第2話 現実と向き合うゴキブリから放たれる哀愁が俺の人生をめっちゃ助けてくれました。

ゴキプリ2



「えーっと、初め、ま、して?」


 後ろ頭を掻きながら俺はゴキブリに向かって軽く挨拶をする。もう自分でも何変なこと言ってんだよって感じだが、そうとしか言えない。


 自分の部屋で喋るゴキブリと初めましてしてる事にげんなりしてる俺に対して、当のゴキブリ様はやたらと尊大な態度。


「あら、巨人のクセに礼儀正しいのね。アンタ、名前は?」


 そう言いながら二足歩行になって腰に手を当て仁王立ちするゴキブリ。ゴキブリのお腹って、かなりキモいよね。


「えーっと、柳翔太だ。お前は?」


「マリー・クロムウェルよ。……それにしても、神々しい程にビューティフルなこのアタシに向かっていきなりお前呼ばわりとはいい度胸してるわね?」


 なんて言いながら「ふふん」って感じで偉そうに仰け反るゴキブリ。なんかちょっとムカつく。そしてキモい。なので俺は少し機嫌悪い感じでこう言ってやる。


「……ゴキブリの癖にすげー自信だな」


 するとこのビューティフルゴキ姫様は、


「……は? ゴキブリ? ……って、何?」



 って感じで首を傾げる。


 うーん、こいつ、ゴキブリを知らない? あれ? そんなやついるか? 存在するっけそんな、日本語喋るくせにゴキブリ知らないとかいう摩訶不思議なやつ。いや、そもそもゴキブリが喋ってんのが1番摩訶不思議なのか。そうか、自体があまりにも破天荒すぎて取り乱してしまっているようだ。


「ゴキブリってのは、虫だよ、ほら蚊とか蛾とか蟻とか……」


「か? が? あり? ……とかは知らないけれど、虫? 虫って、……羽がキモくてキモい脚がいっぱいあってキモくて身体も節みたいになっててキモい生き物のあれの事かしら……」


「多分そうだよ」


 更に首を傾げるゴキビューティ(笑)にそう言い放ってやる。

 

「ーーはぁ? アタシが虫?」


 するとゴキでビューティフルなマリーさんは怒りのあまり飛び上がって叫んでくる。


「……なる、……ほど?」


 なるほどつまり、このお方は、自分のことを虫だと認識出来ていない?

 

 じゃあこいつはなんなんだ? 意識失ってる間に悪い博士に改造されて虫になっちゃった可哀想な人なのだろうか。


「つかぬ事をお聞きしますが」


「なによ?」


 腰に手を当てて尊大な態度のゴキ姫に俺は続ける。


「あんたは、その、……記憶喪失なひと?」


「はぁ? 何言ってんの? そんなワケないでしょ」


 呆れたように返すゴキ姫。記憶はあるのかぁ。


「じゃあ、じゃあ、あんたはどこの誰なんだ?」


「……ふふん」


 俺がそう聞くと、姫は『待ってました』とばかりに立ち上がってくるりとターンを決める。お腹が見えるとキモいからあんまりに立ち上がらないで欲しいなぁ。


「アタシ、マリークロムウェルは、クロムウェル家の第1王女よ! びっくりした?」


 うーん、王女様なの? ゴキブリが? どういうことだ? 情報量が多すぎて仮説すら上手く立てられないぜ。えーっと? 喋るゴキプリは記憶喪失では無い。そして、名前はマリークロムウェルで、クロムウェルっていう家族はどうやら王族で、このマリーさん(ゴキ)がそこのお姫様? つまり、


「ゴキブリの国のお姫様ってこと?」


「虫じゃないっつってんでしょーが! あんた目ぇついてんの? ちんちんついてんの? このビューティフルでセクシーなアタシが虫に見えてるとかありえないんですけど? アンタには見えてないワケ? この美しくしなやかな……」


 言いながらゴキ姫は自らの美しくしなやかな腕に視線を送る。そして、視線を送ったまま固まってしまう。


「……う、…………う」


「う?」


「腕ほっそ! そして茶色! なにこれ? 何?肉は? 骨だけなの何? しかもこの色骨腐ってない? ドラッグのやりすぎ? あれ? じゃあなんでこの骨動いてんの? 力も入るし! 筋肉の収縮無くして自在に曲げられる骨、……魔法? ドラッグのキメ過ぎで腐った腕を無理やり魔法の力で?」


 と、テンパったゴキ姫は早口に捲したてる。このゴキ姫、発想がやたらと俗世的だな。姫なのは嘘だな、うん。


「……まぁ、しゃーねぇか」


 そう言いながら俺は立ち上がる。


 そして、部屋の隅から髪をセットする時に使う小さなスタンドミラーを取ってくる。


「……はぁ、ほらよ」


 多分この姫様、自分がゴキブリだと気づいてないし、知ったらショック受けるんだろな。


 なんてことを考えて少し憂鬱になりながら姫の横にそれを置いてやる。

「あら? 鏡? …………えっ?


 自分と向き合うのは、いつだって辛ぇよな。初めてアルバイトを始めた時とかマジでキツかったのを思い出す。何でも出来ると思ってたあの頃、俺はコンビニのアルバイトを見下してた。これはそれしかできないような人がやる仕事で、俺学生時代の小遣い稼ぎにちょちょいとやってるだけなんだって思ってた。だけど実際働いてみると仕事は難しくて、店長にバチくそ怒られて、ホント毎日泣きたかったよ。


「ーーえ? 何これ? あ、アタシなワケないわよね? こんな虫が? えっ、と、……じゃーんぷ、うわっ、虫も飛んだ!」



 けど、それと同時に今は思う。もっと早く、そうなってたら良かったんだなって。出来ない自分と向き合って、出来るやつを羨んで、自分の中にあるダサい感情にも気づいて。なんてのはかなり辛いことだ。 だけど、それを知ってるってことは、対策が来るってことだ。今よりもっとかっこいい自分になりたいのなら、早く知るべきだ。


「……て、ことは、これ、あ、アタシ? ビューティフォーな金髪は? くびれた腰は? 青く美しい瞳は? ……あれ? そ、そっか、思い出してきたわ、もしやあのジジイ、あたしの願いを叶えて? でも、理屈的に辻褄はあうわよね」


 昨日の自分より、今日の自分を、かっこよくしたいのならば、痛みを受け入れなきゃいけない。それを受け入れなかったから、俺はこんな奴になってしまった。


「……うぞ? あんのジジイ、……いくらなんでもそこまで極端なことする? え? じゃあもうアタシこれからずっとこれ?」


 前に進んでない人生なんてクソだ。


「……なぁ」


「ーーなによ?」


 だって、今の俺の毎日がクソなんだもんな。だから、ふと思ってしまった。


『自分と向き合うチャンスを奪っちゃいけないって』


 果たして、俺がこいつの前に鏡を置いたことは、間違っていたのだろうか。


「い、今は辛いかもしれないけどよ? ……その、そこを乗り越えれば……」


「こんなもん乗り越えれられるかぁーーー!」


 と、叫びながら茶色くてキモい羽をバサバサと振り乱すゴキ姫を見て思う。


 ーーゴメン、この現実(自分がゴキブリであること)はきっと、死ぬまで向き合わない方が幸せなやつだ。


 


  


 

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