宗教的チンピラ
ぶつり。ざ、ざざ……
そんな音を立てて私の認知とリアルが合致します。
「ん、ここは……」
そうしてかすむ視界のなか目を開くと、そこは見知らぬ市街地の真っ只中でした。
辺りは喧騒に溢れ、行き交う人々は、楽しげに町を往きます。
これだけならまぁ、驚くべきことでもないんでしょうけど……
「まー、そうですよね。そういやカミサマの言う地上が私の居た世界なんて一言も言ってなかった訳ですし。」
私の目の前には所謂獣人に、水球に乗って移動する人魚。それに加え、その他多くの人外と人間が入り交じって往来する。そんな景色が広がっていました。
まぁ、つまりは異世界……と言うものなんでしょう。
あんなにスタイリッシュに死んでしまった以上、色々と面倒臭いことになるということは百も承知では有るのですが、ちょっとは見慣れた元の世界が良かったなぁと思ったり思わなかったり。
そう少ししゅんとしながらも、これからどうしようかと考える私の頭に突然こんな声が響きました。
『まぁまぁ、そう気を落とさないで。君が僕の力に慣れさえすれば割りと行き先は自由になるからさ。』
……まぁ、それが誰かについてはお察しの通り一人しかいないわけですけども。
「行き先って……ここからさらにどこかへ移動したりするんです?カミサマ」
そのカミサマの言葉について気になった点について尋ねると、声だけのカミサマは楽しそうにこう答えます。
『うん。君が望むならだけどね。とことんこの世界を楽しむもよし。上澄みだけを掬ってさっさと別の世界に移るもよし。まぁ、エネルギーを集めない事には何も始まらないんだけどさ。』
「エネルギー?」
『そ、エネルギー。君の世界だと電力だったり火力だったり。この世界だと魔力だったりするアレさ。ま、どちらにせよかなり後のことになるだろうからそれはおいおいね……というか君全然驚かないよねぇ。僕、驚かせるのも好きなんだけどなぁ』
そう声だけで容易に想像できるほどにふくれた声を上げるカミサマ。
驚くというのはきっと声を掛けてきた時のことでしょう。
個人的には転送ができて念話ができない道理はないとおもっていたのですが……これは共通認識では無かったのでしょうか。
まぁ、それはそれとして。
こういうことを言うとアレですが……カミサマって結構子供っぽいんですね。
場所が場所なら殺されてもおかしくない肩書きを持つ相手にそんなことを考えつつ、私は不満げなカミサマにこう答えました。
「昔からこうなんですよね。もしかしたらいちいち動揺するのがかっこ悪いとか思ってるのかもしれません」
『ふーん。僕の道化としてはいちいち驚いてくれた方が僕も楽しいんだけどなー』
道化……あぁ、そういえばカミサマを楽しませるのが私の役目でしたね。
自由すぎてうっかり仕事が有るということを忘れていました。
とはいえ、そう言うことなら元の世界のyoutuberさながらにオーバーリアクションとかした方がいいのでしょうか。
うーん、けど。ああいうのってうまくやってなんぼですしね。
素人がやっても無駄に共感性羞恥を煽られるだけでしょう。
そう残念そうにつぶやくカミサマにそんな結論を下すと、カミサマはま、いいかと切り替えた様子で、こう言葉を続けました。
『とりあえずこの場をどうにかしようか。周り見てみなよ。すごいぜ』
その明らかに途中で区切った様な言葉に私は首を傾げます。
「すごい?」
『あぁ、ほら』
特に指で示された訳ではないですが、その言葉に導かれて辺りを見れば……
「……あぁ、これはすごいですね」
「おい!聞いているのか!貴様、どこの信徒だ!」
そう
セリフから察するに……僧兵というやつでしょうか。
いや、あんまり詳しくないですがあれは日本独自の文化なんでしたっけ。
まぁ、この場においてはどうでも良いことこの上ないのですが。
ですが、鎧に統一されて何らかの文様が刻まれている辺り、組織だったものであるということに間違いはないのでしょう。
(カミサマ、どうしましょ)
その絶体絶命のピンチに一縷の望みをかけてカミサマへ念じると……
『大丈夫、声にしなくても聞こえてるから安心して。それはそれとしてどうするかだけど……どうしようか。君に覚悟が有るなら力の練習台にちょうどいいとは思うんけど……どう?』
そうこちらを安心させるような声色とともにカミサマはそんな悪魔的な提案をしてきました。
覚悟っていうのは……やっぱりそう言うことですよねぇ。
それでもとりあえずは確認からでしょうか。
そう判断した私は取り合えずカミサマに尋ねてみることにしました。
(一応聞いておきますけど覚悟って言うのは人殺しになる覚悟ですよね?)
