第六話 『祝宴』
「それじゃ、桐生寿人くんの初勝利に乾杯!」
「カンパーイ!」
黒峰さんの口上の後、カチャンとグラスとグラスがぶつかる景気の良い音が
鳴り響き、各々が注がれた飲み物を口にする。
「うーん美味しい!」
しかしこの場にいるのは俺と黒峰さんと先輩…………以外にもう二人。
「…………」
乾杯後、飲み物に一口もつけずにこちらを睨むのは、先程の試合で
俺と激戦を繰り広げたあの金髪男、虎崎謙吾であった。
「(なんでこいつがここにいるんだ…………)」
試合後、黒峰さんから打ち上げをするから参加してほしいと言われてきてみれば
これだ。しかも奴以外にもう一人。
「いやーすいません、私までごちそうになっちゃって」
宮古島凜。
俺と同じクラスメイトであり新聞部の部員でもある人物だ。
「いいんだよ。顔役として新聞部とは良好な関係を築いていきたいからね」
「流石は黒峰さんですね、懐が深い」
彼女は飲み物の入ったグラスを傾けつつお世辞といわんばかりに黒峰さんを
持ち上げる。ちなみにその手にはちゃっかりメモ帳などが握りしめられている
あたり、しっかりと取材はする気らしい。
「それで桐生くん」
「なんだ?」
ソファの上でグイッと身体をこちらに近づける宮古島に対し、
俺はちょっと引き気味に答える。
「初試合の感想は?」
「特には、強いて言うなら勝ててホッとしている」
「ほほう…………なるほど。では対戦した相手の印象などは」
「おまっ、ここでそんな話をするか?」
「え? いけませんか?」
「そりゃな」
チラリと宮古島の背後にいる男に目を向けると、案の定そいつは鋭い殺気を
醸し出していた。宮古島はそれを知ってか知らずか面倒な質問を投げかけ
俺の反応を伺っている。
ちなみに黒峰さんや先輩に目配せを送るも二人ともスルー。
目を合わせようともしない。
「では聞き方を変えましょう。虎崎選手の印象は?」
「ッ…………」
「(やっぱこいつワザとか! ワザとなのか!?)」
「いやまぁ、強かったよ」
「だ、そうですが如何でしょう虎崎選手?」
「次は負けない」
「なるほど。リベンジに燃えていると」
と宮古島は虚偽ではないぎりぎりのラインを見極めてメモ帳に文字をしたためて
いく。それを見て俺は「こいつジャーナリズム適正高いな」とそう思った。
「ちなみに桐生くんは今後は第二会場所属になるんですか?」
「――――? 一応そのつもりだけど、虎崎は違うのか?」
「俺はまだどこにも所属していない」
「フリーってことか。アリなのかそれ?」
「ルール的にはグレーだね。とはいえ新入生に限ってはこれから所属する
会場を選ぶのには必要なことだろう」
「つまり俺も会場を移動しようとすればできるんですか?」
「なんだい、もう浮気の相談かい」
「そうじゃないです」
黒峰さんの冗談に語気を強めて言葉を返す。
「はは、冗談だよ。でもまぁ所属会場の変更は各会場の顔役の許可があれば
できるよ。とはいえ他会場の試合に出ること自体は変更なしでも可能だ」
「そうなんですね」
つまり虎崎はまだ第二会場所属の選手ではないということか。
それが分かっただけで少しだけホッとした。
「(クラスも違うしこれで無暗に絡まれるような心配はないな)」
「ところで凜ちゃんは虎崎くんと随分仲がいいみたいだけどもしかして同郷かい?」
「はい。こう見えて私たち幼馴染なんですよ」
「おい、余計なことは言うな」
「へぇ道理で気心が知れてるわけね」
「はい」
「でもあれね。この学園じゃそういう関係は珍しいわね」
「でもそのおかげで一年で記事を担当できてるので謙吾には感謝してるんですよ」
そう告げる宮古島の横で虎崎は思わず視線を泳がせ顔を背ける。
「なに、照れてるの?」
「照れてねえよ」
そんなやり取りの中、一瞬だけ見えた虎崎の顔は何処か優し気で、
先程感じていた殺気もいつの間にかなくなり柔和な態度に変わっていた。
「(あれ、こいつ案外悪い奴じゃないのか?)」
試合中あれだけどう猛だった男が幼馴染の言葉に一喜一憂する。
その光景に思わず場には笑顔が零れる。
「ふふっ、今年の一年は面白い子が多いね。これは面白い一年になりそうだ」
小さく誰にも聞こえない程の声量で黒峰さんが呟く。
その声を俺だけは聞き逃さなかった。
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