第296話 多々良はやりたいことを見つけたんだね

 水泳女子インターハイの結果から言うとゆかり部長はものすごく頑張った。なんと200m平泳ぎ8位、200mバタフライ5位にそれぞれ入賞という好成績。


 俺自身はこんな立派な屋内競技場で泳いだことがなかったので(競泳用のプールのそばに高飛び込みのプールまで併設されているのだ!)この大舞台でも平常心で泳ぎ切ったゆかり部長に惜しみない拍手を送った。どちらの競技も自己ベストのタイムを叩き出している。

 表彰台にこそ上がれなかったものの近年のうちの高校ではなかった好成績でゆかり部長の高校水泳は幕を閉じた。


 俺と陽菜は関係者ということで(男子部とはいえ水泳部員とマネージャー見習い)顧問の井口先生に連れられて控室にいるゆかり先輩に会うことが出来た。ゆかり先輩はすでに制服に着替え終わってベンチに座って俯いていた。


「ゆかり部長、おめでとうございます。本当にすごいです。俺、感動しました」

 俺が告げるとゆかり先輩が俺にしがみつくようにして声を殺して泣いた。

「多々良、私悔しいよ……自分のベストでも敵わない相手があんなにいた。そもそも今日ベストが出るならもっと伸ばせたはずだったのに。

 私には足りないものがあった……才能、努力、時間、環境……全力で水泳に打ち込んできたつもりだったのにまだ甘くって。多々良に自分の背中を見せて、頑張ってる多々良の力になりたいと思っていたのに……うっうぅう……」


 俺は軽く抱きしめるようにしてゆかり先輩の背中をさする。陽菜も先輩に寄り添うようにして背中をさすっている。

「凄かったですよ、ゆかり部長の泳ぎ。毎日プールでゆかり部長の泳ぎを見てきましたから、今日の泳ぎは今までで一番すごかったです。あまりにも綺麗なフォームで力強い泳ぎで写真を撮るのを忘れそうになるほどでした」


 ゆかり部長の晴れ舞台、せっかく光画部の俺がいるんだから卒アル用の写真を撮ろうと思って頑張ったのだが、大事な場面では見入ってしまい全力で応援して写真を撮りきらなかったという反省がある。


「好きな男の応援って水の中まで届くんだね……多々良の応援は泳いでいても聞こえていたよ。

 ありがとう、正直言っちゃえば多々良のおかげで自己ベストを出せたと思う。

 多々良が水泳部に来てくれて、毎日タイムを伸ばしていく姿を見ていると自分も頑張らなくちゃって思えたんだ。私の支えになってくれてありがとう……姫川、彼氏にこんなことを言っちゃってゴメン。岡惚れだけど片思いくらいは許して欲しい」


「北野部長の恋心を否定することなんて出来ないです。北野部長が恭介くんへの想いを抱えてそれでもきちんと線引きして接してくれたのが分かっていましたから。北野先輩のことを私も尊敬します」

 陽菜が答えている。ゆかり部長にそんなに想われていたなんて思わなかった。なおさら俺が水泳に区切りをつけようとしていることを話しにくく思ってしまう。


 だけど俺も次に進むって決めたから。

「ゆかり部長、大学の推薦が決まったら卒業の頃まで俺の指導をしてくれるって話でしたけど、俺は水泳を止めようかと思っています」

 ゆかり部長は驚いているが続きを促してくれる。

 

 俺が水泳を始めた理由はもし万が一自分が心臓を移植用に提供するドナーになった時のために心臓を健康に保ちたかったからということ。


 そのため、競泳でタイムを伸ばすことに元々あまり興味がなかったこと。


 そして自分の興味が剣道に移っていること。


 今、剣道を頑張ったら推薦で大学に行けるかもしれないことを告げる。


「そうか、多々良はやりたいことを見つけたんだね。おめでとう」

 まだ泣き顔のまま、俺のことを祝福してくれる。本当にいい先輩を俺は持ったんだと思う。

「すいません、男子水泳部の部長になっておいて無責任なことを言いだして」

「元々多々良がいなかったらどうせいったんは水泳同好会になるはずだった男子水泳部だから。私や女子部の後輩がまた男子水泳部を作りたいって男子が入学した時にちゃんと創部できるように引き継いでいくから安心してイイよ」


「ありがとうございます……俺、これからは俺の道で頑張ります」

 本当にいい先輩だなって思う。安心して出ていけるように背中を押してくれる。

「北野部長……えっと、もう部長さんじゃなくなるんですよね? 私がゆかりさんって呼んだら嫌ですか?」

「そんなことないよ。姫川にそう言って貰えるのは嬉しい。どうしたんだ、姫川は?」


「今日の夕食もですけど、明日の飛行機の時間まで北海道デートしましょう。恭介くんをあげることも貸すことも出来ないですけど3人で一緒に楽しむのはいいと思うから、一緒に北海道観光をしてデートして思い出作りしちゃいましょう」

