番外編㉗ 催眠術入門~初心者でもできる催眠術(陽菜視点)

「「「「催眠術ぅ!?」」」」

 その突拍子もない言葉に恭介くん、みおちゃん、ひよりちゃん、まるちゃんの声が重なる。ゆうきくんとゆうかちゃんもポカンとした顔をしている。


 2学期が始まったばかりのとある放課後の光画部の部室。授業もまだ本格的に始まっていない一日だったのでみんなが少し余裕がある。


 机の上には一冊の本が置かれていて、その本がこの場所の話題の中心になっている。本のタイトルは『催眠術入門~初心者でもできる催眠術~』


「あのね、私が図書委員で本棚の整理をしていた時に学校の蔵書じゃない本が紛れ込んでいたの。それでしずくちゃんに相談して司書の先生と話してこの本を引き取ってきたっていうことなの」

 私の口からこの本の来歴を語る。図書館の棚にラベルがついていないこの本が置かれているのに夏休みの終わりに図書委員として蔵書整理の仕事をしていた私が気付いたんだけどね。


「陽菜ちゃんと話したんだけど、これは誰かがこの本をこの学校の生徒に読ませたくて勝手に棚に置いたんじゃないかって話になって。推理小説なんかだとたまに『逆万引き』とでもいえばいいのかな? 勝手に本を書店や図書館に置いていくって事件がたまに描かれるみたいなの。

 これもそういう事件なんじゃないかって陽菜ちゃんが気にしてるから、ちょっとだけど心理学とかかじってる私に声がかかったってわけ」


 しずくちゃんの方から追加説明してくれる。大抵こういう逆万引きみたいなテーマだと「棚に入れられている複数の本に意味がある」って展開だったり、「実は本を置いていると見せかけて他の本とすり替えている」なんて流れになりがちなんだけど……

「結構しっかりした催眠術の本みたいだし、これを置いていった人……あえて犯人って呼ぶけど、この本をうちの高校の生徒だれかに読ませて何かしたいんじゃないかってしずくちゃんと話してたの。もっとも中身は本当に普通の催眠術の本だからストレートに危険があるってわけじゃなさそうなんだけど」

「う~ん……催眠術ってあの催眠術だよな?」

「うん、みんなが思うところの『あの』で合ってると思う」

 恭介くんに確認されて頷く。


「……催眠術ってそんな簡単にできるものなの? あーしもテレビで催眠術してるところ見たことがあるけど、別にテレビ見てるあーしにはかからなかったしやっぱり催眠術なんて詐欺っていうかインチキなんだと思ったんだけど」

 みおちゃんが疑問を投げかける。

「それがね、ちゃんと手順を踏めば誰にでもできるものなんだって。この本も中身は基本に忠実でこの通りにやれば誰でも催眠術が使えるってしずくちゃんは言ってるの。

 もっとも催眠術をかけるには術者と催眠される人の間に信頼関係が必要だからテレビを見てる人にかけるのは難しいみたいなんだけど」

「催眠術とはそんなに簡単なものなのか?」

「まるは催眠にかかってみたいんだよ」

 ひよりちゃんとまるちゃんも聞いてるけどこの2人はかかりやすそうだよね。


「そうね、催眠術って暗示をかける技術だから、私なんかは家系的にも術師に向いちゃっているらしいんだけどね」

「術師に?」

 しずくちゃんの言葉にみおちゃんが首を傾げる。

「そう。私のお母さんは催眠術じゃないけど昔この高校にいた頃に学園祭で占いをしていたみたいだけど『百発百中の占い』っていわれてて、でもそれって予言の自己成就って言うかお母さんが言うならそうなんだろうってみんなが行動する結果だって話なのね」

 しずくちゃんが言うことならなんでも本当っぽいって思っちゃうのは私たちにもあるから、しずくちゃんのお母さんにもそういうカリスマ性みたいなものがあったのかも。


「それで今日は誰に催眠術をかけてみるんですか? この集まりってそういうことなんですよね。やっぱり多々良先輩にエッチな催眠をかけちゃうんですか?」

「ゆうか!? ダメだよ。きょーすけにはエッチな催眠なんてかけさせないから」

 ゆうきくんとゆうかちゃんが盛り上がっている。


「そうね、エッチな催眠術とかを目的にこの本が置かれてたのかもしれないけど、私が気になったのはこの項目なの」

 そういうとしずくちゃんが『催眠術入門~初心者でもできる催眠術~』というタイトルのその本のあるページを開いてみんなに見せる。



 そこにはこう書いてあった。

『退行催眠―――前世を知る方法』


「前世……か。確かに気になるけど」

 恭介くんが興味深そうにそのページを見る。

「そう、催眠術って前世を知るためにも使えるの。もっともそうやって思い出す前世っていうのは実際には本人の創作である可能性は否定できないし科学的に生まれ変わりが証明されてるわけじゃないんだけど……」

