第四十一話 行軍

数日後俺たちは長い隊列の最後尾の補給物資を山ほど積んだ輸送中隊に同道していた。

俺たちはここ数日、傍に壊れた戦車や死んだ軍馬の死体の転がる街道をただ黙々と歩いていた。


隊列の先頭では帝国軍旗がはためき、大隊は悠然とも泰然とも言えるように堂々と行軍していた。

彼らの進む目の前には深い森が見える

事前の会議の話を聞いていたのだがあの森は「シャードの森」と言うらしく戦前から行方不明事件が多いと言う曰く付きの森だ。

日本風に言うと神隠しというやつだろう



どうやら以前にも戦車連隊が通ったのか踏み固められた道が一本、森の奥までずっと続いているらしかった


「なんだか、不気味だな」

と、ルイスがボソリと呟く


たしかに森は遠目に見ても異様に静まり返っており、森に続く一本の道はまるで俺たちの隊列をゆっくりと喉を鳴らしながら飲み込んでいるようにも見えた。

「アンタ、なに怯えてんの。森なんていつもあんなものよ」

対してヘレナは逃亡生活が長かったからか森の不気味さなどどこ吹く風といった様子だ



段々と隊列が森林の中に入り始めしばらくすると俺たちの番が回ってくる。

さっきより近づいてみると森からは隊の進む音以外していないようで野生動物の気配すらしない

「戦火のど真ん中だから、鳥も獣もさっさと安全なところに逃げてしまったみたいね」


そう言いながらヘレナは手で太陽を遮るように額に当てて森の様子を伺っている

そうこうしているうちに俺たちも森の中に少しずつ入っていった

前世で森といえば神社の境内に虫をとりに行った記憶がある

あの時はもっと虫や鳥がうるさかった気がするがこの森は静かだ。


「たしかに、ルイスの言うこともわかるぞ。これは不気味だ」

ルイスはそうだろうと言わんばかりに首をウンウンと上下に動かしている

ベル君はといえば歩き疲れたのか目が遠いところを見ていて話には参加してこない


そんな他愛のない話をしながら森の中を進んでいくと前を進んでいた小隊が止まった

そろそろ休息かと思ったがまだ休憩ポイントはもう少し先だ


「どうした、何かあったのか?」

妙に思い目の前方を歩いていた上等兵に声をかける

すると上等兵は振り向くと俺の身長を見て一瞬訝しんだ後、俺の階級章を確認して慌てて敬礼をした

「こ,これは!伍長殿!」

あまりの慌てぶりに少し笑みがこぼれるが俺も直ぐに敬礼を返す


「ところで、先ほどの繰り返しになるが。何があったんだ?」

「はっ、どうやら。隊列の先頭が人馬の死体の山に突き当たったそうで、そいつらをどかすのにしばらく行軍は打ち止めのようで」


なるほど、この辺りは戦場だったらしいから死体が転がっていることもあるだろう。

しかし、街道のど真ん中に積み上げることなんてあるだろうか?



「妙だな、こんなところに死体の山?」

どうやらルイスも同じ疑問に思い至ったのか手を口の辺りに当てて考え込んだ


「まぁ、ひとまず小休止だね」

そう言いながらベル君は荷物の満載されたリュックを地面に置き、近くの木にもたれかかった

「それもそうね。アタシも少し休ませてもらうわ」

と言いヘレナも休み始める



「なぁ、ルイス。本当に死体の山は偶然だと思うか?」

「さぁな、だがいやな予感がする」

二人は気楽なもんだが俺とルイスは少し離れたところで顔を突き合わせるようにして違和感について相談していた






そうして数十分ほど経過した時

周辺の物見をしていた兵が森の奥を指差しながら叫んだ

「て、敵襲……!ごふっ」

声の様子から察するに彼は狙撃されたようだ


その声に俺たちは慌てて立ち上がり、先ほど兵の声がした方を見た

土煙が上がり馬蹄の音が響き渡っている

しかし、まさか彼も最後の言葉がありきたりな三下のセリフで終わることになろうとは思いもしなかっただろう。南無三



そうやって歩哨に手を合わせていると森の奥から敵の全容が見えてきた

敵は片手で手綱を握りもう片方の手にレバーアクション式のライフルを携えてこちらに迫っていた。

え?西部のガンマンみたいかって?どちらかというと粗野な格好で旧式の銃を持つ様は野盗や盗賊の類だろう。少なくとも正規軍の装いではない



これは余談だがレバーアクション式のライフルとはトリガー周りのハンドガードに指を通して銃身をクルリと一回転することで次弾の装填を完了させる単発式ライフルのことだ。

前世だとウィンチェスターライフルと聞けばポンと浮かぶFPS好きも多いことだろう。


ちなみに俺たちが使っているのは帝国軍で一般的に採用されている、銃身の横についたボルトを引くことで次弾を装填する単発式ボルトアクションライフルだ。



おっと、いけない。

ついついオタク特有の脳内早口を披露してしまった。

それよりも目の前の敵をどうにかしなくてはなるまい

「樹林帯で騎兵だと?しかも木を避けながらなのに突進の勢いが止まらないな。あれは相当な手だれだぞ!どうする?」


ルイスが慌てたようにこちらをみるが次にやることなんてあらかた決まってる!


「状況を整理する!三人とも一旦、木の後ろに隠れろ!」

「「「了解!」」」

そう指示を出しながら俺も敵からの射線を切るように道の脇に生えている一本の木の裏に身を隠した。


そうこうしているうちに敵の先頭が近づき始め先ほどまで整然と行軍していた隊列はその壮観さはかけらも残さないまま最後尾だった俺のいた中隊は大混乱に陥った。


たしかにあれは相当な手練れだ。今も疾走する馬上からこちらの兵士たちを打ち倒している。流石に正規軍の隊列を襲うだけあると言ったところか。


そう思い俺はここを切り抜ける方策を考え始めた。



ーーーー

のちにこの森の戦いは「シャードの森襲撃戦」という名で広く後世に知られ森林における対騎兵ドクトリンを確立した戦いとして語り継がれていく戦闘になろうとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。

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