番外編②結婚式 元気になったら結婚しよう
「……病める時も 健やかなる時も 富める時も 貧しき時も 夫として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
俺の隣で陽菜が神様に誓いを立てている。俺も陽菜も、病める時も健やかなる時もお互いのことを大切にすることをずっと以前から誓っているし知っている。
今日の陽菜はとても綺麗だ。ハイネックのウエディングドレスは陽菜が気にしている胸の傷を完全に隠してくれていて、その胸元にはアメジストのペンダントが輝いている。
純白のドレスほど清楚で可憐な陽菜を引き立てる衣装はないんじゃないかと思う。
そしてどんなアクセサリーでもつけられるけど「これがいい」と言ってこの特別な日にも陽菜が付けてくれているペンダント。
「それでは誓いのキスを……」
指輪の交換を終え牧師様の言葉に促されるように俺は陽菜のベールをあげる。家族、親戚、そしてしずくたち友人の前で陽菜を世界で一番幸せな女の子にしてあげる瞬間。
俺は陽菜にキスをする。
陽菜の唇の温度が俺の唇の温度と同じになるくらいの数秒間のキス。唇を離して目を開くと目の前には潤んだ陽菜の瞳があった。世界で一番きれいな花嫁。優しい大きな目も桜色に染まった頬も全てが今の陽菜の幸せを表してくれている。
俺が世界で一番幸せな男になった瞬間だったのかもしれない。
式の後は披露宴。祝辞に乾杯から始まってケーキ入刀、食事をしながらみおが作ってくれた俺たちが再会してからの出来事を当たり障りない範囲で編集したビデオの上映の後お色直し、その後はキャンドルサービス、陽菜からさちえさんへの手紙といった一通りの式次第をこなして最後にお見送り……この後は2次会、のはずだったのだけど2次会は結婚式場からそれほど離れていない場所なのに2時間も後に開始予定なのだ。
「ありがとうございます、これからも頑張ります」
沢山の人に頭を下げて応援して貰う。本当にありがたいと思う。俺と陽菜は見送り客が帰った後で急いで会場に戻る。会場のテーブル配置の中で親族席、友達席メンバーの一部が残っている。そしてここから参加してもらうのがしずくとみおのご両親やひよりの親父さん、琴乃刀自にのどかのおばあちゃんだ。
俺は今大学三年生。陽菜は短大を卒業したばかり。陽菜のお腹には俺と陽菜の子供が宿っていて、少しだけどお腹が目立ち始めている。
俺と陽菜が再び新郎新婦の席に戻る。お開きになったはずの披露宴で新郎新婦が席に戻ってくるなんて前代未聞かもしれない。それに陽菜のドレスは2回のお色直しで白→赤→白と着替えているので白に戻っている。白に戻すっていうのも常識ではありえないお色直しだけどな。
ここからがある意味本番、いつもの俺たち流で結婚式もしてしまおう。
司会者もここまではプロの方にお願いしていたけどここからはちさと先生にお願いしている。
『あ~あ~、テステス。ここに残っていただいた皆様はここにいる多々良恭介、および姫川陽菜……いえ、多々良陽菜と親交の深い方々ばかりだと思います』
ちさと先生の言葉を聞きながら会場を見渡す。
親族席の俺の父親と母親、陽菜のお父さんとさちえさん、親戚として高校生になったばかりの心愛ちゃん。友人席にはゆうきに村上、先輩だけどさんご先輩にゆかり部長、石動さんに石川さん。高校時代の同級生は芥川と林間学校以降、陽菜と俺の恋に協力してくれた野田さん、早川さん、松本さんの3人娘。
これからも陽菜と俺の友達としてずっと付き合っていって欲しい人たちだ。余興でなぜか3人で「てんとう虫のサンバ」を歌ってくれたみなも刑事と看護師のあさかさんも残ってくれている。
『えっと、多々良と姫川の紹介ビデオがありますので、まずはそちらをご覧ください』
披露宴会場が暗くなり、再びスクリーンに映像が映し出される。さっきまでの写真や動画を使った紹介ではない。
モノクロのイラストで描かれた1枚絵だ。赤ん坊の俺と陽菜の絵が描かれている。
『1人の男の子と1人の女の子がはここではない世界、隣り合ったもう一つの世界というしかない別の世界で生を受けました。誕生日は6月6日と6月25日、別の世界ではありますがこの世界の多々良恭介と姫川陽菜と同じ日に生を受けています』
落ち着いた清楚バージョンのみおの声でナレーションが始まる。事前に編集して音声もつけてあった2本目の動画だ。会場の参加者の中でまだ真実を知らない人は頭の中にさぞかしたくさんの疑問符が浮かんでいるだろうと思う。
イラストを描いてくれたのはしずくだけど、台本を書いてくれた芥川に目を向ける。俺の視線に気づいたのかいつもの無表情のままピースしてくれる。本当に感謝しているが無表情で顔の左右に両手を挙げてWピースしているのがおかしくてむせそうになる。
『2人はその世界ですくすくと健康に……成長できればいいのですけど女の子の心臓には持病がありました。そのままでは成人まで生きられない。そう言われていた体の弱かった女の子のことを男の子は一生懸命守り大切にしていきます』
