第四十二話 シャードの森にて

「各員!現状から最も近い遮蔽物に隠れて反撃を開始せよ!無理はするなよ!牽制射撃でも効果はでかい!」

こちらの最後尾の中隊を指揮を担当しているコリン少佐は装甲車から飛び降りて状況を即座に把握するとと指揮を飛ばし始める。

ここは指物の帝国軍と言ったところか、直ぐに兵士たちは混乱から立ち直り、倒れた木や壊れた戦車の影に隠れ各々で応射を開始した。


俺たちも木の間から射撃をするが敵の密度が大して濃くないからなのか、焦って狙いが定まらないなのか命中弾は殆どない


ルイスやヘレナは慣れたモノなのか機械的に敵に向かって弾を打ち込んでいる

だが、ベル君は小刻みにカタカタと小刻みに震えている

そのせいか弾はあらぬ方向に飛んでいってしまって敵に当たっている様子はない



しかし、彼の恐怖心もわかるし、俺も正直なところ恐ろしい。

戦場というのはこんなにも恐ろしいところなのかと血の気が引いていく思いがした

敵も味方も関係なくバタバタと倒れ伏していきうめき声をあげている


山賊の騎兵部隊に目を移すともうすでにこちら側の隊列に乱入した敵兵が目立ってきた

補給中隊の面々も各自で対応しているが近寄られないようにするのが手一杯だ。

組織的な抵抗はまともにできているところの方が少ない中で俺たちはよくやっている方だろう


「クッソ、どうするだルーク!このままだとジリ貧だ!」

ルイスの言う通りこのままだと本体と分断された俺たちの所属する補給中隊の壊滅は必至だろう

しかし、だからといって大局を覆す程の影響力が俺たちにない以上、残っている選択肢は逃げるくらいしかない



最善の方法を考えていると少し離れた木からベル君の叫び声とガキン!っと言う大きな金属音が響いた


慌ててそちらに目を向けると馬上から振り下ろされた斬馬刀をライフルを横にして受け止めているベル君がいた

馬上の男はヘラヘラと笑い、何度も斬馬刀をライフルに向かって叩きつける


「ヘッヘ、今のは取ったとおもったのによぉ?ガキのくせに中々のチカラじゃないの」



ま、まずいこの後の方策なんて後だ。まずはベル君を助けないと

そう思い慌ててライフルに据え付けられた照準をのぞいて狙いを定める。



慌てているためか手汗で指が滑り、照準が定まらない。

やっとしっかりと握り直した時、なぜかその男の顔ははっきりと細部に至るまで識別することができた


頭は禿げ上がっていて右頬には切り傷がある。三白眼で目つきは悪く見るからに悪人だ。

では悪人だから殺すのかと言われれば違うだろう。俺たちを殺しに来てるから殺すのだ。戦争なんてそんなものだ

そうやって人を殺す理由を正当化しなければいけないほどには、前世の人殺しへの感覚と今世の価値観の違いに俺も追い詰められていた。


そんなふうに自分に言い訳をしながら少し照準を下げて、その男の胸めがけて引き金を引いた




ドスッ




アラスターから受けていた訓練のおかげか弾は寸分違わず男の胸に着弾した


着弾音なんて遠すぎて聞こえないはずなのにその音は否応なく俺の耳に飛び込んで反響し続けた

あぁ、これが手応えというやつなのかと、その時は冷静に感じとった



数秒遅れて騎馬に乗った男はヘラヘラとした表情を一瞬曇らせたかと思うと、体から力が抜けたように馬からずり落ち地面に転がった

戦いの音が一瞬全て消え去り無音のように感じる


その時、あぁ、今俺は人を殺したんだと思いひどい眩暈と吐き気が押し寄せてきた

ライフルを構えても撃っても何も感じなかったのに今だけは無性に泣き出してしまいたい気分に襲われた

そうやって立ちくらみがして、ふらりと倒れ込みそうになった時、ルイスがサッと横に来て肩を回してくれた


「ルーク少し下がろう!ここにいても状況は好転しなさそうだ!ベル!ヘレナ!森の奥に隠れる!ついてこい」


二人が頷きこちらに走ってくるのが俺が気を失う前に見た最後の光景だった。

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