第18話
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バサバサバサ、ーーひたっ。
「ふふーん? まずは小手調べよ」
顔に向かって飛んできたマリーが止まったのは、眉毛の上あたりだ。幸か不幸か。現状マリーを視界に入れることが出来ない。ゾワゾワとする足の動く感触だけをデコに感じながら、ひたすらに心を殺す。
おっパイおっパイおっパイおっパイ!俺は無敵!俺は無敵!俺は無敵!おっパイおっパイおっパイおっパイ!ミートソースが大好きだ!チキンカツを挟んだGカップにビンタされる夢を見てやるぜ!さあ、走り出せー!殺せ! 意味のわからない言語の濁流で感じる心をぶっ壊してしまえ。
「ーーへぇ、やるじゃない」
ちんちんちんちんちちんちんちんちちちちちん! 好きなロッ○マンはダッシュ2! ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱいいいーー! 挟まれたくて埋もれたくてそこに全てを奪われた……ダメだダメだぁこいつ唇の上を走り始めやがったキモイキモイ流石にキモイいイイいい!
「ふふーん、流石にこれはぁ♡無理なんじゃないのー?」
弾むような声で笑うマリーは、細い(細すぎる)前足を使って俺の上唇をドラムのように連打し始める。
「…………うぐぅ」
ヤバいヤバい、ゾワゾワしてしまいそう。修行してなかったら間違いなくもう気を失うくらい叫びながら暴れてる。
「あーら♡ だんだん喋る余裕がなくなってきたのかしらね?」
喋れるわけねーだろいい加減にしろ! もし今口開けて、もしこいつの前足が口の中に触れたら……ダメだ、想像なんてしたら終わりだ。殺せ、心を殺すんだ。
「……ふふーん、さてはアンタ、口を開けるのが怖いようね? なら、お望み通りくちからはなれてあげるわ♡」
言うと、マリーは口元から離れ、飛んだ。
バサバサ、バサバサ。
そして、普通のゴキブリみたいに滑空しながら別の場所に飛び移るとかじゃなくて、マリーは俺の眼前10センチ辺りのところでホバリングを始める。
「ーーはぁ?」
「ふふーん? どう? 練習したのよ? ほら、スズメバチに出来てアタシには出来ないことがあるとか、ムカつくじゃない」
ーーまぁこいつ、短い付き合いでも分かるくらいに負けず嫌いっぽいもんな。勝ちたくて努力すんのはいいことだけど、頑張ってこんな怖ぇーワザ覚えてんじゃねーよ。
「さーて、アンタは、これにも耐えられるのかしら?」
マリーはそう言うと、ホバリング状態のまま少しづつこちらに近づいてくる。
「……うっ」
これはキツい。はっきしいって、ゴキブリの羽根は超キモい。茶色いテカテカが高速でバサバサいってる。それはまるで、茶色いテカテカに内包された病原菌が周囲に撒き散らされているようで、本能的な恐怖しんと自動的に結びついてしまう。
「あれあれー? 怖がってんじゃないのー?」
弾むように言いながら、マリーは更に羽根を高速で羽ばたかせる。もうそれはゴキブリとしては有り得ない羽ばたきで、なんかもう蜂の羽音くらいにうるさい。しかも、音質は蜂のそれよりもなんか少し湿り気を帯びていてよりタチが悪い。
「さーて、トドメよ!」
マリーは高らかにそう言うと、高速羽ばたきを維持したまま俺の顔にさらに近づき、
ビタビタビタビター!
……っと、羽根の先っちょを鼻先にヒットさせてきやがった。
「ぎゃ、……ぎゃーーーーーーー!」
俺はついに、叫んでしまった。
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