番外編㉞ 師走の飲み会(ちさと視点)

 カラカラカラカラ~ シャランシャラン♪


 通いなれた居酒屋のドアを開けて店内に入る。ドアについたベルが涼しげな音を鳴らす。


「いらっしゃいませ~」

 これまた聞きなれた後輩の声がする。後輩の前田がここで店長をやっていることもあってよく来る店だ。

 多々良のバイト先(さすがに受験間近な今はしていないが)もここだったりする。


「何名様ですか~? って谷垣パイじゃないですか……あ~はいはい。個室で恋人が待ってますよ」

 前田が適当な受け答えをしている。雇われ店長だから本社にクレーム入れてやろうかと思ってしまう。


「ちょっち遅れちゃったんだけど怒ってなかった?」

「心配するなら遅刻せずに来てくださいよ。で、お連れ様はもう来てますよ。1人だと高いお酒頼んでくれるんでじゃんじゃん遅刻してくれるのもうちとしてはありがたいんですけど」

 いつも風俗通いでお金がないって言ってる割にはそういうところは贅沢をする刑事だ。


「はいはい、アンタも教師になったら激務でプライベートが削られる経験ができるって」

 そう言いながら手を振って私は店の奥に向かう。個室の暖簾をくぐるとそこには……おちょこで日本酒を楽しんでいる女刑事がいた。

「ああ、ちさと。一足先に始めちゃっているわよ」

「ごめんね、待たせちゃって」

「ううん、全然待ってないよ。ていうかいつも待たせるのは私の方なんだし、今まで何回もドタキャンしたこともあるだから教師をしてて忙しいちさとが遅刻したくらいで怒んないってば」


 待っていたのは私の高校からの親友で刑事をやっているみなもだった。みなもは刑事というその職業柄、急に仕事が入ることがあって予定をブッチしたりドタキャンすることも結構ある。でもそんなのは私たちの仲には関係ないことだ。次の機会にこうやってまた会えればいい。


 お座敷になっている個室の座布団に腰を下ろすと目の前に置かれていたおちょこを手に取る。そこにみなもが目の前に置いてあった徳利から日本酒を注いでくれる。

 阿吽の呼吸というか、ちゃんと後から来る私の分の器まで用意しているあたり、前田は店長としてやっぱりできる女なのだろう。


「では、とりあえず乾杯ってことで」

 そう言ってみなもがお酒が注がれているおちょこを私に掲げる。私もそれに応じて自分のおちょこを掲げるとお互いのおちょこをかちんっと合わせる。

「こくこくこく……はぁ……熱燗が五臓六腑に染み渡るっていうか、こういうのが美味しいって思う歳になっちゃったかって思うよね」

「いや~、いい飲みっぷり。流石に三年生のこの時期の子供を預かってるとストレスがハンパないって感じ? 疲れた顔してるわよ」

 お互いに守秘義務がからむ教師と警察官という立場上、個人情報が絡む話はできないけど少しくらい愚痴ってもいいだろう。


「そうそう、今日は通知表の締め切りだからちょっと残業して……そのせいで遅刻しちゃってごめんね」

「あ~、二学期末だもんね。子供たちにクリスマスプレゼントをあげるためには仕方ないわね」

 通知表がプレゼントになる子ばっかりならいいんだけどね。


「校長とか教頭の時代は家に持ち帰って通知表の『講評』の部分を手書きで夜中まで一人ずつ書いてたとか言って自慢されてもね、今の時代はパソコンで打った内容をプリントアウトするんだし。その分パソコンのデータは持ち帰れなくなってるからこうして残業が増えるんだけど」

