幕間小話:余白の日常



@コルの魔法(2)



「ほーらアルテア、ゲーミング眼帯ですよ~」


「おい。遊ぶな」


「何の植物でもいいって言ったじゃないですか」


「実際何でもいいしそこに不満はないが、おまえが明らかに私で遊んでいる気配が伝わってくれば物申したくもなる」


 不満だったのはゲーミング・ボタニカル眼帯ではなく俺の態度のほうだったらしい。


 俺は数週間に一度、そのへんの植物を素材にして魔法でヴェスの眼帯を作り直している。

 本人はデザインにも素材にも特にこだわりがないというので俺がそのつど適当に選ぶのだが、今回は色の変わる花などという愉快げなものを見つけたのでつい魔が差した。


 別に光り輝いてはいないので厳密にはゲーミングしていないが、グラデーションのように目まぐるしく色が変化していく花だ。

 マナの関わる部分以外はかつての世界とさほど変わらない自然の風景が広がっているかと思えば、ふいにこうした異世界らしいトンチキ生態系に出くわすことがある。


「だってさすがにテンション上がりますって。ゲーミングフラワーですよ?」


「それをわざわざ私の眼帯に使った理由は」


「おもしろそうだったから……」


「やはり完全に遊んでるだろうが」


「遊んでないなんて一言も言ってないじゃないですか」


 眼帯の形を成した枝葉の合間からは小ぶりな花がいくつも咲き誇り、この会話をしている間にもヴェスの顔の上で滑らかにその色を変えている。おもしろ。


「アルテアも喜んでますよ」


「知らん。どうでもいい」


 まぁアルテアが喜んでいるのはゲーミングフラワーでもゲーミング眼帯をつけたヴェスでもなく、眼帯を作るために使用した魔法に対してなのだが。


 いつの頃からかアルテアは、目の前で魔法を使ってみせるとキャッキャとはしゃぐようになった。

 俺のへっぽこ自然魔法でも楽しいとはなんとも安上がりなことだと、人目がない場所にかぎり、ささやかな魔法を見せては日々アルテアのご機嫌取りをしている。

 なにせご機嫌ナナメの赤ん坊はとにかく理不尽で厄介で面倒なのだ。それを魔法ひとつでごまかせるというなら、これほどコスパの良いことはない。


「でもヴェスがそういう反応するだろうなと思って、ちゃんと普通の葉っぱも採ってきたから今作り直しますね」


 ひとしきり遊んで満足したのでいつものシンプルなボタニカル眼帯を作り直そうと、伸ばした俺の手がゲーミング眼帯に触れたところで「いや、いい」とヴェスがひとつ息を吐いた。


「いいんですか? 自然に任せると約二週間はこのままになりますけど」


「これ自体に不満はないと言っただろう。特に喜ばしくもないが、替えるほどでもない」


「どうでもいいってやつですよね、ヴェスのいつもの。じゃあこのままにしますけど別のにしたくなったら言ってください」


「ああ」


 つまり俺はこれから二週間、ゲーミング・ダークエルフと過ごすことになったらしい。本人より先に俺のほうが視覚のカロリーに耐えかねて途中で変更を申し出そうな気もするがまぁいいか。