 陽菜がゆかり部長のために俺との思い出作りする時間を作ってくれた。

 その夜は札幌のホテルで3人でディナー。水泳の会場が江別と札幌から比較的近かったのでホテルは札幌で取ったのだ。


 陽菜はとにかくゆかり部長に楽しく過ごしてもらえるように話題を振ってくれている。俺もいつもと変わらない後輩の多々良恭介としてゆかり部長に楽しんでもらう。

 翌日の札幌観光も楽しく過ごして俺たち3人と顧問の井口先生が合流して飛行機に乗って帰路に就く。


 飛行機は無事に空港に着陸し俺たちはバスに乗り込んだ。帰りの空港からのバスの中でデジカメの画面を3人で覗き込みながら旅行の思い出話とインターハイでの写真の中から卒業アルバムに載せるかという話題で盛り上がる。

 右からは陽菜の肩が左からはゆかり先輩の肩が俺の両肩に触れる。


「この写真の笑顔、ゆかりさんメチャクチャいい笑顔で素敵だと思います」

「俺はこっちかなぁ。2階の観客席の俺たちに向かって手を振ってくれている1枚」

「どの写真でもいいから……そんな風に自分の笑顔とか褒められるのは慣れてないから」

 こんなに可愛いのに真っ赤になって照れている初心なゆかり先輩は反則だと思う。


 ついでに言うと観客席に向かって手を振っている写真はゆかり先輩の爆乳が惜しみなく表現できていて大きく手を挙げているので腋までばっちり映っていて……元の世界の卒アルだったらオナネタ卒アルにされちゃうところだろう。

 この世界だから卒アルをオナネタにする女子はいても男子はいないだろうから俺だけが宝物として使わせて貰おう。

 ギュっ! 陽菜にお尻をつねられるので俺の考えはバレているっぽい。もっとも俺のことを純情だと信じてくれているゆかり部長の前ではそんなことはおくびにも出さない。


 ちょっと騙しているみたいだけど今の俺は旅立つゆかり部長に少しでもいい思い出を作ってあげたいから。あれだけゆかり部長の前で勃起したり露出したりだらしない姿を見せて来たのに最後まで俺のことを信じて守ろうとしてくれた優しい先輩への隠し事。

 エッチな人なのにいっぱい我慢させちゃってすみません。でも先輩のおかげで本当に俺のこの世界での水泳はいい思い出ばかりです。


 電車に乗り換えて俺たちの最寄り駅でお別れする。電車から降りる俺と陽菜がゆかり部長と握手をする。ゆかり部長の家はあと二駅向こうになる。

「それじゃあ、退部届は夏休み明けに提出するので……本当にお世話になりました」

「こっちこそ、多々良のおかげで高校生活のいい思い出が出来たよ。

 大学に行ったら私の前にも多々良みたいな優しくて性格が良くてエッチな男が現れてくれるといいけどな。陽菜が羨ましい」


「やっぱりゆかりさんは気付いてたんですね。恭介くんがエッチな男子だって」

「ああ、だけど多々良は誠実に後輩でいつづけてくれたから先輩としては全力で先輩するしかないから。

 今日は本当にいい思い出が出来た。学校であったらまた声をかけてくれ」

 ……そうか、先輩後輩として出会わなかったらまた違う未来もあったのかもしれないな。


 プシュゥ―――――


 電車のドアが閉まり発車のベルが鳴る。俺と陽菜は手を振ってゆかり部長を見送る。すれ違うのではなく見送ったのだ。新たな道へと進んでいく俺のカッコいい先輩を……


「ちょっと残念だったなぁとか思ってる? ゆかりさんはおっぱいも大きいし美人でカッコいいもんね」

 陽菜が横から斜め上に見上げるようにきいてくる? 俺は陽菜の手をギュッと握る。その小さな手を握りしめるようにして俺の気持ちを伝える。


「俺が今、どれだけ幸せか繋いだ手から陽菜に伝わればいいと思うよ。陽菜がいてみんながいて、親友や先輩、先生たちに囲まれて楽しく元気に生活できる。俺に出来ることはこの幸せな日々とみんながずっと続いていくように頑張るだけだよ」


「伝わってるよ、愛してるから。恭介くんなら出来るって信じてるから」

 2人で電車が見えなくなるまで見送ってからホームを後にして家に帰った。

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 次回更新は10月2日です。

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