第12話
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「大丈夫、アタシは、強いんだから」
心做しか、周りのゴキブリがマリーを心配してるように見える。マリーはそれを打ち消すように、手の先にある赤い光を強く、大きくしながら、無理やり作ったような快活な声で言う。
「……心配大丈夫、別にこいつはたまたま知り合って、ちょっと喋って、ちょっと一瞬、心を許しそうになっただけの、他種族だから、……大丈夫」
手の先で光を肥大化させながら放たれるその言葉は仲間に言っているのか、俺に言っているのか自分に言っているのか分からない。だけどこのままじゃ多分俺は殺されるということだけは分かる。壁を吹き飛ばす魔法を出せるこいつが生み出してる赤い光、これは直感でしかないが絶対にさっきのよりヤバいやつだ。
死にたくない。マリーさん、……どうしてこんなにも短絡的なんでしょう。確かに俺はマリーの立場から見りゃ酷いことしてる。だけど結果大丈夫だったわけだし。
「なぁ、……マリー」
「……喋んないでよ」
恐怖に震える心を必死で抑えてマリーに言葉をなげかける。マリーはそれに酷く冷たい返答を返してきたけど、俺は構わず言葉を続ける。
「その、お前が俺を殺そうとしてる理由ってさ? 俺がお前らゴキブリの命を軽く見てて、殺そうとしてしまった事実があるから、だよな?」
言葉を選びながら、なるべく逆鱗に触れないよう、ゆっくりと話す。
「……そうよ」
「けど、それって、本当にそうしなきゃダメなのか? その、俺は確かに取り返しのつかないようなことをしてしまったけど、でも……」
「……じゃあ、ぬくぬくと甘えた考え方してるアンタに、最後に教えてあげる」
「……なんだ?」
「生きるってことは、命ってものは、覚悟がなきゃ守れないの。やりたくないことでも、正しいのかわからないことでも、やるって決めてやらなきゃ、迷ったって理由で命を落とすこともあるの」
「……えっと」
こいつは、ファンタジーの世界で冒険してきたやつなのだ。確かに、俺みたいな平和ボケした日本人とは、そういう感覚に差異はあるのだろう。
「だから、そいつにちょっとばかり情があったって、そいつに悪気がなくったって、絶対悪じゃなくたって、そいつが、驚異になる”可能性”がある限り、排除する必要があるの」
マリーの放つ、排除、という物騒なワードを聞いてゾクリとしてしまう。俺たちが普段大切にしている”人情”という感情を無理やりどこかに閉じ込めたような、平坦だけど鋭く尖った、そんな圧を感じる。……やばいな。なんか上手いこと言わないと、マジで殺されてしまう。
「いやいや驚異とかないから! こんな無害な人間いないぜ? あん時はほら、ビビって取り乱しちゃっただけというか、さ?」
「……けどアンタ、ゴキブリ嫌いでしょ?」
「……え?」
「なんか勘違いしてるみたいだけど、アタシがアンタを殺さなきゃいけないって思う理由はね? アンタが『人間みたいさぁー♡ラブラブきゅーん♡』とかありえない嘘ぶっこいてムカついたとかそういう事じゃなくて、アンタがゴキブリを嫌いだからなのよ」
うーん、……確かにそんなことも言ったな。裏切ったと取られたのか。案外ヤキモチ焼きなとこもあんだなそんなこと言ってるばあいじゃないけど。
「ゴキブリが嫌いだから、ゴキブリびっくりするし、ジェシカを攻撃したし、これからもゴキブリと偶然出会ったらまた攻撃する」
「……それは」
否定は、出来ない。確かに俺はマリー達に朝触れられていた時、何も考えずに取り乱して暴れてしまった。それは考え方だとかそんなので防げるような現象では無い。
「つまり、アンタは存在してるだけでアタシ達にとっちゃ脅威なわけ」
言いながら、キッ、とマリーはこちらを睨みつける。ゴキブリ小さな瞳からでもわかる殺意の圧力。なんとか、なんとかしなければ。
「……な、なら、さ? 脅威じゃ無くなれば殺さなくてもいいってことだろ?」
苦し紛れで言った俺の当たり前の問に、しかしマリーはしばし考え込み。
「ーーふーん、具体的には」
ワンチャンありそうな返答を、絞り出すように返してくる。いける。マリーはまだ、俺を殺したくないと感情ではおもってるはず。考えろ、どうすればいい。
「お前は言ったよな? 俺がゴキブリ嫌いだから殺さなきゃならないんだよな?」
「そうよ」
「なら、俺がゴキブリ嫌いじゃ無くなれば、殺す必要は無くなるんだよな」
「ーーそうよ。だけど、そんなの出来ないわ。人が不潔で小さくて無軌道に動く生物を嫌うのは本能よ。そして、人は、いえ、生き物は本能に抗うことは出来ない」
ーー本能、……本能か。確かにそうだよな。俺は別に、ゴキブリに対してトラウマなんて持ち合わせちゃいない。けれどゴキブリはいつの間にか嫌いだった。見てるだけでゾクっとするし、こいつが家の中にずっと居たら……なんて想像するくらいなら殺してしまおう、なんて思うくらいには嫌いだ。いくら、こいつらだって生きてるとか、悪いことしてる訳じゃなくて生きようとしてるだけなんだとか言われても、キツいもんはキツいのだ。
「……た、確かにそうだと思う、けど……」
「けど、何よ」
どうすればいい。驚異となるから、殺されてしまうのか。俺がゴキブリに脅威を感じてそうしてきたように。これが、因果ってやつなのかいやいやそんなんで死にたくないよ。
くそっ、こんなことなら虫平気で触れる大好き人間に生まれてくればよかった。そうすりゃこの場を余裕で生き延びられるのに。ってかなんであいつらは平気で虫を……あれ?
「……早く答えてくれるかしら? どうせ、何も思いつかないから黙ってるんだろうけど」
あれがああで、……こうで、ーーいける。
「なぁマリー、こんな実験を知っているか?」
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