 俺もヴェスも日常生活に関してそこまでこだわりがあるほうではないので、わりといつもこんな調子で話が終わることが多かった。


 そもそも「闘い以外は基本どうでもいいダークエルフ」と「自分の命に関わらなきゃ基本なんでもいいエルフ」で何をどう揉めろというのだ。

 物理的に揉めたら2000%俺が死ぬのは確実だが、お互い日常の中にそこまでして通したい意地も主張もない。

 よって、旅のあれこれは主に話し合いで決定されていた。


 しかし口車ではヴェスより俺に分があるので、意見がぶつかったときは大抵俺が言いくるめてヴェスが渋々妥協するパターンが多かった。

 あとは今のようにヴェスが苦言こそ呈するが反対はしない、みたいなケースが主である。


「魔法が得意な人なら、二週間と言わずにずっと崩れないものが作れるんですけどね。こんなふうに」


 服の内側にしまっていた形見のピアスを取り出して陽にかざす。

 作られてからそれなりの年数が経過しているはずのそれは、しかしまるでついさっき仕上がったばかりのような瑞々しさを保ってここに存在していた。

 中心にある石の周りを取り巻く繊細な細工といい、よほど魔法の上手いエルフが生成したんだなと思う。


 母が作ったのか、父が作って母にプレゼントしたのか、はたまた別のエルフの作品なのか。

 時々の説教以外では世間話すらろくにしないまま死に別れたので、その謂われを知れる日はもう二度とこないのだろうが。


「…………、おまえには得意な魔法はないのか」


 形見ピアスをぼんやり眺めていると、ふいにヴェスが雑談を振ってきた。

 どうも気を使わせたらしいと察して、俺はピアスをしまい直しつつ話に乗る。


「他のエルフと比較してって話じゃなくて、あくまでコル比での“得意“ってことでいいですか?」


「……コル比で」


「それなら一応は植物関連──木魔法ですかね。分かりやすく土台になるものがあるから、マナを込めやすいんですよ」


 言いながら自分たちの周囲にある植物に魔法をかけると、波が広がるように花がぽんぽん咲いていく。

 それを見たアルテアが目を輝かせて笑い声をあげた。


「あとは同じ理由で、水場でやる水魔法とか」


 いくらエルフとて完全なる無から有を生むことは出来ない。

 だから一見無から生み出しているように見える水や火も、その実しっかりと場にある自然エネルギーを使って生成している……が、俺は正直なところそのエネルギーもマナもいまいち捉えきれていなかった。


 “ある”ということはなんとなく分かるし頭でも一応理解しているつもりなのだが、どうにもこう、可聴域にない音を聴き分けろと言われているような、紫外線を肉眼で見分けろと言われているような、自分の感覚の外にあるものを認識しろと言われている気分になる。

 なので植物などの目に見えて形あるもののほうが、俺にとってはいくらか扱いやすいのだ。


 とはいえ本当に、あくまで“俺の中では”というどんぐりの背比べ内での得意不得意の話であって、エルフ比でみれば“すべて苦手”といって相違ないのだが。


「そうか……、…………」


 元々興味あっての質問ではなく単なる話題そらしの問いだったからか、自然にふつりと途切れた会話を繋ぐべきか迷っているらしい不自然な沈黙に、小さく息を吐いて、慣れない気の回し方をしているダークエルフの背中をべしりとはたいた。


「やるならもっと上手くやってくださいよ」


「……どれだけ上手くやったところで筒抜けなのにか? おまえこそ、殴るならもっと上手くやれ。羽虫がぶつかったのかと思った」


「それこそどれだけ上手くやったってミリダメージも入らないでしょうが」


 渾身の力で殴っても通る気がしないどころか、俺の拳にフィードバックするダメージのほうが酷そうである。


 しかしろくに会話しなくても意志疎通が可能なのは便利だが、伝えるつもりのないことまで伝わりすぎるのも困りものだ。

 そう内心舌打ちをし、どうせそれもバレているんだろうと思いつつも、俺は素知らぬ顔で作ったゲーミング花冠をアルテアに被せてやった。





*************




@エルフ商店



 ヴェスが嫌がるので基本的に人が多い街道沿いを避けて移動している俺たちだが、商売をするときばかりはさすがに客がいなきゃ話にならない。

 よって今日もまた渋い顔のヴェスを宥めすかし、俺たちは街道の片隅にて行商人として店を構えていた。


 本日の商品は、道中の森で採取した薬草類が中心だ。

 だって俺は腐ってもエルフなので薬草類に詳しい……などということは特にない。


 いや、里があった森周辺に自生していたものに限れば一応植物にはそれなりに詳しいと思う。

 何せこの百数年間、娯楽施設も何もない土地で生きてきたのだ。魔法の研鑽に時間を割けない俺は、最終的には動物か植物の観察くらいしかすることがなかった。なんなら親の顔より植物見て生きてきた自信がある。

 俺ですらそうなのだから、そんな俺より遥かに長い時を森の中で生きていた他のエルフ達なら、もっと植物に詳しかったかもしれない。


 だがしかし、エルフは一般的な怪我や病気とは無縁の生き物だ。

 大抵の怪我が自動回復で治るのはご存じの通りだが、人間や獣人がかかるような感染症などにも何故かエルフやダークエルフは罹患しない。一応エルフ特有の病などもあるにはあるが、発症はごくごく稀である。


 マナという第三エネルギーを処理する機能が体に組み込まれていることが影響している……のかどうかは知らないが、いつぞやのヴェスの言葉を借りるのであれば、おそらく彼らと俺たちとは『生き物として遠すぎる』のだろう。

 これはエルフ風に言うと『生物としての格が違う』ってやつで、前世風に言うなら『種の壁』ってやつだろうか。異なる生物間では感染症がうつりにくいというアレだ。アレの強化バージョンみたいなものなのではないかと俺は認識している。


 だからこそあの環境で実験されまくって弱り切ってても俺たちは細菌感染だのなんだの起こさなかったのではと思うが、まぁ全部推測だ。

 なにせ俺はあくまで側であって、研究結果については頭上で興奮気味に交わされる会話の端々から推察するくらいしか出来なかったので。閑話休題。


 つまり何が言いたいかというと、自分たちは怪我も病気もろくにせず、さらには他種族を見下しまくっているエルフが、はたして“人間に効く薬草”などというものを把握しているのかという話である。絶対にしてない。

 仮に把握していたとしても、それをこころよ子供おれに教えてくれるはずがなかった。


 よって俺は植物の生態には多少詳しくとも、対人間や獣人への薬効に関する知識はほぼ皆無に等しかった。

 前世で見たものに似た感じの薬草もあるこたあるが、それが本当に前世で見たものと同じなのか、あのチェスのようでチェスじゃないゲームと同じく、知ってる薬草のようで知らない“何か”なのかを判別する手段が今の俺にはない。


 なのでひとまずヴェスに傭兵ギルドなどで人々によく使われていたという需要のある薬草を教えてもらい、それを俺の木魔法で増やして売っている。


 とはいえ大々的に増殖させて卸したりはしていない。あくまで俺たちの旅の資金に必要な分だけだ。

 金目のものを何も考えず一気に根こそぎ売り払うなんてのは、後のことを考えなくていい“客”か“賊”のやることで“商人”のやり方ではない、とタリタに叩き込まれたためである。

 あと普通に同業者と揉めるから、よほどメリットがないかぎりは供給過剰で値崩れ起こさせるような真似は控えたほうがいいとアドバイスを受けたので、そのへんは慎重にやるつもりだ。


 余談だが、そんなわけでタリタも大量入荷したエルフの髪をすぐ売り払うつもりはないらしい。それに在庫として手元に“ある”という事実だけでも役に立つことがあるそうだ。

 まぁ俺の髪も俺にうっとうしがられながら一生サラサラ生えてるよりは、タリタのもとで有効活用されるほうが本望だろう。せいぜい末永く金の卵を生んでくれ。


 そんなこんなで完売とまではいかないが並んでいた大半の商品が売れたところで、日も暮れてきたしそろそろ撤収するかと店じまいを始めると、その作業を手伝っていたヴェスがふと俺を見て口を開く。


「思ったほど安売りしないんだな」


「何をです?」


「顔」


 本日の俺は、黒いローブのフードを深々と被った不審者仕様である。愛想を振りまくこともなく、客との会話も最低限だった。


 最初の村で顔をエサにして大々的にやったから、今後もそのスタイルでいくと思っていたのだろう。

 しかし実際に顔出し接客する頻度は三割程度。それにはもちろん理由がある。


「大前提としてあまり目立ちすぎるわけにいかないというのもありますけど、まぁ要するに適材適所ってことですよ」


 あれは一定の条件が整った場だからこそ出来た売り方だ。

 顔の良い店員がいるだけで年中大繁盛するなら商人の世界はとっくに美のカードバトルみたいになっていただろうが、現実はそうとも限らない。

 むしろモノによっては、俺が美少年であるがゆえに商品の価値が薄れる、ということもあるだろう。


「たとえばヴェスだったら、強面のムキムキでいかにも強そうな店主がいる武器屋と、美形のヒョロヒョロで吹けば飛びそうな店主のいる武器屋、ぱっと見でどっちに行きます?」


「私は武器など買わん、どうでもいい」


「聞き方間違えましたね。じゃあ屈強なゴリラのひしめく戦場と丸々としたポメラニアンがひしめく戦場……いやなんか違うな……えーと、提供される商品が同じだったとしても、売っている人が誰かによってお客さんが感じる商品への説得力が変わるんですよ」


 ちゃんと品を見ての目利きが出来る者などごく一部だ。

 通りすがりの人々の大半は、実際に“良いもの”かどうかの判断などつかない。だから“良さそうなもの”を手に取り、購入する。

 その際の判断材料のひとつとして、彼らは売っている者の印象を見るのだ。


「服飾系や美容系ならともかく、この薬草効きそうだな~って思わせる説得力には少し欠けるじゃないですか、は」


 そう言いながらフードの端を軽くめくって、ちらりと己の顔をヴェスのほうにさらして見せる。

 薬草類はぴかぴかの美少年より、背後に護衛のようなたたずまいのダークエルフを置いて顔を隠した不審者みある黒ローブの人物が売るほうが、“それっぽい”ということだ。

 とはいえそれもまた売る場所や客層が変われば話が変わってくるのだが、そのへんは状況を見て随時調整するしかない。


「獣の肉やらなんやらを売るとき私に接客させるのはそれでか」


「生産者の顔見えてる感じで説得力あるでしょ?」


 私がしとめました、素手で、という感じだ。


「でも説得力って意味では美少年って結構射程が限られるんですよね。客引きのマスコットに徹するにしても本当はもっと小さい子供か、いっそ動物のほうが商品を選ばず手っ取り早く幅広く、お客さんの好感を得やすいんですけど」


 言いながら、ローブに隠れた俺の背中ですやすやと眠るアルテアに意識を向ける。

 うん。とてもじゃないがまだ接客など出来そうにない。


 もう少し大きければ客寄せパンダに出来たのに、と内心で惜しんでいると、俺の考えを察したらしいヴェスが「目立たないのが大前提じゃなかったのか」と呆れた顔でため息をついた。


「そんなものより、エルフの接客のほうがよほど人目を引きそうだがな」


「……、…………」


「おい……冗談だぞ。分かっているだろう。熟考するな」


「分かってますよ。こっちも冗談です。なんでそんな本気で止めようとするんですか」


「初めは冗談だろうと、おまえは時々一足飛びにわけのわからん結論を出すから油断ならない。下手に気を抜くと隙をつかれて酷い目に遭う」


「そんな強敵みたいに言わなくとも」


 安心してください、ただの雑魚ですよ。


 そう警戒しなくたって今回は最初から最後まで冗談だし、ここから結論の飛躍のしようもない。

 だってタリタの話を信じるのであれば、エルフが堂々と店頭になんて立ったら接客どころか俺自身が商品として切り売りされかねないだろう。はたしてグラム単価はおいくらか。


「そこまで危ない橋を渡るほどのメリットが今のところ皆無ですから、やりませんよ」


「つまりその危険を上回る利があればやるんだろう」


「ヴェス……僕は僕が助かるためなら僕をある程度犠牲にしてもいいと思ってるだけです」


「本末転倒じゃないのか」


「生存戦略ですよ」


 トカゲのしっぽ切り、いわゆる自切みたいなもんだと思ってほしい。

 弱い生き物は己の身を呈して己の身を守るのである。


「……まぁ、それがおまえの強みか」


 ヴェスはやや物言いたげにしながらも、ため息混じりにそう言葉を結んだ。

 俺のそういうやり方にドン引きしつつ強さとして認めてもいるし振り回される同行者として諦めてもいる、といった風情だ。なんか複雑そうでうける。


「ならヴェスがせめて心の準備出来るように、暗号でも決めましょうか? こう、僕が髪をかきあげて右目を見せたら何かやらかす合図、みたいな」


 しかし目隠れの目出しはどこかの層から反感買いそうな気がする。

 もっと別のにしたほうがいいか、と謎の配慮を決め込もうと考える俺の横で、ヴェスが今日一番の深くて長いため息を吐いた。


「いやいい。合図も何もいらん。面倒だ。適当に合わせるから好きにやれ」


「そうですか?」


「ああ」


 ヴェスというダークエルフは基本的に有言実行かつ約束は守る男なので、そう言うからには俺が本当に何をやらかしてもそれなりに合わせてくれるつもりでいるのだろう。ただし苦言を呈さないとは言っていない。


「じゃあ次の街では服飾系の商品を仕入れるつもりなんで、またイケメンマネキン大作戦にご協力お願いしますね」


「…………はぁ~~~~~~~~~~……」


 先ほど更新したばかりの新記録をすぐさま塗り替える、今日一のデケェため息が空に響き渡った。


 合わせてくれるんだろ。有言実行でお願いします。


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