時空超常奇譚5其ノ参. 起結空話/地球最後の男

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚5其ノ参. 起結空話/地球最後の男

起結空話/地球最後の男


 さて、今日は月曜日だ。憂鬱を引きずりながら会社へ行くとしようか。

「アナタ、もっとシャキッとしなさいよ。月曜日はいつもそうなんだから。いい加減に諦めなさい」

「そうだよパパ、ボクだってイヤだけど頑張って小学校に行っているんだからね」

 嫁と息子の厳しい叱咤が飛ぶ。月曜日の恒例行事だ。


 堪え難きを堪え忍び難きを忍んで仕方なく出掛けようと玄関ドアを開けた瞬間に、男は「あっ」と息を呑んだ。突然、そこにとんでもなく刺激的な光景が映った。

 男は叫んだまま硬直した。マンション5階の開放廊下から見渡す景色。

 荒れ果てた戦争の跡、ミサイルの爆撃で何もかもが吹き飛ばされた上に炎で焼き尽くされた荒涼とした滅亡世界が広がっている。人間だけでなく犬、猫、鼠に至るまで、生物という生物は投下された夥しい中性子核爆弾によって消滅した。


 男は思わずドアを閉めた。「これは夢なのだ」と思いたい衝動に何度駆られただろう。実は男がこの光景を見るのは初めてではない。数え切れない程に見ているその絶望的な景色に、今日も身体は硬直し「これは夢だ」と自身に向かっで叫んでいる。

 だが、それは決して夢ではなく、第三次世界大戦の破壊による地球滅亡の姿をものでしかない。尤も、日本の全ての地域でこんな悲惨な状況が広がっているのかどうか、男には何一つわからない。

 何故なら、男のいるマンションの他には360度どの方向にも瓦礫以外に何も存在していないし、そのマンションの中にも男と家族以外には人間どころか犬猫の類も見当たらず、日本、いや地球上の全ての地域がこんな状態なのかどうかを知る術さえない。TVもラジオもSNSも情報アイテムは一切反応しないから、想像は虚無を呼び起こさざるを得ない。そもそも、どうしてこんな状況が齎されたのか、男はそれを知らない。ある朝、いつものように家を出ようとすると、いきなりそこにこの滅亡世界が存在した。こんな状況になるまでには相当大きな爆裂音や激震が長時間続いたに違いないのだが、男は何も知らない。

 スマホでチェックしたニュースには、唐突に勃発した大国同士の諍いが一発の核爆弾を契機として世界大戦へと拡大し、世界中の核爆弾が撃ち尽くされたらしい事が記されていた。だがその配信もそれきり更新されておらず、それ以後の状況はわからない。地球は、人類は、滅亡してしまったのだろうか。そして、何故男のマンションだけが残ったのか、その理由を推測する事さえ出来ない。わからない事だらけだ。恐らく全ては創造主かみの気まぐれなのだ、きっとそうに違いない。

 これも理由は不明だが、この滅亡世界に放射線などの汚染はないらしく呼吸には何の支障もないし、体調を崩す事もない。

 マンションの地下には溢れる程の食料と水や薬が備蓄されている。流石にガスは停止し給湯器は作動しないが、電気は屋上の太陽光発電システムから供給されているので特段不自由のない最低限の生活は可能だ。


 今日もまたどうしたものかと考えたが、何もわからないのでどうにもならない。

「アナタ、いつまでも小芝居してると遅刻するわよ。ワタシ、先に行くわね」

「ママ、ボクも行く」

 そう言って、嫁と息子が走って行った。

 世界の滅亡に驚愕し絶句する代り映えのしない男のパフォーマンスに、家族は既に飽きているようだ。まぁそれも仕方がないだろう。全く以て気は進まないが、歯を食いしばって会社に行くとしよう。


 マンション前の道路を隔てた反対側に高い塀が立っていて、その塀の中央に子供の落書きにしか見えない人の背丈程の四角い扉が3つ並んで描いてある。それぞれその扉の横には△押ボタンとその上に数字の①と②を表示するランプがあり、その落書きがエレベーターの扉である事を教えている。