 金曜日の夜に飲みに行くのに遅刻しちゃうわけだ。


 ついでに言うと昔は通知表ってしっかりした紙に1~5の数字をスタンプで押して毎学期回収してまた配布してたんだけどうちの学校はプリントしたものを毎回渡す仕組みだ。


「あれ? でもちょっと前に多々良くんたちの通知表が大変って話してなかったっけ?」

「ああ、あれはあの子たちはみんな推薦だから……推薦の子は三年の二学期までの成績が推薦入試に必要だからちょっと早めに書いてるのよ」

 多々良たちのグループは藤岡さんを除いて全員推薦というなかなか凄いことになっている。

 村上だけはまさかのアイドルだけど……進路調査票に『アイドル』って本気で書いて来たのを見たときは頭を抱えたけどこの調子だと本当に妹と一緒にアイドルユニットで食べていけそうだ。


「けど、ちさとがまさか三年生まで担任することになるとは思わなかったよね。あんたなんて新米教師に毛が生えたみたいなものだから普通は三年の担任なんて無茶ぶりされることないでしょ?」

「まあそこはね……」

 ちょっと言葉を濁す。私が三年の担任をすることになったのはぶっちゃけ多々良たちの存在が大きい。

 一年生で特殊な入院をして二年生では疑似精液事件など派手な事件を起こす一方で竜王旗剣道大会、インターハイ剣道個人優勝、フォトコンテストetc、様々な成果を上げていた。


 特に多々良本人は風紀を乱すという意見と小烏こがらすさんをはじめとした風紀委員や岩清水さんの生徒会への協力など問題児とばかりは言い切れない一筋縄ではいかない生徒扱いだった。

「まあ、あそこで多々良弁護の大弁舌をぶちかましちゃったら仕方ないよね。よっ、多々良担当!」

 みなもにからかわれるが苦笑いしかでない。進級時の職員会議で多々良への疑問符や否定の言葉に我慢ができなくて思いっきり反論してしまったのだ。


 結果満場一致で多々良の担任継続が確定。私の教師としての経験不足の心配に関しては石清水がクラスをまとめる限り間違いは起きないだろうと謎の安心感でスルーされた。

 それから一年間、予想もしなかった受験生の指導ということでいろんな経験を積ませてもらった。


「ほんと、想像もできないくらいの経験も積ませて貰ったよ」

「そうそう、ぶっちゃけ男が苦手なちさとが男を好きになっただけでもいい経験だって。失恋したけど」

 ぐっ……痛いところを……でもまあ好きになれる男がこの世界にいることが分かっただけでもよかったのかな?


「ちさとの失恋に乾杯!」

「そこをイジったからにはやけ酒に付き合って貰うからね! 今日は朝まで飲むわよ! 前田ぁ~ありったけの酒持ってきて!」

 翌日の記憶が丸一日ないのは仕方ないと諦めよう。

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ちょっとした小話

(元の世界・居酒屋にて)

ちさと「それにしても……姫川さんはめちゃくちゃ頑張った!」

みなも「分かったって、もう……今日何回目よ? そのフレーズ」

ちさと「いや、本当にすごいんだって……一年生の三学期に出会った頃は言い方は悪いけど完全に落ちこぼれで中学校の参考書をやってたんだよ」

みなも「はいはい、その子が今や学校でもトップクラス。一年生の時の成績さえ良かったら推薦も狙えたっていうんでしょ? もう何回も聞いてるから」

ちさと「他の子もすごいんだよ。インターハイで優勝した子が2人、準優勝が1人いるし……私の教師生活は最高だ……もう最高すぎてこの先が怖いよ」

みなも「ちさとなら大丈夫だって……高校で空手部だったころも絶対あきらめなかったでしょ? そんなちさとだからみんなついて来てくれたんでしょ?」

ちさと「みなもが柔道で私が空手で……武道家コンビとか言われて生徒会をやって……あの子たちを見てるとあの頃を思い出しちゃって」

みなも「分かったから……今日は朝まで付き合うから好きなだけ飲みな。本当によかったね、ちさと」

2人とも翌日の記憶がなくなった。


※ちなみにどちらの世界でも同じように碧野高校OGです。

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