第11話

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「ーーーーアタシの友達の内蔵破裂させて、ごめん? ……ふざけないで」


 そう、涙に震えるマリーの言葉。そいつは、破壊された壁を見た本能に怯える無能な俺の脳みそを、思考の海に引き戻した。


 そりゃあ、そうだ。さっきの態度は無い。踏んづけた相手の腸が破裂、人間相手じゃゴメンじゃ済まない。もちろん警察沙汰だし、相手の身体はもう元には戻らないだろう。しかも腸なんていう大切な部位、失ってしまえばそいつは死ぬかもしれない。相手が人間じゃないから、俺は咄嗟に軽い反応をしてしまったけど、俺が取り返しのつかないことをしてしまった相手は、マリーにとって、この世界に来て初めてできた同族の友達だ。


「……………………あ」


 そして、2つの事実に思い至ってしまう。多分、本能が全力で逃げていたこと。自分のやったことの取り返しのつかなさ。


「ーーーーやっと、わかったようね?」


 俺は、壊した。この世界に1人やってきた不幸な姫様。さらに困ったことに、姫のその世界での姿は醜いゴキブリ。そこで偶然話の通じる人間を見つけて、そいつは自分の種族であるゴキブリを忌み嫌う人間。だけどそいつは、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、「人間みたいなもんだ」とまで言ってくれる。そして、俺の思い上がりでなければ、姫はその言葉にちょっと安心したはずだ。そしてそんな言葉をくれた相手はやがて、自分の友達を踏み潰して、取り返しのつかない身体に変えてしまう。


「……けど、安心して、ジェシカは無事よ、アタシが回復魔法で治療したから。もしもこのままジェシカが死んでたらアンタの前頭前野に魔法を直接ぶっ込んでるところよ」


 言いながら、マリーは掲げた手を白く光らせる。怖ぇえよファンタジーの人物騒過ぎんだろ。そしてその光を浴びたジェシカは立ち上がって元気にガッツポーズ。……そうか、こいつはファンタジーな世界からやってきただけあって、魔法なんてもんを使いやがるもんな。


「よかっ……」


「……結果は、ね」


 だけど、俺の安堵の気持ちを遮るように、またも被せて言葉を放つ。


「確かに、結果的には、ジェシカは元通り、無傷よ」


 そして、マリーは小さく「……けどね」と前置きして続ける。


「勘違いして欲しくはないんだけど、今からメンヘラみたいなことを言うわ」


 ん? なんかややこしい言い回しだな。っていうかメンヘラて。一体俺がいない間にkarekusaで何調べてたんだ。


「アタシは、アンタを殺さなくちゃいけないの」


「え? いや、でも」


「確かに、アタシが魔法を使えたおかげで、この子は無事。だけど、アンタにはこの子を治すことは出来ないし、そもそもアンタの世界観では、腸を踏み潰されたゴキブリを治療なんて出来ない、違う?」


「そ、そりゃ、違わないけど」


 何が言いたいんだ? という疑問は を口に出来ない緊迫感の中、マリーは続ける。


「つまりアンタはアタシに、『人間みたいなもんだ』なんて言いながら、友達だと思ってるなんて言いながら、アタシの友達を、殺そうとしたわ」


「殺そうとしてなんか、ちが……」


「違わない。だってあなたは、ジェシカを殺してしまうことを、怖がっていないもの」


 思い至った2つ目の事実。口では耳障りのいいことを言いながら、マリーがゴキブリだという理由で、彼女を軽く見ていたこと。そして、マリーの友達のことはもっと軽く見てしまっていたということ。


 こんなにもマリーの悲しい声を聞いて、マリーの言葉をグサリと胸に突き刺したって、ダメだ。


 俺は、未だ、ジェシカを殺しかけたことに、胸を痛めてはいなかった。


「だから! アタシは! やらなくちゃいけないの! アタシの友達になってくれたこの子達と前に進むため、アタシの心の中にある『正しさ』をなかったことにしないために、……アンタを」


 マリーがそう言う中、ゴキブリの仲間たちは俺に飛びかかろうとしているのか、ざわざわと蠢き出す。


「………っ」


 怖い。



 正直な話、マリーに対する申し訳なさよりも、恐怖の方が勝っている。というか、マジでキレてるマリーには言えないけど、マリーの友達のジェシカさんに対する罪悪感はほぼない。だってゴキブリだもん。そりゃ、マリーの友達を〜って部分は結構申し訳ないけど、その友達がゴキブリってので入ってこない。


「……みんな、待って」


 そう、ピシャリと言いながらマリーが手を突き出すと、ゴキブリ達はピタッと止まる。


「みんなで襲ったら多分勝てる。だけど、きっと何人かやられてしまうから、だから、……アタシがやる」


 マリーはそういうと、両手を体の前に突き出す。そして、次第にその手の先には赤く、強い光が生まれる。その赤は血のように深くて、怒りのように激しくて、死と悲しみを予感させる。


 俺は、ここで死ぬのか?


 

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