ヒナアフター番外編⑩ 今日から二学期①(ヒナ視点)
9月になって二学期が始まった。
私たちの碧野高校の始業式は9月2日。夏休みの終わりと言って遊びに来ていた心愛ちゃんの小学校より一週間遅く二学期が始まるということで心愛ちゃんがぶーたれていた。
「ヒナお姉ちゃんたちともっと遊びたかったです。しずくお姉ちゃんのお話はためになるし、まるちゃんは面白いし」
すっかり私たちのグループと仲良くなった心愛ちゃんは素直ないい子なので同じくまっすぐなまると仲良くなったのはいいけど仲良くなりすぎてまるちゃん呼びになっている……それでいいのか、まる!
二学期の始業式。校長先生の長い話を聞きながらあくびを噛み殺す。
校長の話ってどうしてこんなにも眠いのだろう? もっとも今の私がちょっと寝不足なのは受験勉強で夜更かしし過ぎたせいというのはあるんだけど。
昔は夜遊びする時はよく寝不足になっていたけどそれ以外の時は夜更かしは美容の敵とかいってとっとと寝てたから自分でも変わったなと思う。
退屈な校長の話が終わると表彰の時間。体育館の壇上に上がっているメンバーを見ると一瞬で眠気も吹き飛ぶ。
村上とひよりとまるの3人。日焼けしまくっている村上とまる、あまり焼けてなくて涼しい顔をしたひよりの対比が面白い。
ちなみに村上は部活焼けだが、まるの方は昼間から小学生と遊びまわっていたから……
校長先生が賞状を読み上げる。
「表彰状 村上祐樹殿 貴方は令和6年度全国高等学校総合体育大会において……」
村上が水泳男子の自由形50mと個人メドレー200mで優勝、ひよりが剣道個人女子優勝、まるが剣道個人女子準優勝。
信じられない話だが3人とも私の目の前で優勝と準優勝(ひよりとまるにいたっては2人で決勝戦で日本一を争った)する瞬間を見ているので本当にびっくりだ。
通常ならここで終わりなのだが賞状を受け取った3人がそのまま壇上の端に立っているとスクリーンがスルスルと降りてきてプロジェクターから映像が流れ始める。
最初の映像はひよりとまるの決勝戦の映像。みおが光画部部長として卒業アルバム委員として、そして何より友人として録画した映像だ。インターハイの撮影には許可が必要なのだがきちんとマスコミ席から撮っていたので申請してたんだろうなぁ。
そういうところみおには抜かりがない。
スクリーンに映写されている動画の中で背の高いひよりに捌かれて、それでもアクロバティックに動き回り小さなまるが全力で打ち込んでいるのが見える。
2人が大舞台でも本当に剣道を楽しんでいるのが伝わってくる。
『メェェェェン!』パシィィィ!
『面あり』ひよりの赤い旗が上がりひよりの勝利が告げられる
動画を見た全校生徒から拍手と歓声が起こる。
まあこんな演出で表彰されることなんてないもんね。舞台上のまるはニコニコしてるけどひよりは真っ赤になっちゃってるし。
「あれはヤバいね。ひよりのやつ2学期からめちゃくちゃモテるんじゃない」
動画を撮った張本人のみおはのほほんとした顔でその真っ赤になったひよりの写真を撮っている。この子はひよりの黒歴史製造機かな。
「でもまるちゃんは本当に楽しそうだよね。この場面でも全く物おじしないのは凄いと思うわ」
しずくが感心している。
「まるは強心臓だから。私が移植された心臓も元気だけどまるみたいに毛は生えてないと思う」
「心臓には毛は生えないんだよヒナちゃん。響ちゃんに移植された恭介さんの心臓は本当に強心臓っぽいけど」
しずくには響ちゃんの話を隠さずに伝えたのでそのあたりの事情もよく分かっている。
「あ、村上くんの自由形が始まるよ」
「もう何回も見てるから」
「へぇ~、ヒナっちそんなに何回も見てるんだ。でもスクリーンで大きく見るのはそれはそれでいいんじゃない」
しずくに夏服の裾を引かれたので思わず答えるとみおがニヤニヤしながら言ってくる。いや、マジで村上と付き合ったりしてないから。
あと私は貞操逆転世界出身の女子なのでどうしても男子の裸には目がいってしまう。この村上たちの全国大会決勝の動画とか全員いい体してるし男子高生が上半身裸で泳いでいるなんてかなり犯罪的な映像なんだけど(個人の感想)。
ピッ!
画面の中で構えている村上たち。電子音が響くと同時に全員が動き一斉に飛び込む。
それぞれが自分のレーンをどんどん前に進む中、村上が少しずつ差を広げていき……今、1着でゴール!
大歓声に包まれる中、マネージャーである私や部員から離れたマスコミ席で録画していたみおのカメラに聞き慣れた声が入ってる?
『おめでとう……村上。頑張ったもんね』
え”っ!? 私の声? 感極まって半泣きくらいの声に聞こえるんだけど呟くくらいの大きさの声だしそばにいなかったんだから絶対入ってるはずないのに。
ぐるっと首を回してみおの方に向き直りみおの襟首を捕まえる。
「みお! 今の私の声だよね!? そばにいなかったのになんで私の声が入ってるの?」
「アハハ、ヒナっちのカバンの中にICレコーダー入れてたの気付かなかった? 音声さえあれば動画に声を取り込むなんて簡単なことだから」
言われてみれば確かにそうだ。ピッってなったスタートの電子音があれば時間を同期するのも簡単だろうし……
「な、な、なんでこんなことをするの?」
思わず大きな声が出ちゃったのでまわりの生徒の視線が集中する。
「村上っちが嬉しいかなって思って。ほら、舞台の上見てごらんよ」
振り返ると舞台の上にいる村上が真っ赤な顔をしてこっちを見ている。私とみおが自分を見ていることに気付くと口を(あ・り・が・と・う)と動かしたのが分かる。
こういう粋な計らいをしたみおに感謝してるのか心からのおめでとうを送った私に言ったのかは分からないけど、さっきまで村上の動画を見て目をハートマークにしていた女子からの私への視線が冷たい。
いや、マネージャーの立場を利用して村上のことを落としたりしてないから。一部女子は私の昔の素行を覚えているだろうしいろいろ思うところもあるかもだけど、本当に村上と私は何も……一回抱き締められたし家族風呂で混浴したけど……本当に何もないから。
これは少なくとも私の親友たちにはしっかりと村上のことを振っちゃっていることを明確にしておかないと。
「村上くんは今後、水泳の強化選手ということで次のロサンゼルスオリンピックを目指していくことになります。同じ高校で学んだ学友として今後とも応援してあげてください。
校長先生が締める。4年後、大学四年生の村上の活躍が楽しみだなって素直に思えた。
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すみません。もうちょっと初日の話を書くつもりだったのですが次回に続きます。
犬の散歩中によそ様の犬に左手をかまれて執筆に支障が……もう回復してきたので来週は普通にアップします。
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