第10話 命が助かっても嬉しくない(ヒナ視点)

 病院のベッドで目を覚ましたアタシは奇跡的に一命をとりとめていた。

 全身包帯まみれでまるでミイラ女みたいだ。意識が戻ったアタシを見て両親は言葉も出ないほどの号泣をして唯一無傷だったアタシの右手を握ってきた。


 どのくらい寝ていたのだろう。あの後どうなったのか?

「三日前ね……夕方に車道に飛び出したヒナを恭介君が助けてくれたの……」

 そうか……三日たっているのか。助かったこと自体が奇跡みたいだ。


「それでね……事故の後搬送されたときヒナは必死で右手を握っていたって。病院で麻酔をかけたときに手が緩んでこのペンダントが出て来たって」

 ちっちゃな紫のペンダントトップのついたペンダント……私がハジメテ手にしたアクセサリー。ずっと心臓の病気で苦しんでいたアタシが生まれ変われるんじゃないかと思ってオシャレになることに頑張ったきっかけ。


 心臓の移植手術が終わってアタシが目を覚ますと世界は一変していた。家族や友達も含めて皆の性格が全然変わってしまった。


 一番変わったのは恭だった。小学生の頃に大好きだった恭に嫌がられるようなことをしすぎてしまい距離を置かれていたはずだった。好きな男子をイジメる心理で悪気はなかったが恭にとってはイヤなことだったのだろう。


 そんな疎遠だったはずの恭が手術後の私に嬉し泣きしながらつけてくれた思い出のペンダント……でも恭は手術前の約束のことばかりを言う。

 私は手術の前に恭と約束なんてしていない。覚えてもいない記憶を語りアタシに元の「姫川陽菜」に戻ってくれ、思い出してくれという恭のことが憎らしくなり距離を置いた。

 それでもそのペンダントがアタシにオシャレになる勇気をくれて、メイクなども覚えてアタシはモテるようになった。として生まれ変わったのだ。


「それでね……恭介君はヒナを守って亡くなったの」そこまで言うと母親は再び嗚咽して会話が出来なくなった。


 恭は失恋して辛いときに寄り添ってくれた。高校生になった恭は何かを諦めたのかのように中学時代と違いアタシを受け入れてくれた。

 宝物のように大切にしてくれた。でもその大切の源はやっぱり「姫川陽菜」だった。

 それがアタシを壊してしまい、命を懸けてまでアタシも愛してくれた恭の命を奪う結果となってしまった。


 それから数日がすぎてアタシも状況が整理できてきた。

 まずあの事故の大きな犠牲者は三人。他の車も結構追突したし、車道に飛び出したアタシのせいで起こった事故だからトラック運転手をふくめて他に大きな怪我がなかったのは少しだけ救いだった。


 事故の瞬間はホテルダイヤモンドの防犯カメラに映っており、ちょうど恭介を追って駆けつけてきた水泳部のゴリマッチョこと村上が事故の一部始終を目撃して警察に通報した。


 アイツは一度だけ私の所に見舞いに来たが、その時の村上は目の前で親友の恭を失ったためか心に穴が開いてしまったかのようだった。恭が死んだ今となってはこれから先村上のことをゴリマッチョと親しげに呼ぶことはないかもしれない。


 トラックは急ブレーキと急ハンドルでアタシを避けようとした結果交差点の車止めを弾き飛ばして最終的に車道に戻って止まった。

 アタシを連れてトラックの下に身をかわそうとした恭はアタシの命を助ける事だけは成功した。だが恭の命は失われてしまった。トラックの下から二人ではじき出されて恭が身を挺してかばってくれたおかげでアタシだけが助かった。


 もう一人の犠牲者は西田先輩だ。トラックが弾き飛ばしたコンクリートの車止めが下半身に直撃してしまったそうだ。

 事故から時間がたっていないから何度も手術が繰り返されているらしいが、この先いろいろと不便なことになるらしい。


 アタシは包帯を巻かれた顔を撫でる。まだ包帯の下を見ることはできないが顔の右側を下にしてアスファルトで削られたためかなり大きな傷が残るということだ。


「女としてアタシのことを見てくれない男なんていらない」と恭介を切り捨てたアタシが大きな傷のせいでこの先誰からも女として見てもらえなくなるかもしれない。

 無事だった右手でペンダントを目の前まで持ち上げて紫のペンダントトップをゆらゆらと揺らす。

 命が助かっても嬉しくないと思うのは罪だろうか。


バカきょう……」

 アタシの言葉は誰の耳にも届かずに病室の空気にとけていった。






 姫川ヒナの物語……fin

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 物語はここから始まります。 

 明日からは朝6時と夕方18時の二話更新となります。


 2023/10/15追記

 その後のヒナのその後を気にされる声が多かったので第三部にて「姫川ヒナ編 ヒナのその後の物語」を公開いたしました。

 ただし、この回から直接307話からの第三部を読まれても登場人物など理解できないのではないかと思います。

 作者としては11話以降を順に読んでいただければとは思います。


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