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 才能が無いのに夢を見続ける人間は罪人だ。


 天才と凡人の決定的な違いは、持っている時間の量にある。凡人の十年が天才の一月に満たないことはままある話で、それはすなわち得られるものの絶対量が違うということだ。


 才能があれば多くの知識や経験、友人その他多くの知見を得ながら成長していける。


 翻って無才は。取捨選択を迫られて、それでも足りなくなって、けれど諦められないとしたら。いつしかそれだけのために他を平気で踏み潰す。


 費やした時間のほとんどが無駄になる。止めてくれた人の厚意を無下にする。支えてくれた人の期待を無色に変える。夥しい犠牲の上にあるのは見合わない自己満足。望む場所はいつまでも遠く、眩い光に手は届かない。


 深く、ふかい。

 諦めなければ夢は叶うだとか、努力すればいつか実るだとか。

 分からない奴には絶対分からない。本当に才能がない人間の気持ちなんて。

 私だって分かりたくもない。目を逸らしていたい。

 努力という免罪符に永久的な効果は無いんだって、そんなこと、知りたくない。



 針藤苗という神童がいた。


 幼い頃の私はその言葉を計れるだけの物差しを持ち合わせていなかった、というか今も持っていないけれど、だからこそ自分の身の丈がよく分かる。


 小学生になり三年が経ったある日、姉の思い付きで私たちは楽器を触るようになった。どうせすぐ飽きるんだろうな、と移り気な姉の誘いに頷いた。


 最初は小さな子供部屋で、二人だけの演奏会。晩ご飯の時間を忘れるなんて茶飯事で、母は「もう止めなさい」が口癖みたいに怒っていた。


 ただひたすらに楽しい日々が続く。


 しばらくして私たちは学校の音楽室へ通うようになる。人数の少ないクラブ活動だったけれど、広い場所で思いっきり音を出せる爽快感に魅了された。不定期の発表会では更に広い体育館を使わせてもらって、その度に姉と喜んだっけ。


 ステージから見た眠そうな同級生たちの顔を今でも覚えている。


 本格的なコンクールに出始めて間もなく、私たちは六年生になった。飽きっぽい姉が二年も継続していることを驚かないくらい、当たり前に続く日々。


 おっきくなったらプロになって、ずっと一緒に演奏しようね。そんな約束をした。少なくともその時は、叶うものだと信じていたから。


 だから、そうだ、言い出したのは――。


 小学生も終わりかけた辺りのコンクールで賞を獲った時、姉が父と母にご褒美をねだった。そうしてお揃いで買ってもらったのが、大人ぶったデザインで、子どもの細い手には合わない腕時計。


 どうしてこんなものを欲しがったのか分からなかった。大人ぶりたい時期だったのか、それとも大人になりたかったのか。


 そして姉は音楽を辞めた。

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