「だけど、俺と陽菜の存在が『魂』だったり『生まれ変わり』みたいなことがあってもおかしくないって根拠になってるってことか……」

 しずくちゃんの言葉に恭介くんが続ける。退行催眠は幼児期まで精神を遡らせることで前世の記憶を蘇らせるという方法らしいんだけど私と恭介くんは前世というか別の世界での記憶を持っている。それぞれ中学一年生以前、高校一年生以前の記憶だ。


 ここにいるメンバーは私たちの秘密を知っている。ゆうきくんには写真旅行の時に、ゆうかちゃんには今年に入ってから説明している。

「それでね……私が気になっているのは今の陽菜ちゃんと恭介さんの中に、過去の……この世界にいた姫川ヒナと多々良恭介が残っているかどうかっていうことなの。

 退行催眠で過去に戻すことによって、前世じゃなくて前の2人の記憶や感情が蘇るのかどうか……それを確認して知っておきたいって思って」

 こうして私と恭介くんは2人でしずくちゃんの催眠を受けることになったのだった。


 ・

 ・・

 ・・・


「は~い、それじゃあだんだん手足が重たくなっていきます……」

 薄暗くした光画部の部室(この部屋は現像のために暗室にもできる)でしずくちゃんの前に恭介くんと椅子を並べて2人で座る。

 しずくちゃんの言葉のリズムと響きが気持ち良くて言われるがままに目を閉じた後はもう自由に動けなかった。


「はい、だんだん力が抜けて行きます……3つ数えるから、1つ数えるごとにゆっくり深呼吸をしてね」

 ゆっくりと数を数えるしずくちゃんの声だけが聞こえる。


 1つ、2つ、3つ。


「ねえ、陽菜ちゃん。ここは小学校の教室だけど私のこと分かるかな?」

 まるで子供に聞くみたいに優しいしずくちゃんの声。

「しずくちゃん……いつも恭介くんと一緒に遊んでいたしずくちゃん」

「うん。じゃああなたは誰なの? あなたのお名前は?」

「私? 私は姫川陽菜……」

「陽菜ちゃんは多々良くんのおちんちんの写真を撮るのが大好きです。その写真は他の人に見せましたか?」


 え? なんでしずくちゃんそんなこと……

「しずくちゃん。私はおちんちんの写真なんて撮ったことないよ」

 頭が急にクリアになって霧が晴れちゃったみたい。

「陽菜ちゃんは小学生までさかのぼってもこの身体の記憶じゃなくて陽菜ちゃんの魂とでも呼ぶべき生まれた世界の記憶が連続してるってことだよね」

 しずくちゃんとしては納得する結果だったようだ。恭介くんのおちんちんの写真で私とヒナちゃんの違いを確認するのはひどいと思うけど確かに一瞬で自分の話じゃないって分かった。


 こうして私に関しては退行催眠はある意味では失敗、ある意味では一つの発見をもたらして終了した。


「それじゃあ恭介さん……いえ、多々良くん。今は高校に入学して最初の夏休み。あなたは何をしていますか?」

 しずくちゃんの質問が恭介くんに対するものに変わる。恭介くんの元の世界での話の通りなら水泳部で県大会に出場していたころのはずだ。

「写真……写真を撮ってる。暑い日差しの中最高の一枚を求めてカメラを構えてる……」

 恭介くんの返事に部室の中にいるみんながざわつく。

「これって恭っちじゃなくて多々良っちの!?」

「恭介くんだったら水泳部のはずだよね!?」

 みおちゃんと私の驚きが一番強いみたいで、他のみんなは私たちほどのショックは受けていないみたい。


 しずくちゃんにとっては私と恭介くんで結果が違うことにちょっとした驚きを感じているものの冷静さは失っていないみたい。

「大丈夫。催眠が解ければ元の恭介さんに戻るから。もう少しこのまま話をしてましょう。多々良くん……目を開いていいですよ。ここは光画部の部室です。少しお話をしましょう」

 部室の照明を少し明るくする。しずくちゃんに言われた恭介くん(多々良くん?)がゆっくりと目を開く。


「ここは……え!? なんで女子がいっぱい? 藤岡!? なんで……ひぃ、ヒ、ヒナちゃん!?」

 そう言うと恭介くんはおびえた顔をしてそばに立っていたひよりちゃんの後ろに回り込む。ちょうどひよりちゃんを盾にして私に対する防壁にする位置に移動してひよりちゃんの腰のあたりを両側から掴んでいる。ひどいよ、恭介くん。


「わひゃっ!? きょ、恭介? なにをするんだ……」

 実は弱点の脇腹を触られたひよりちゃんがちょっと可愛い声を上げている。この世界では男子が女子に触るのはそこまで許されないわけじゃないけど……


「だ、だって……ヒナちゃんが……た、頼むからおちんちんの写真は撮らないで。もうイヤだよ。最近はあんまり遭遇しないから大丈夫だと思ったのに」

 何という言い草! 私はヒナちゃんじゃないからおちんちんの写真撮ったことなんてないし。

「わ、分かったからわき腹から手を離してくれ」

 腰のあたりでまだ手をわなわなさせている恭介くんのせいでひよりちゃんが真っ赤になっている。


「ねぇ、恭っち。そんなふうにひよりっちに構ってないで。同じ光画部員なんだからこっちに来なよ」

 みおちゃんが面白がって声をかける。が……

「はぁ!? なんで藤岡が! 藤岡と話すことなんて何もないから……次は絶対負けないからな!」

 ひよりちゃんの後ろに隠れたまで腰が引けてるのにみおちゃんに対して啖呵を切っている。ちょっとひどいよ、恭介くん。


「きょーすけ。僕がモデルになってあげるから」

 ゆうきくんが声をかけるとパァっと明るい表情になる恭介くん。

「ゆうき♡……ゆうきがいるんだ♡ 良かったぁ……僕周りが女子ばっかりで不安で……」

 恭介くんがゆうきくんのほうに近寄ろうとするとその前にひょいっと顔を出すゆうかちゃん。

「え!? ゆうきが2人?」

 う~ん、ゆうかちゃんが入学してきたのは恭介くんが入れ替わった後だから知らないことになってるのかな。


「ふっふっふ~。多々良先輩は知らなかったかもしれませんが実は村上ゆうきは女だったのです」

 そういうとゆうきくんの前に立ち自分のスカートをピラッてまくって見せるゆうかちゃん。恭介くんから見たら後ろの位置にいる私にも白い布が見えちゃってるから。


「うわっ!? 嘘だろ!! ゆうきが女だったなんて……」

 後ずさるように後ろに尻もちをついて後ずさる恭介くん。その頭にスカートを被せんばかりにスカートのすそを両手の親指と人差し指で摘まむように持ち上げながら自分の白いパンツを見せつけるようにして近づいていくゆうかちゃん。

「きょーすけ! ゆうかに騙されないで!!」


「ほらほら……女の子のパンツですよ。そんなに真っ赤になっちゃって……本当に可愛いんですから」

 ちょっとサディスティックな本能が出ちゃっているゆうかちゃん。光画部室の棚に追いつめられる恭介くん。

「や、止めて……パンツ怖い……」

「ふふ……なんだかアイドルが目覚めちゃいけない性癖に目覚めちゃいそうです」

 そう言いながら尻もちをついてる恭介くんの鼻先3㎝までパンツの股間部分クロッチを擦り付けんばかりに押し付けていく。


 うん、もうこれはわたし的にアウトだから止めることにしよう。


 光画部の部室の備品? の一つである桜島先輩が愛用していたハリセンを手に取る。


 スパァァァァァァァンッ!!


 ハリセン一閃。いい音を立てて私はをハリセンではたいた。


「痛っ!? ひどいじゃないか陽菜」

「わっ!? びっくりした。なんですか? 陽菜先輩」

「もう、ふざけすぎだよ、恭介くん。ゆうかちゃんも……恭介くんがゆうかちゃんのパンツを見て興奮しちゃうからもうスカートをもどして」

 ゆうかちゃんにも注意をする。


「えっ!? えっ? どういうことですか? ま、まさか……」

「きょーちんは最初から最後まできょーちんのまんまなんだよ」

 相変わらず本質を見抜いて……というか恭介くん以外見ていないまるちゃんが今回の顛末の真相を突き付ける。

「う、嘘!? わ、私、多々良先輩にパンツを見せつけちゃったの?」

 ペタンと座り込んで真っ赤な顔を両手で隠すゆうかちゃん。うん、恭介くんに見られちゃうのは普通の男子に見せるのの100倍くらい恥ずかしいよね。


「恭っちひょっとして……」

「アハハ、ゴメン。俺も退行催眠で全く自分以外の記憶なんて蘇らなかったんだ。それで催眠自体が解けちゃって……

 でも、なんとなく期待されてる気がしたからこっちの世界の記憶が蘇ったふりをした。大事おおごとになって正直反省してる」

「はい、恭介くんは正座してみんなに謝りなさい。あと、こっちの世界の多々良くんにもごめんなさいしなさい」


 私がそう言うと恭介くんが自分の前に並んだ私たちに向かって謝罪する。

「みんな、冗談にしてもが悪かった、ゴメン。それとどうなったかもわからないこっちの世界の俺のことはもう二度とネタにしません。恭介も母さんもゴメン」

 そう言いながら土下座までしてる。ふぅ、反省してるみたいだし後は皆の気持かな。


「いいよ、恭介くん。恭介くんのサービス精神が暴走しちゃった結果だもん。みんなも怒ってないよね?」

「そうね、私が催眠術って言いだしたんだし」

「まあ、おびえる恭っちはあーし的には解釈違いだったわ。やっぱりご主人様はドSじゃないと」

「恭介が頼ってくるのが私というのはまんざらではなかったがな」

「きょーちんはやっぱりいつだって変わらないんだよ」

「前のきょーすけのことはちょっと懐かしかったかも」

「多々良先輩! 今回の責任は……アイドルのパンツ見たんですから絶対責任取らせますから!」

 皆も許してくれたみたいだし、私も許してあげる。


「それじゃあ、恭介くんも今後気を付けるってことで顔を上げていいから」

「あ、ありがとう。陽菜……」

 土下座の体勢のまま頭を起こして顔をあげる恭介くんの前には並んだ私たちがいるわけで……

「「「「きゃあああぁぁぁぁぁぁ」」」」

 恭介くんに下から覗きこまれてしまった。

 すっかり羞恥心を覚えてしまったしずくちゃんとみおちゃん、ひよりちゃんにゆうかちゃんがスカートを押さえながら悲鳴を上げる。

 長めの鉄壁スカートで太ももまでガードできた私と学生ズボンのゆうき君、恭介くんになら何を見られても平気のまるちゃん以外は真っ赤になってうずくまってしまった。

 うんうん、順調に羞恥心が育ってきてるみたいだね。


 その後、恭介くんはひよりちゃんに引きずられて学校の剣道場に連れ込まれてヘトヘトになるまでしごかれていた。


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ちょっとした小話

(恭介、ひより、まるの3人が剣道場に出て言った後)


ゆうか「陽菜先輩! せっかくの催眠術回なのに……多々良先輩の乳首さえ見せて貰えませんでした」

ゆうき「こら、ゆうか。きょーすけの乳首は男の僕しか見ちゃダメなんだからね」

ゆうか「陽菜先輩!!……乳首が見たいです……」

陽菜「そんな泣きそうな顔して『バスケがしたいです』みたいに訴ったえられても……彼女としては彼氏の乳首を見せてあげるなんてありえないから」

ゆうか「そもそもなんで退行催眠なんですか? こういう時って『だんだんと開放的な性格になり、身も心も裸になっていく』とかそういうエッチな催眠術じゃないんですか?」

しずく「学校でそんなエロゲーみたいな催眠術を使うわけないでしょ。ここにはもとだけど生徒会長に風紀委員長もいたのよ」

まる「でも、退行催眠でもきょーちんも陽菜ちんも今のきょーちんと陽菜ちんのまんまだったんだよ」

しずく「そうね。体はこっちの世界の多々良くんとヒナちゃんの体なんだから、過去に戻したら2人の記憶も探れるのかと思ったんだけど……」

陽菜「全く思い出せなかったから……これって入れ替わった時点で記憶も過去まで含めて全部上書きされちゃってるってことなのかな?」

しずく「事例が少なすぎてそのことを実証するのは難しいでしょうね」

ゆうか「そういう難しいことを検証しようとしていたんですね。催眠術っていうからピンク色空間になると思ったのに……」

まる「でも、多分今日の夜は催眠術にかかったきょーちんに……むぐぅ」

(陽菜、しずくの2人でまるの口を塞ぐ)

陽菜「(小声で)まるちゃん、ここでそういうことを言っちゃダメ」

しずく(言えない。今日の夜みおちゃんの家で恭介さんにエッチな催眠術を試してみようと思っていたなんて)


という会話が光画部部室でされたとかされなかったとか。




小ネタのはずだったのに長い……分割するほどのネタでもないのでこのまま公開します。

長すぎるから分割が嬉しいとかあったらコメント欄にご意見ください。

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