第一九四話 神の仕掛け

 上野台さんは、俺の返答を待たず、話し続ける。


「私自身には、特に叶えたい夢とか希望とかは無い。きっと想像力が貧困なんだろうな。夢とか希望とか、そういう事を想像出来ない位に。

 その癖この世界を、そこそこ楽しんでいる。何をしても現実の未来に影響するわけでは無く、生活に困るような事も無く、ある程度の好き放題が出来る、夏休みのようなこの時間をさ。

 管理している神様か何かが苛烈じゃなくて良かったと思うよ。どこぞの神様なら、こう言われて追放されただろうからさ。

『あなたは冷たくも熱くもない。むしろ冷たいか熱いか、どちらかであってほしい。 熱くも冷たくもなく、なまぬるいので、わたしはあなたを口から吐き出そうとしている。 あなたは『わたしは金持ちだ。満ち足りている。何一つ必要な物はない』と言っているが、 自分が惨めな者、哀れな者、貧しい者、目の見えない者、裸の者であることが分かっていない』」


 今、上野台さんが言ったフレーズの一部に、聞き覚えがある。

 厨二な小説で、かつてよく使われていたものだ。


「聖書ですか?」


「正解、ヨハネの黙示録の三章さ。想像力貧困だから、自分の事を語るにも、他人の言葉を引用してしまうんだ。自分で自分の為の言葉を生み出せずに。

 斯様に想像力が貧困で、なおかつ自動車どころか自転車すら運転できない運動神経だからさ。田谷君の夢と自動車に便乗させて貰っている訳だ」


 いや、たとえそうだとしてもだ。


「でも上野台さんのおかげで、少なくとも俺は大分助かっています。経験値をここまで効率的に上げるなんてのは、上野台さんの協力無しには出来ませんでしたから」


「そうやって他人を操って、自分が思い通りの結果を描くというゲームを楽しんでいる。それが私の罪さ、きっと」


 スマホの通知音が鳴った。俺のスマホと、上野台さんのスマホ両方で。

 さっと画面を見る。シンヤさんからだ。


「さしあたって犠牲者の一人は、シンヤだろうな。奈良での魔物との戦いで、シンヤが倒しすぎないよう調整したしさ。四国だって、おそらく魔物は残り一〇〇体以下、倒せる場所にいるのは四〇体いないと思う」


 えっ。


「四国も、分析済みなんですか?」


「四国も九州も、ほとんど分析出来ていないさ。ただ、残りの魔物がいる場所を、ある程度知っているだけで。

 今日の朝八時の時点で、残りの魔物は一万体弱。そのうち東御苑に千八百体がいる。残り八千体強のうち半分近くが、割に狭い領域に固まっているんだ。九州の南端、大隅半島の先の方にさ」


 ちょっと待って欲しい。


「Webカメラに写っていたんですか?」


「いや、この辺にはWebカメラは無かった。使ったのは衛星写真だ」


 えっ!?


「衛星って、人工衛星ですか?」


「ああ。民間の人工衛星なら、画像データを買うなんて事も出来てさ。撮影まで注文から二週間くらいはかかるし、とんでもないお金も必要だ。その上データを使えるようにする処理だって手間と計算機資源が必要になる。

 でもまあ、使えそうなら使えるようにしておこうと思ってさ。申請だの注文だの処理システムの準備だのをやっておいたんだ。まだ船台にいる頃、田谷君たちと会う前にさ」


 何というか……

 

「まさに『何でも知っている魔法使い』ですね。西島さんがアラヤさんへのメールで、上野台さんの事をそう書いていたそうですけれど」


「想像力が足りないからさ。その分他人様が作った道具を多用する訳だ。

 東北にも魔物がいなくなった頃、やっと衛星の軌道とカメラが日本上空の撮影に適した形になった。以後は毎日一回か二回、撮影された情報が送られてきている。L1処理まではしてあるから、あとはこれを地域別に整理して同じフォルダに入れて、画像の変化をチェックさせる。この辺のやり方は以前、大学でやって命令セットを持っていたからさ。割とあっさりAIに投げる事が出来た。

 その結果、植物が繁茂しているとか、風で植物が揺れているという以上の変化がある場所が、全国に何カ所かあった。そのうちの一箇所がこの大隅半島の狭い地域って事さ」


 なるほど。


「何というか、上野台さんくらいしか出来ない大技ですね、そんな分析」


「このブロックには一〇〇人程度しかいないからさ。他に出来る環境がある人はいないかもしれない。ついでに言うと、魔物がたまる仕組みそのものは、この前の奈良であったのと似たような感じだろう。今度は崖ではなく、盆地状のところにいるようだけれど。

 ただレベル的に考えると、これ全部を同じ支配種や統率種が率いている事は考えられない。何かきっとからくりがあるんだろう。危険なのと遠すぎるのとで、現地へ行くのはやめた方がいいと思う」


 危険すぎるか。ならきっと……


「シンヤさんが九州ではなく、四国へ行くよう誘導したのは、此処の危険から遠ざける為だったんじゃないですか?」


「言い訳はしない。シンヤの意向を無視して誘導したのは確かだから。それに奈良で、シンヤの銃弾を曲げて命中率を下げたり、魔物を動かして咲良ちゃんにより経験値が行くように仕向けたのも事実だ。

 話を元に戻そう。この大隅半島南端部の魔物の集団、これはこの世界の管理者、呼び方を変えると神の仕業だと思う。期限内に魔物や人が歪みを消せない場合に、それでも歪み消去率を無事達成させる為、あるいは任意の時期に、この世界を終わらせる為の。

 消去率が上がらなくてこのままではまずいのに、一昨日、二五日経過時に何も対策が出なかった。それが間接的な証拠かな」


 確かに、今まで消去率が減らない際は、設定の変更や規約の一部開示なんてのがあった。

 概ね五日ごとに、何かしら新規の発表があった気がする。


 しかし一昨日、二五日経過時には、何も新規の発表はなかった。

 この時点で既に『もう消去率は予定通りに達成出来る』という見込みがあったからと考えると、頷ける。


「そして今、終わらせる為の装置が近づいている。これには田谷君も気づいているだろう。天気予報をチェックしていたからさ」

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