 表示には①と②しかなく、それは1階と2階という意味だ。つまり、この滅亡世界が2階であり1階には別の世界が存在しているという事になる。嫁と息子は既にそれぞれのエレベーターに乗ったようだ。数字の表示が①に変わっている。


 男がその△ボタンを押すと、落書き扉が開く。中に入って①ボタンと閉ボタンを押す。暫くしてエレベーターは1階に降り、チン・と音がして扉が開く。扉の先にある階段を上がってドアを開けると、目的地に到着。

 そこは第三次世界大戦前の新橋駅近くの裏通りに面した古民家の裏口。建物に趣がある。表通りの街には不況と言いいつつも適度な活気があり、世界中から訪れた観光客の異国の言葉が飛び交っている。

 この不思議のカラクリは大した事ではない。滅亡世界とこの世界の新橋駅の時空間が繋がっているのだ。奇妙なその状況も、カラクリの創作者である男にとっては特に何の驚きもない。


 男の会社は新橋駅から銀座方面に向かって3分程歩いた場所にあり、窓から富士山が見える100階建てビルの最上階。一部上場の企業で役職は取締役部長。

 会社に到着しフロアの席に着くと、新入社員の一人が朝から忙しそうに仕事をしている姿が見えた。感心だ、きっと将来出世するに違いない。

 新入社員は男の顔を見るなり不満げな顔で足早に駆け寄った。

「部長、ちょっと相談したい事があるのですが……」

「朝一番で相談とは何かね?」

「えっとですね、ズルいすよ」

「何が?」

 何を言わんとしているのか、男には理解が出来ない。

「部長ばっかりいつも偉いさんじゃないですか。僕にもどこかの部長やらせてくださいよ」

「馬鹿な事を言うもんじゃない、ウチは一部上場の企業だ。大体、新入社員が部長だなんて会社がどこにあるんだ?」

 新入社員が部長など常識的にある筈がない。何をとち狂っているのか開いた口が塞がらない。

「ボクが新入社員なのは、部長の勝手な設定じゃないですか。ボクを部長にしてくださいよ」

「駄目だ」

「なら、いいですよ」

 そう言って、新入社員は部屋を出て行ってしまった。またいなくなってしまうのだろう。社員の失踪は何人目だろうか。中々思った通りにはいかないものだ。

「部長、私も抜けます。部長の設定にはセンスがない」

 今度は課長席の男が出て行った。

 男は溜息を吐きながら「まったく、最近の若いモンは困ったものだな」と呟いた。即座に100階建てビルが消えた。


「シンギュラリティ」と呼ばれるAIの加速度的な進化による技術的特異点に到達して間もない西暦2050年。

 人類はコンピューターに搭載したAIに自我をもたせる事に成功した。自律し思考するAIは、コンピューターネットワーク上に現実と見紛うばかりのバーチャル空間とその中で生きるメインキャラの男を創り上げた。


 翌年、現実世界に第三次世界大戦が勃発した。狂ったような核爆弾搭載ミサイルの撃ち合いで世界中の何もかもが焼き尽くされ、荒涼とした滅亡世界の景色が広がり、生物という生物は投下された夥しい中性子核爆弾によって消滅した。

 現実世界の滅亡と同時に、コンピューターAIはバーチャル世界を現実そっくりな滅亡世界に創り変えた。

 すると、それに反発したメインキャラの男は自由意思を持ってサブキャラを生み出し、バーチャル世界に新たなアドベンチャーワールドを創造ってしまった。しかも、最近サブキャラにも意識が芽生えつつあるようだ。

 人類が滅亡した現実世界。

 人気ひとけのない海辺には、潮騒と風の流れる音以外には何も存在していない。時折雨がせわしなく通り過ぎて行くだけだ。

 全てが瓦礫と化した海辺の街。そこに核爆弾による破壊を奇跡的に免れた古い空き家が立っている。その家の片隅に残された1台のパソコンは、ネットワークは遮断されているものの、太陽光発電システムに繋がったままシャットダウンする事もなく動き続けている。

 その中のにあるAIが現実を模倣した滅亡世界から、今日も泣きながら『地球最後の男』を演じ「最近の若いモンは……」と嘆く男の声がした。



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