第220話 ひよりの頭を抱え込むようにして膝枕をしている

 一言で言って準決勝は辛勝だった。相手チームが副将までの四人総がかりで引き分け狙いで来たのだ。

 これは引き分け両下がりのルールを採用しているこの大会が始まる前から小烏こがらすとしずくが心配していた相手の戦略で、勝ち抜きの団体戦の場合小烏が引き分けにされると、その後うちの次鋒以降で相手の大将まで勝ち抜くのはまず不可能というのが実情だった。


 なので小烏は多少無理をしてでも相手に対して有効打突を取っていかざるを得ず、この大会で初めての勝ちをすることになった。

 剣道のルールになじみがない人もいると思うから説明しておくと、試合で勝つには柔道と違って一本を二度取らなくてはならない。つまり完全勝利は勝ち。

 この大会の場合は4分間という試合時間の中で二本取りきれなくて一本しか取れなかった場合を一本勝ちという。

 とにかく躱すことを主眼に置き、防御に徹する相手から有効打突を取らなくてはならないのだ。


 さすがに相手の大将はまともに勝負をするしかなかったが(当たり前だ、小烏の25人抜きを防いでもチームが負けては意味がない)疲れ切っている小烏は初めて相手から一本を取られた。

 その後、相手は逃げに徹しようとしたがそこで小烏の一撃必殺のが出て一本取り返す。

 相手がもう一度向かってきたところを小手を打って最終的に二本勝ち。しかし内容的には本当に辛勝で、結果的にすべての手の内を完全に晒すことになってしまった。


 パーティションで区切られているだけの会場の隅の控室に入ると小烏が崩れ落ちるように倒れる。

 他の選手、特に決勝の相手に見られないように小烏の姿を隠す。出会ってからの今までの小烏は剣道に関してはいつだって涼しい顔でこなしてきた。

 しかし、今の試合はフルで4分使い切った試合もあり、それ以外の試合でも軒並み3分以上の時間がかかる試合だった。一人で15分以上を戦い切って流石の小烏も汗まみれで次の試合までにどこまで回復できるか。

 チアガール姿の陽菜が自分の太ももにタオルを敷いて小烏の頭を抱え込むようにして膝枕をしている。しずくが小烏の口にストローを突っ込んでスポーツドリンクを流し込んでいる。

 藤岡が汗を拭いてやり、丸川がうちわであおぐ。

 するとそれまで何も言わずに黙っていたちさと先生が小烏の左足をグィッと掴んだ。

「うっ!」

 小烏の表情が苦痛に歪む。

「小烏さん、このまま黙って試合をするつもりだったの? あなた準決勝の大将戦で左の足首をひねったでしょ? 教師としてはあなたを試合に出すことには賛成できないわ」

 真剣な表情のちさと先生。

「決勝の相手は大学生よ。大将の石動いするぎ裕子は大学一年生だけど去年のインターハイ個人戦の優勝者。

 他のメンバーも同じ大学の剣道部の一年生で全員剣道の推薦で入学した人たちよ。いくらひよりちゃんが強くても万全の状態でも勝てるかどうか。

 なのにそんな足で無理をして……もし万が一大きな怪我をして将来を棒に振ったりしたらどうなるのよ」

 相手チームの偵察をしてきたしずくも冷静な戦力分析で小烏のことを止める。


 俺は小烏のことを正面から見つめる。陽菜に抱きかかえられるようにしながらもその目は全く死んでいない。

「ちさと先生。すいません、先生の教師としての判断はだと試合に出すことはできない、つまりはなら試合に出すなら認めてくれるってことですよね?」

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