第一九七話 何もない一日、の筈だったのに……

「しまったな。シンヤに挽回されたな、経験値」

 

 上野台さんも気づいたようだ。


「シンヤさんですかね、やっぱり」


 動揺を表に出さないよう、俺はいつもの調子を意識しつつ、そう聞いてみる。


「間違いない。まさか四国で、車が通れない道までバイクと徒歩で辿って、魔物を倒しまくるとは思わなかった」


 昨晩のSNSで、その辺の連絡は来ている。


 今の俺との経験値の差は、最少で六七、最大で五九三。実際は経験値は三の倍数になるから、六九以上五九一以下。


 現在残っている平均的な魔物なら、二体倒せば俺もレベル一〇六にはなれる。

 ただしシンヤさんとの経験値の差が五九一なら、二三体倒さないと挽回できない。


 魔物がまだ残っていれば、これくらいの数を倒すのは難しくない。 

 しかしもう倒せる所には、魔物はいないのだ。


 俺が倒せる可能性があって、なおかつ残っているのは、名古屋から来た奴が連れてきているだろう七〇体と、アラヤさん支配下の魔物だけ。


 ただアラヤさんの魔物には、基本的に攻撃をしない方針だ。

 しかし作戦的には、俺と西島さんがアラヤさん相手で、上野台さんとシンヤさんが名古屋からの奴と二人組の相手。

 となると、更に経験値の差が開く可能性はあるが、縮まったり抜かしたり出来る様な機会は無い。


 もっとも経験値一位でなければ特典が貰えない、と決まっている訳ではない。

 経験値一位なら特典が確実に貰える、と決まっている訳でもない。

 だからここは、あえて上野台さんに言っておく。


「シンヤさんはシンヤさんなりに、特典で叶えたい何かがあるみたいですしね。二位なら特典が貰えないとも聞いていませんし、シンヤさん相手には、不公正な手段は取る気はないです」


「まあそうだよな。『一定以上の経験値を得た者は、特典を得る事が出来ます』という話だった。なら順位はおそらく関係ない。それに不公正なことをしようとすると、敵の反応が出るだろう。シンヤもそういった魔法を持っているようだしさ」


 スマホをちらっと見て確認。


『一定以上の経験値を得た者は、特典を得る事が出来ます。特典とは、自らの願いをかなえる事が出来る権利です。ただし必要な経験値は、願いの難易度、具体的には願いを叶えるために必要な過去改変の困難度などによって上下します。また獲得経験値が高くとも、元の世界に戻る権利を有しない場合は、この特典は有効となりません』


 前と同じ文面が表示されるだけだ。

 今、俺が言って、おそらく上野台さんも了承しただろう、不公正な方法も、此処に載っている。


 順位準拠なら、自分より順位が上の人間を倒してしまえば、上へと繰り上がる。 

 この世界で死ねば、『元の世界に戻る権利を有しない』から。


 そして上野台さんは、『倒そうとした場合、敵として魔法に反応するだろうから、倒せないだろう。だからやらない』と返答した訳だ。


 西島さんも多分、会話の意味はわかっていると思う。

 それでも表立って言わない方がいい言葉というのは、あるものだから。


「さて、食べたらプールへ移動しようか。今日明日はどうせ東御苑近くで待機だからさ。部屋に閉じこもっているよりは、プールの方が健全だろう」


「そうですね」


 ◇◇◇


 プールでのんびりしつつ、上野台さんはパソコン作業をしたり、西島さんはアラヤさん宛てらしいメールを書いたり読んだり。

 

 結局今日は、夕方まで何も無かった。

 夕食までに、連絡事項は一件だけ。


「シンヤは、明日の昼過ぎに到着するそうだ」


 これくらいだ。


 あとは昼過ぎ、ずっとプールというのも飽きたので、ほんの少しだけ出かけた程度だ。


「ここでずっとプールにいるのも飽きますし、下の店を見に行きませんか。ここの地下一階に、コンビニや本屋があるみたいですから」


「アラヤさんによると、あまり面白い店はないみたいです。コンビニは狭いですし、レトルトや即席麺はアラヤさんがほとんど持っていったって書いていました。だから持っていくとしたら、狭いですけれど本屋さんか、あと三軒くらいある陶器屋さんくらいらしいです」


「アラヤさん、この地下に来た事がある訳か」


「最寄りのコンビニが此処だそうです。だから東御苑に来てすぐ、ここで飲み物や食べ物を確保して持っていったそうです」


「確かに大手門からお堀を渡れば、此処だものな」


 水着にバスローブというとんでもない姿で、エレベーターを1階で乗り換えて、地下へ。

 西島さんが言っていたように、コンビニの即席麺、レトルト、缶詰、あとスナックのコーナーの商品が、根こそぎに近い形で無くなっていた。


「アラヤさん、お菓子系も好きだったみたいですね」


「同じ物が続くと飽きるからさ。その辺を考えてというのはあるかもしれない。シンヤあたりだったら、キャンプなんかに使うガスで料理するかもしれないけれどさ」


 結局コンビニでは冷凍食品コーナーとペットボトルのドリンクを手に入れ、あとは有田焼の店から白いスタイリッシュな食器を幾つか持って帰ってきた。

 今日出歩いたのは、それだけだ。


「今日はここで夕食を食べてから、上の部屋に行こう」


 上野台さんがそう提案したので、プールサイドで暮れていく街を見ながら、刺身盛り合わせ等を作って、夕食にする。


「何というか、大量に食べるなら、高い大トロよりも中トロや、いっそ赤身の方が美味しい気がするな」


「あと鰻の蒲焼きと刺身は、あまりあわないですね。別々に食べれば美味しいですけれど」


「御飯以外にも、此処から見える、夜景になっていく景色、いいですね。皇居やお堀の、ビルの向こう側の空が赤くなって、暗くなって、そして街の光が見えてくる感じ。とってもいいです」


 そんな事を話しながら、水着にバスローブ姿で御飯をかっこんでいた時だ。


 スマホの通知音がした。上野台さんのスマホだ。

 上野台さんはスマホを見て、ささっと操作して。


「また面倒な事を……」


 そう言って、そして猛烈な勢いでスマホを操作し始めた。


「何かあったんですか」


「掲示板を見てくれ。奴め、爆弾投下しやがった」


 何だろう。

 俺と西島さんはスマホを取り出す。

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