第一九一話 ホテルの室内プールにて⑵
西島さんがプールのあちこちで撮っている写真は、アラヤさんに送るメール用だった。
「楽しそうな雰囲気のメールを出せば、顔を出そうと思ってくれるんじゃないかって思うんです。無理かもしれませんけれど、少しでも可能性がある事ならやっておこうと思って」
西島さんは、一通り写真を撮った後、上野台さんと同じテーブルにいつものタブレットを出して、メールを書いて。
その後、プールサイドにあったビート板を使って、バタ足でブール内暴走をしたり、潜水に挑戦したり。
俺もスマホで見るものが無くなったので、西島さんがプールへ入ったのにあわせてプールへ入って、普通に泳いだり、歩いたり、色々な泳ぎ方を試したり。
そんな事をしていたら……
「よし、休憩! 遊ぶぞ!」
上野台さんがそう宣言して立ち上がった。
そしていきなり走り出して、プールへと飛び込む。
もちろん頭から綺麗に飛び込むのではない。
ジャンプして、足から落っこちるタイプの飛び込みだ。
「ぷはあっ! うむ、夏の感覚」
無事足がついたようで、ちょっと安心。
岩鬼の温泉プールでは歩いている最中にも転んで、そのまま溺れそうになって大変だったから。
何というか、溺れた際の上野台さんを抱え起こすのは、精神的に大変なのだ。
思い切り身体に触ることになるから。
どこもかしこも柔らかくて危険な感触だし。
なお無事立ち上がった後、西島さんから注意が飛ぶ。
「危ないです。準備運動や身体を慣らす作業無しで、いきなり飛び込むのは」
「あ、確かにそうだな。以後気をつけるよ。ちょっと煮詰まっていてさ。
あと水の中だとどうも動きにくい。田谷君、ブラックパール号は持っているかい」
ブラックパール号とは、岩鬼市の巨大温泉プールで使ったゴムボートのことだ。
「はいはい」
空気が入った状態で収納してあったので、出してそのまま使える。
上野台さんはものすごくゆっくりとプールの端まで歩いて言って、そして上に上がろうとする。
しかし、上がれない。
水中からのジャンプと浮力を使えば、上に上がれると思うのだ。
しかし上野台さんの無敵の運動神経では、どうやら無理な模様。
三回挑戦して、そして上野台さんは諦めた。
「やっぱり梯子があるところでないと無理だな。なんで悪いけれど、そこの梯子のところまでブラックパール号を持っていって、乗れるように持っていてくれ」
「わかりました」
お洒落系のホテルプールと、子供用ゴムボートがとんでもなく不似合いだ。
しかし文句を言うような他の客や、ホテルの従業員はいない。
そんな感じで遊んで、おやつを食べて、サマーベッドで休憩して。
「アラヤさんからメールは来るんですけれど、来てはくれないみたいです」
「ならもっとイベントっぽくしてみよう。此処で外の景色やプールを背景に、豪華な料理を並べてさ」
「ならもう少し此処で遊んで、夜景が綺麗になってから写真を撮りましょうか」
確かに窓の外、空が少し赤みを帯びてきている。
この小さいプールで、設備もプールとジャグジーくらいしかないのに、よく半日も遊んだな。
そう思ったところだった。
キンコン、キンコン、キンコン。
音は、テーブル方向、となるとパソコンか。
ジャグジーでのびていた上野台さんが、立ち上がった。
「何なのでしょうか?」
「警報か誤報だ。具体的に言うと、東京方面に向かってくる車を発見したってこと。咲良ちゃん水切り魔法頼む」
「わかりました」
洗浄魔法をかけて、パソコンを触っても水滴が落ちない状態にしてから、上野台さんはパソコンを操作する。
「おっと、これは間違いなくヒットだ。二人とも見てみるかい?」
俺と西島さんは、パソコンの画面を覗き込む。
荒い静止画に写っていたのは道路と、大型のトラックだ。
「このトラックが、東京に向かっているんですか」
「ああ。今から四分前に、新東名の濱松の北の方を東京方面へと走っている所を撮ったものだ。
このトラック、後ろが箱形状で何を積んでいるかは見えないけれどさ。もしこの中に魔物がぎっしり詰まっているとしたら、七〇体程度の魔物が乗っていてもおかしくないんだけれど、どう思う?」
えっ!?
「トラックに、魔物が乗っているんですか」
「多分。掲示板に書き込んでいた奴は、軍団って書いていただろう。支配下に置いた魔物のことだと考えれば、納得出来る。名古屋には以前、魔物の軍団を操っているとWebで協力者募集に書いていた奴がいただろう。魔物の管理に失敗して死んだと思っていたけれど、どうも生きていたようだ」
なるほど。
「なら、あの東御苑を襲撃した奴と合流しに、こっちに向かっているという事ですか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。東京で魔物を探して、先に倒してしまえ位の事を考えていても、おかしくないだろう」
なるほど。
「何というか、面倒ですね」
「でもチャンスさ、経験値稼ぎの」
上野台さんはそう言って、不敵に笑う。
「此処にいても、経験値はなかなか稼げない。それに放っておくと、アラヤちゃんが危ないかもしれない。だから本人を倒すかどうかは別としても、積んでいる魔物の方は倒しておいた方がいいと思うんだけれどさ。田谷君と咲良ちゃんは、どう思う?」
次の更新予定
八月のレプリカ ~人がほとんどいない複製世界で魔物と戦いつつ二人で旅をする夏休み~ 於田縫紀 @otanuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。八月のレプリカ ~人がほとんどいない複製世界で魔物と戦いつつ二人で旅をする夏休み~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます