ゼロエルフ! ~エルフに生まれ変わったけどプライドゼロなのでうまくやります~

ばけ

一冊目『牢屋のち商人の街』

時にはゼロのほうが良いものもある


 我が輩はエルフ♂である。名前はコル。前世は人間。

 そして今はどこかの国の牢屋にぶち込まれ、実験体として扱われている。


 これが文学作品なら読者置き去りのスピード展開というほかないが、近年はこまけぇ話はサクサクカットして先に進んだほうが受けがいいとも聞くし、案外こんなもんでいいのかもしれない。

 ただ惜しむらくはこれが小説の冒頭などではなく、俺が直面している現実だということだろう。


 なので次のシーンまでのカットもスキップも読み飛ばしも出来ない現在、自分の“お役目”のターンが巡って来るまでは他のエルフの断末魔を聞くぐらいしかやることがないため、時間潰しがてら順を追って己の人生を振り返ってみようと思う。セルフ走馬燈である。


 前世は何の変哲もない地球の一般人だったのでそのへんのエピソードはサクッと割愛しよう。現在と違って過去は説明をカット出来るのが良い。

 とにかく俺はこれといって山場も面白味もない人生を終え、気づけば別の世界に生まれ変わっていたわけだ。エルフとして。


 キューティクルが仕事しまくりの輝くような金の長髪。瑞々しい若芽を思わせる翠の瞳。すっと伸びる長い耳。そしてお好きな方にはたまらない片目隠れヘアー。街頭アンケートを取れば満場一致で美少年と判定されるであろう、それが今の俺の姿だ。

 だが、エルフに転生して自分の顔面偏差値がSSRに跳ね上がった件、とか脳内でタイトルつけて喜んでいられたのは最初だけだった。


 エルフは非常に排他的な種族で、外界との接触を嫌う。

 よって彼らは深い森や険しい山奥にある里で、エルフ以外とは一切関わりを持たずに暮らしている。というかエルフ同士すら暮らしている里が違うとほとんど関わらない。里の中と、せいぜいその周辺の花畑や水辺などが行動範囲のすべてだ。


 つまり何が言いたいかというと、エルフオンリーで構成されたコミュニティの中では顔面SSR以上の他者としか遭遇することが出来ず、そして人間の価値観で言うところのSSRは、エルフの中ではもはやRなのである。そんな環境で毎日を過ごせば自分のツラが良いとドヤる気力なんてあっという間に尽き果ててゼロだ。


 ヤベー!エルフっぽーい!!とはしゃいでいた長髪も、それで何十年と過ごせばもはやただただ手入れに時間かかるし絡まるし寝起きするときとか肘で踏んで首がビンッてなるし、クソ面倒くさいという感想しか出てこなくなった。


 そして髪型のセットなどせずとも乾かすと勝手にこの片目隠れスタイルになるのも厄介極まりない。右目側だけ見えにくいしめっちゃ邪魔。丸刈りにしたい。もしくは頭のてっぺんでパイナップルみたいに縛りたい。

 だがエルフの髪にはマナが宿るとか、エルフとしての嗜みがどうとか、エルフっぽくないことをしようとすると他のエルフたちがこぞって叱ってくるものだから、諦めて長髪の片目隠れエルフとして生きてきた。


 ちなみに現在の俺の年齢は百歳ちょっとである。エルフとしてはまだまだ青二才……どころか子供と言ってもいいだろう。たぶん人間でいうところの中二くらいだ。

 しかし前世の記憶があるせいでどれだけ説教されても人間くさい所作や考え方が抜けきらず、エルフなら息をするよりたやすく使いこなせるという自然魔法すら百年経っても苦手なまま。

 いつまでもエルフらしい立ち居振る舞いが身につかない俺は、里の中で出来損ないの問題児扱いをされつつも、まぁ、それなりに平和な毎日を送っていたのだが。


 そんな平穏はある日突然エルフの里に攻め込んできた人間の軍勢により終わりを告げ、三日三晩の戦闘の末、里のエルフたちは全員揃って彼らに捕まった。

 いや、訂正しよう。人間との戦闘でまず半分死んだ。捕まったのは“まだ生き残っていたエルフ”全員である。


 エルフは強い。過剰なほどに見える彼らのプライドの高さは、しかし決して砂上の城ではなく、確固たる事実に裏打ちされている。

 種族として一段高みにいるがゆえの絶対的な自信が、その振る舞いすべてに現れているのだ。


 だが、それゆえに彼らは甘く見ていた。

 弱き者の“進化”を。


「実験体302、出ろ」


「はい」


 おっと、お呼びである。隅で体育座りをしていた俺は大人しく立ち上がった。

 牢屋の外にいる看守がこちらに向けているのは、鈍く光る鉄の塊。前世でフリントロック式と呼ばれていた形に近いそれは、まさしく“拳銃”。剣と魔法が主流であったこの世界に近年登場したばかりだという最新武器である。


 実験の合間に聞こえる研究者たちのこぼれ話によると、俺以外の転生者がどこかにいて知識チートした結果生まれた……というわけではなく、どこかの天才がたまたま発明したらしい。


 まぁ世界が違えど人は人。考えることも思いつくことも抱える欲望も、基本的にそう大きくは変わらないはずだ。目的のための手段を求めた結果のいくつかが、どこかの世界と同じような形に落ち着いても不思議ではないのかもしれない。いや今のところ看守と兵士と研究者しか見たことないからこの世界の人間のスタンダードとか知らんけど。もしかしたら人体実験大好きヒャッハーみたいな狂人しかいないのかもしれないけど。閑話休題。


 さて、驕るエルフは久しからず。どんなに力のある種族でも、集団の中で孤立してしまえばいずれ数の多い勢力や、新しい力に押し負ける。

 どうやら人間が加工した鉄製品……機械にはマナが干渉しにくいらしく、よほど強く魔法障壁を張らないと銃弾が貫通してしまうらしい。エルフがお仲間だけで引きこもっている間に、人間はエルフに届く牙を、“技術”を獲得していたというわけだ。


 そして力の弱い者から鉛玉の餌食となっていき、残った精鋭たちも時と共に疲弊して力を使い切り、最後にはマナの巡りを阻害し魔法を使えなくするという特別製の手錠で拘束されてしまい、生き残ったエルフはみんな捕まってしまいましたとさ。ちゃんちゃん。残酷昔話のいっちょうあがりである。


「もたもたするな実験体302! 早くしろ!」


「はい只今~」


 よい子のお返事をして小走りに看守のほうへ向かう俺を、他のエルフ達が忌々しげに見ているのが分かった。人間に媚びて尻尾を振るなどエルフの風上にもおけない、とその表情がありありと語っている。


 だがしかし、そうは言われても、俺のメンタルは生粋のエルフでも女騎士でもなくただの人間なのだ。

 くっ……殺せ!とか言えない。普通に死にたくない。俺はまじでシンプルに死にたくなかった。


 つまり精鋭でもなんでもない魔法音痴の俺が、今こうして生き残り組にいる理由。

 それは。


「エルフが命乞いなど……恥を知れ……!」


 同族の悪態を背に受けながら、命乞い&投降のコンボによりあの戦いを生き延びた俺は遠い目で笑みを浮かべる。

 じゃあプライドで鉛玉が弾けるか。プライドで血が止まるか。そんなもの何の役にも立ちはしなかったじゃないか。


 エルフのプライドなんてくそくらえだ。


 こうしてプライド・ゼロ・エルフの名をほしいままにする俺は、今日も今日とて実験台おつとめに励むのである。



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