

 ここには上手く描けない時、落ち着かせてくれる人はいない。

 実家への帰省をトンボ帰りしてまで来た画塾。美大受験の勉強は早い人で中学の段階からしている。高校で美術系のコースに進んだとて、受験勉強は足りない。美大受験は学力と実技両方試験があり、ただ絵を描いただけで受かるわけのない世界なのだ。だからこそこうして画塾や美大予備校があるのだ。

 ブツブツ言いながら辿り着いたのは綺麗な庭を構えた一軒家。塾長は男性と聞いていたマワリは配偶者の趣味かと想像しながら門を開ける。そしてインターフォンを鳴らすと待つ時間もなく一人の男性が出てきた。

「初めまして。星月マワリさんですね。私は磁水月しみずつきと言います。この画塾の塾長と講師をしています」

 やや高い身長とクールな容姿が俗にいうイケメンの部類。そして折り目正しいスーツ。服装や容姿も相まってか転生者特有の雰囲気でマワリの肌がピリピリした。

「は、はい! 初めまして。万里一空高等学園一年の星月マワリです!」

 珍しく緊張して敬語になる。そのまま固まっていると中に案内された。

 一階の一部を改良して画塾に使っているという、受験生用の教室と、磁水の仕事場兼お昼休憩に使う台所、最後に卒業生なども利用するアトリエを案内された。

 最後に案内されたアトリエはまさに宝の山だった。

「美だ……」

 古今東西ありとあらゆる美が集結していた。肉体美、幾何学美、わび・さび……西洋と東洋の美しさが詰め込まれている。

「これ、もしかして生徒さんの作品ですか?」

「はい。今いる生徒から卒業生まで。他の生徒の参考になるので一部置いてもらっています。卒業生の中にはここで講師をしながら作品の制作をし、技術の向上を目指している人もいます」

「へえー。やっぱりアトリエってカンヅメになれるし、ここだといい刺激にもなりますからね」

 そう、何気なくマワリが生徒たちの作品を見ていた時だった。とある絵を見るなり、彼女は叫んだ。

「これは……!」

 日に焼けた女性の肌。黒く太い特徴的な線。油絵なのに平たい塗り方。けれど生き生きとした人達。

 雷に撃たれたようにふらふらとよろめいている。そして、震える手で指すと尋ねた。

「磁水先生、あれって……」

「卒業生の作品ですね。ああ、ちょうど今日いますよ」

 磁水が隣の受験生用の部屋から一人の男性を呼んできた。大学生ぐらいの年齢だろう。

 大人しそうだけど理知的な顔。気取ってないけどオシャレに気を使ってる服装。だが、エプロンはどこもかしこ汚れている。どこからどう見ても美大生だ。

 彼と目が合った時、マワリは満面の笑みで喜んだ。

 あぁ、容姿は変わっても君は変わっていないんだ。

「ゴーギャン! ボクだよ! ゴッホ! 君と黄色い家で共にすごした!」

 磁水がいることも気にせず、とにかくはちきれんばかりに顔を輝かして話しかけるマワリ。

 けれど、彼はキョトンとした顔をすると、困ったように笑った。

「いえ……わたしは如月ノアです」

「へ?」

「かの有名な画家と一緒にするほどわたしは芸術をまだ極めてませんよ」

 目の前にいるのは確かに記憶の中の彼だったが、そのかわいた笑い方はマワリの知らないものだった。

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