いくつかのエピソードがイラストで紹介される、幼稚園での陽菜のお世話、小学校でスカートめくりされそうになるところを守ってくれる男の子、体調が悪くなって寝込むことが多くなった女の子に「元気になったら結婚しよう」と約束をする男の子。
『貞操逆転世界とでもいうべき、男性が女性に対して興味を抱く私たちの世界とは感性が違う世界で2人は愛を育んできました。それは小さな子供が抱く、恋心……でも世界で一番大きくて深い愛情でした』
貞操逆転世界という言葉にみんなハッとしている。
しずくと芥川が貞操逆転世界を同人誌にしてからこの世界では貞操逆転世界での恋愛ブームが起きた。男が女子に積極的である意味では理想的な恋愛の描かれる世界。
そのブームは同人誌だけにとどまらず、一般のコミックや小説、それをもとにした映画まで作られてこの3年間で
『このままでは女の子の心臓はもう持たない。そんな時に救いの手が差し伸べられました。女の子の臓器移植が決まったのです』
男の子が女の子にアメジストのペンダントを渡している一枚絵。本当はちょっと違うんだけどデザインは今陽菜が付けているデザインにして貰っている。
みんな見たことがある陽菜がいつもつけているペンダントだ。会場のみんなの視線が陽菜の胸元のアメジストに集まっている。
『病気平癒のお守りだから……そう言ってプレゼントされたペンダントを手術が終わった女の子が受け取ることはできませんでした。手術は無事に成功したのですが、女の子の精神はこの世界の姫川ヒナの精神と入れ替わってしまったのです』
どこからかすすり泣く声がする。さちえさんが泣いていた。それを慰めるように背中をさすっている陽菜のお父さん。
『女の子は1人っきりで別の世界に放り出されました。これまでとは人々の感性が違う世界。そっくり同じ人たちが住んでいるのに中身は別人で戸惑うことも多かったでしょう。
でもその女の子は毎日日記をつけ、元の世界の男の子に呼び掛けることで健やかに成長していきます。そこにはこの世界での家族の深い愛情がありました』
こっちの世界で仲良さそうに笑う陽菜とさちえさんの写真。会場のみんなはすでにこの物語が他の誰のものでもなく、今ここにいる陽菜と俺の話だと分かってくれただろう。
『女の子はずっとこの世界で一人で生きていくのだと思っていました。自分の好きな人は別の世界で幸せになるのだから、私は自分だけで生きていこうと覚悟していました』
その頃の陽菜の心情を思うと俺まで泣きそうになる。
実際会場では陽菜の友達は泣いてしまっている。そうだよね。陽菜がどれだけ俺のことを好きだったかはそばにいれば分かるもんね。
『そんな時、男の子が元の世界で事故にあいます。事故にあった男の子は奇跡的にその時こちらの世界で溺れかけていた自分とそっくりな男の子と入れ替わりました。それが今の多々良恭介です』
みんなが驚いた顔をして俺の方を見る。そうだろうね。俺だってこんな話を聞かされたらにわかには信じがたいし。でもこれが俺たちの真実だから。
『2人は再会し、すれ違いながらも愛を育みます。お互いが自分たちの幼馴染だなんて思わないままに再会した二人。それでも2人は惹かれあっていったのでした』
いくつかのエピソードが実際の写真や動画、イラストも交えて紹介される。この披露宴で一度目に紹介されたものと同じものが使われているはずだけど、今見ている人たちの目にはすれ違う俺たちの気持ちも込みで見えているはずだから全然違った風景に見えるはず。
『剣道大会を終え、疲れた陽菜は体調を崩して寝込んでしまいました。その看病に来た恭介はたまたま開いていて日記を見てしまいます。そこには自分が愛してやまない……今でも忘れることが出来ない幼馴染の心がありました』
あの時のことは今でも忘れられない。
『そうしてこの世界には存在しなかったはずのアメジストのペンダントは多々良恭介の手で再び姫川陽菜にかけられて、2人は結ばれたのです』
会場から歓声が、隣に見ると陽菜がポロポロと涙を流している。俺は陽菜の手をギュッと握る。
ここまでは俺と陽菜の結婚式、ここからは俺とみんなの結婚式だ。
そう思った瞬間、照明が全て落ちて会場が暗転する。
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陽菜のアメジストのペンダントのイメージ画いただきました。
https://kakuyomu.jp/users/badtasetedog/news/16817330665231581376
この晴れの日もペンダントが常に陽菜の胸に輝いています。
次回は番外編③結婚式2になります。
毎日18時に最新話公開中
次回更新は10月14日です。
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