『そりゃ当然』
帰ってきた単調な言葉に一瞬の躊躇い。
けれど、そこでふと気づきます。
そっか。ここはもうあそこじゃないんだ。と。
それなら……私にもできる。できてしまうかもしれません。
「お願いします」
そのことに気づいた私はそう短く口にしました。
『……いいのかい?提案した僕が言うのもなんだけど、君は彼らの人生を終わらせようとしているんだよ?』
表向きは私を心配するように。
けれどどこか楽し気な様子をにじませながらありきたりなセリフを吐くカミサマ。
人外なりの気遣いなのでしょうか。
そうだとしたらありがたくはあるのですが……
「……カミサマ。私がこのまま投降でもしちゃったら私はきっとこの人たちに異教徒として殺されちゃいますよね?」
『まぁ、さっきのセリフから考えるとそうだろうね』
あぁ、やっぱり。
だとすれば話は簡単です。
最初からそう問われれば、私はきっとコンマ一秒だって悩まなかったでしょう。
だって私は……
「二度と譲らないって決めましたから」
そうして改めて正面に向き直れば、険しい顔でこちらを睨みつける男たちの姿。
しかし、それにもはや恐怖は感じませんでした。
なぜなら……
にぃ
口元が引き裂けんばかりに口角を釣り上げ、邪悪に笑うカミサマが何故か脳裏に浮かんだからです。
それを前にすれば、ただ睨みつけて来るだけの男達なんて月とすっぽんも良いところなのでした。
『いいね……素晴らしいよ。使徒くん。僕は今実に楽しいよ。』
さっきとは何も変わっていない筈なのになぜか強い圧迫感を感じるカミサマの声。
楽しいとこうなるのでしょうか。
我ながらそうのんきな感想を抱きつつ、私は次の言葉を待ちます。
『あぁ、ごめん少し感極まってたや。じゃあさっそくコツを教えるけど……』
そうして続けられたカミサマの声。
それは……
「くたばれ!悪魔め!!」
そう叫んで斧を振りかざした兵士によって遮られたのでした。
それには流石の私も咄嗟に顔をかばってしまい、今度は体を引き裂かれて終わりなのかと覚悟を決めた所だったのですが、私はすっかり失念していました。
私は、もう一人では無いのです。
スウォーン
どこかに反響して響く不思議な音と共に、振り切った形になる私の腕。
その先には、スプーンでプリンを掬ったようにきれいな断面から鮮血をほとばしらせ、ぐらりと倒れ行く兵士の姿が有りました。
どちゃ。
そのまま落ちた上半身は地面に赤い水たまりを広げます。
『もうちょい話聞こうぜー、もしかして変身中に攻撃してくるタイプかな?……あ、そういや声も聞こえないんだった』
そう人の脳内で呆れるようにつぶやいてきたカミサマ。
……というか、私の体、いま勝手に動きましたよね?
「カミサマ、もしかして憑依なんかもできるんです?」
そうして思い至った疑問を率直に尋ねると、カミサマは笑ってこういうのでした。
『いやいや、まさか。神が使徒とは言え元人間なんかに入っちゃったら
ははぁ、なるほど。
それなら納得ですね。
あ、それで結局……
「さっきのがカミサマの力って奴です?」
未だ血液を吐き出し続ける兵士の上半身を眺めながらそうカミサマに尋ねます。
『あぁ、今のは僕が操ったからこそできる奴だね。君がするならもう少し慣れなきゃ。』
それじゃ、改めてだけど……そう言うとカミサマは続けてこういうのだった。
『とりあえずは僕の力を使うところから始めてみようか。なぁに、練習台なら目の前にたくさんいるんだ。これなら終わるころには君も一端な僕の神官さ!』
~二度と私は譲りません~ かわくや @kawakuya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。~二度と私は譲りません~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます