第195話 ご飯と言えば、春と言えば……

「婆ちゃん、ありがとう! これで良いよ」


「ほぉ~~、あの米がこんなに白くなるんだね」


「これが白米と言うんだよ。そしてこっちがぬか。この糠も使い道があるから今度使ってみるね」


 この糠については今は何に使えるかは言わない。まぁ言わないという点で分かると思うけど、石鹸や化粧品に使えるのだ。勿論、前世の漬物、ぬか漬けにも使えるから、当分はそれで誤魔化すけどね。


 そう言えば、俺の前世ではこの糠を釣りの撒き餌にも使っていたな。あれ? 俺って名前以外の個人の記憶って殆どなかったんだよな。どう説明したら良いか分からないけど、個人の人生としての記憶は無いんだけど、その人生で経験した事や覚えたことは記憶にあるんだよ。あぁだからこの記憶はあるのか、俺が経験した事だから。


 何処がどう違うのか分かり辛いけど、これは経験と判断されたんだね……。


 そんな事より、今は米だ! ご飯だ! 折角高級そうな銅の羽釜なんて作ったんだから、美味しくご飯を炊かないとね。この銅の羽釜は作るのに手打ちだしなんてやってませんよ。そんな事五歳児がやってたらどれだけ時間が掛るか。母ちゃんの目を盗んで作るんですから当然錬成鍛冶です。ただ完成品をイメージして作るんですから、物凄く魔力を使いましたけどね。


 父ちゃん達はまだ帰って来ていないから、先ずは米をといで暫く水に浸けて米に水分を含ませましょうかね。


「成程、米というのはそういう事をするんだね」


「かー、これは米の周りに付いているまぁ削りかすのような物を洗い流してるんだよ。あぁそうだ! このとぎ汁も色々使い道があるよ。」


「どんな物に使えるんだい?」


「結構色々あるけど、そうだね料理だとタケノコの灰汁抜きに使えるね」


「何だって! この村には結構な竹林があるんだよ。あれは灰汁が強いから今までは土から出ていない朝取りしか食べられなかったんだ。その灰汁が抜けるという事は、少し成長した物でも食べられるという事だね」


「そうだけど、流石にあまり成長し過ぎてるのは無理だよ」


 そうだよ、もう直ぐタケノコの時期だから母ちゃんが興奮してるんだ。春だもんな……! そう春だよ! 春と言えば山菜の季節じゃないか! この世界の植生は非常に前世と似ている所が多いし、これまでは俺も小さかったから、口で説明できる料理ぐらいしか、教えていなかった。だが今は違う、植物油、味噌、醤油と色々と揃ったんだから、春の山菜を充分に楽しめるじゃないか。


「かー、ちょっと出かけてくる!」


「今からかい? もう直ぐエンターも帰って来るよ」


「どうしても、探したいものがあるから! ね! 良いでしょう。美味しいものが食べられるよ」


「マークがそこまで言うならまぁ良いけど、この火に掛けてる鍋はどうするんだい?」


「それは出来たら、沸騰後30分したら火から降ろして蓋をして30分、それを三回ほど繰り返してくれたら有り難いかな」


「この中身は米のとぎ汁とオーク肉だね」


「そう、終わったらとぎ汁を捨てて水を入れてそのままにしておいて。帰ってから味付けをするからね」


 山菜取りに行く前に今日のメインにと考えていたのは、豚の角煮ならぬオークの角煮なのです。勿論、生姜焼きも作るつもりですが、そちらは短時間で出来るので、帰ってから作ります。ご飯のお供には最高でしょう!


「春の山菜と言えば……」


 俺が覚えている春の山菜と言えば、ふきのとう、タラの芽、行者ニンニク、あさつき、わらび、ゼンマイ、つくし、ウド等だが、鑑定で探せば食用の山菜はまだあるかもしれない。


 山菜はやっぱり天ぷらかな? わらびやゼンマイ、つくしはおひたしにしても良いな。つくしとあさつきは卵とじでも良い。天ぷらは塩も良いけどキノコで出汁をとって天つゆを作っても良いな。ご飯が食べられるとなると、日本食がどんどん出て来る。あぁこうなるとやっぱり玉子焼きと味噌汁は欠かせないな。


「おっといけない。こんな事ばかり考えているからよだれが……」


 こんな感じで二時間ほど近くの森で山菜を探し、見つけられたものは採取して家に帰った。すると店の前に見慣れた馬車が停まっていて、父ちゃん達がせっせと今回仕入れて来た物を降ろしていた。


「とー、お帰り! 登録の方はどうだった?」


「無事に済んだ……、何だその恰好はマーク! 偉く汚れているな」


「あぁこれ、これは森に山菜を採りに行ってたからね」


「山菜? そう言えばそんな季節だな」


「とー、今日は僕が夕飯を作るから楽しみにしといてね」


「それは酒に合う料理か?」


「勿論! あぁでも今日の料理は酒だけじゃなく米でも味わって欲しいな」


 確かに今日俺が作る料理は米だけじゃなく、酒にも合うものばかりだから父ちゃんに米を勧めるのは難しいかもしれない。だがそこは何とか味わって貰わないといけない。そうだ! 角煮があるから角煮丼にでもして食べさせるか。あれならエールを飲みながらでも食べられるだろう。


「米? マークお前、米を食べるのか? あれは酒にするんじゃなかったのか?」


「酒にもするけど米としても食べてみたいし、みんなにも食べて欲しいんだ」


 そうだよ、米の事は父ちゃん達は知らなかったんだ。俺が留守の間に強引に食べると決めて、母ちゃん達を納得させたんだった。


「どうしても僕が食べたいと言って、かーに頼んだの」


「まぁ酒にする分が無くならないなら良いが、米という物は本当に美味しいのか?」


 くぅ~~、このおっさんに米の恐ろしさを教えてやる。白米におかずと味噌汁の最高コンボを一度味わったら、もう抜け出せないぞ。


「それじゃ僕は料理を作って来るね」


「そうか。美味しい物を頼むぞ。それと今日は酒も奮発してくれよ」


「あぁそうだ、商業ギルドの話は後でゆっくり教えてね。それと領主様の件もね」


「そこは大分予定が変わったから、お前ともちゃんと話さないとな」


 父ちゃん達と家の前で別れて俺は今日の夕飯の支度に取り掛かった。が、物凄~~く気になることがある。だって爺ちゃんが一言も話さないんだよ。俺と父ちゃんが軽快に話をしてるのに全く絡んで来なかった。こんな事おかしいよね? 米や酒に興味がない訳ないし、孫が料理を作るというのに喜ばないような爺ちゃんじゃないからね。


 いったい爺ちゃんに何があった……?

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