第十九話 祖国の歴史Ⅴ 裏切り者と忠義者

次第に各所で戦端が開かれ始めていた。どこの戦線も多勢に無勢であり辛くも戦線を維持している状態だった。

だが、たった一つの連隊だけは全く動く気配がなかった


山頂に陣取った彼らの軍はどこか異様で物々しい雰囲気を醸し出していた

その原因は彼らの腰に帯びた軍刀のせいであろうか、はたまたその手にライフルを携えていないという現代にあるまじき装備であるからであろうか。


まぁ、どちらにせよ第四連隊の5000人全員が銃火器と呼ばれる物をすべからく持っていないのだ。


もちろん他連隊と連絡を行う「通信中隊」や塹壕を掘る「工兵中隊」、果ては「衛生兵」もこの連隊には存在するのだがそれらの中隊に至るまで軍刀のみを腰に帯び拳銃すら持っていなかった。

それもそのはずでこの部隊は指揮官から末端の兵に至るまで犯罪者たちで構成されたいわゆる懲罰連隊と呼ばれている部隊なのだ。


もちろんその例に漏れずスレイ大佐も過去に政治犯として投獄され、この部隊入りを志願して以来この日まで昇進を重ねて曲者揃いの犯罪者達を束ねてきたのだ。


そういう経緯があるからこの隊は味方を背後から撃つことができないように銃火器や野砲は支給されていない。


そんな彼はいま部下たちから詰め寄られていた。


「大佐!何で奴らを裏切らないんです!俺らを散々こき使ってきたこの国に復讐するチャンスじゃないですか!」


「そうだ!奴らを背後から突いて侵略者に首でも差し出せば我々の権利ぐらいは認めてもらえるはずだ!」


「スレイさんだって現政権に反発したから捕まったんですよね!なら今こそ反撃の時ですよ!」


そんな部下たちの怒号を静かに笑顔で聞いていたスレイだったが右手を上げ部下たちを黙らせるとこう語り出した。

「確かに今、背後をつけば奴らは総崩れになるかもしれませんね。

ですが侵略者達が我々を受け入れてくれるなんて保証があるのでしょうか?」


そう言うと数人の部下たちの表情は曇ったもののもう何人かが反論しようとするのをまたも手で制しスレイは言葉を続ける


「それに我々と同じように裏切りを考えている者が他にもいるようですしね」

スレイがメガネを掛け直しながら笑うと周りの部下たちは目を丸くして顔を見合わせていた


「その様子だと、知らなかったようですね。バロン中佐の第六連隊はとっくのとうに裏切りをきめこんでますよ。その証拠に作戦会議には出席しなかったクセに各連隊の後ろに大将ズラで陣取っていますからね。だから私はあなた方を山の頂に配したのですよ」


そう彼が口にした瞬間、上陸中の敵陣から赤い発煙弾が空に打ち上がった


それを見たスレイは嬉しそうに顔を歪めるとこう言い放った



「さぁ!皆さん我が国から裏切り者が出ましたよ!私たちをこんなクソみたいな部隊に送り込んだ国の連中だ!遠慮はするな!切り刻め!」


そう叫ぶのを待っていたかのように第四連隊の各中隊は一気に下山しバロン中佐率いる第六連隊に襲いかかった。スレイの周りにいた部下たちも遅れてはならないとばかりに飛び出していった


第六連隊の面々は裏切る腹積もりではあったもののやはりその後のことについてウダウダと考えあぐねており踏ん切りがつかない将校が多くいた


そんな中での第四連隊の突撃が敢行されたのだ。とてもではないが受け止め切れるものではなかった火器を構えるまもなく撫で斬りにされやっと腰にある拳銃や軍刀を抜いても複数人に囲まれ押し包まれ身体中に剣先が刺さって死んでいった




「な、何が起きたって言うんだ!」

「そ、それが!第四連隊のッ…」

バロン中佐が部下に状況を確認しようとするも答えようとした部下は背後から突き出てきたスレイの剣先に貫かれていた


「ひっ、ひぃぃぃ!なんなんだ!俺はあの悪魔どもに何もかも売って命だけは長らえたんだ!こんなところで死ぬはずないんだ!」

腰を抜かし倒れ込むバロンに刀の切っ先を向けゆっくりとスレイは近づいていく


「悪魔っていうのはあの上陸してきた輩のことですか?まぁあのタイミングの発煙弾なんてあなたを囮にする以外の何者でもないでしょう?いい加減諦めて裏切り者の汚名を被って死んでください。いや、我々も情報は欲しい生捕りですかね」


だがその声に応えるバロンの返事はなかった。


バスッ!

っと音がしたかと思うと既に眉間に小さな穴を開けて死んでいたからだ

スレイの立っている後ろの方の茂みからガサゴソと音がして人の気配は消えていった


「はぁ、奴らにも裏切られたか。どこまでも気の毒なやつよな。」

すると自分達が降ってきた山と反対側に広がる農地の奥に大勢の兵が行進するのが見えその背後には第七連隊と第八連隊の連隊旗が翻っていた


「お?ビクターとアリッサですか。彼らにしては上出来ですね。まだ伝達も完了してないでしょ…う…に…」

そう思った時スレイはこの日初めて冷や汗を流した。


「まさか!やつらもなのか!」

その言葉を裏付けるように第四、第六連隊が入り乱れて戦闘している渦中に容赦なく榴弾と弾丸の雨を降り注がせてきた。


「奴らめ!不忠者が!これまで戦うしか脳のない我ら軍の食いぶちを守ってきてくれたルフェイン大佐に楯突こうっていうのか!許せない!到底許せる者でないぞ!」


そう叫ぶや否や混戦を繰り広げながらも第六連隊を殲滅しつつある自分の連隊の将兵に向かって指令を飛ばしながら走り出す


「まだまだ裏切り者は尽きぬようです!奴らが夜も寝付けなくなるほのど悪夢を見せてやりましょう!かかれ!」

「「おう!」」


兵らはそう叫ぶが早いかスレイについて走り出す

彼らは第六連隊の血にまみれドス黒くなった軍服と新鮮な血が滴る軍刀を構えて駆け出す。彼らの作り出す黒い塊はさながら大きな熊を彷彿とさせるほどに猛り狂っていた


だが、いくら彼らの気迫が、刀剣の腕前がすごかろうと臨戦態勢を整え近代武器で武装された第七、第八連隊の前には無力だった


敵に近づくにつれ荒れ狂う軍人たちは一人また一人と数を減らし敵の中に切り込むときには数十名を残すばかりとなってしまっていた

それでも斬りかかろうとする兵に対して両連隊の兵は落ち着いて銃剣を突き出し槍衾を作って的確に一人ずつ処理していった


そんな中でスレイは一人その渦中を突破し次々と兵を切り伏せてまわっていた

だが、少し右手に痛みを感じた一瞬の後に身体中に銃剣が刺さり血塗れたままそれでも刀を振り回し己を刺した兵のうち二人を斬りつけたところで精も魂も尽き果てたようにダラリと力が抜け動かなくなった。


さしものの他連隊長もこの裏切りを察知できたものはおらず辛うじて維持していた戦線は思わぬ挟み撃ちによって瓦解


各連隊は各所で包み込まれ降伏を願い出たものも最後まで戦ったものも皆平等に屍となった。


結果としてこの戦闘において

死亡者:

第四連隊 連隊長 スレイ・マクスウェル

第三連隊 連隊長 サルボ・パトリチス

第五連隊 連隊長 バフリル・ビュコック

生死不明:

第一連隊 連隊長 ルフェイン・バックハウス

第二連隊 連隊長 ウッツ・コルネイヤ


双方被害累計 帝国軍歩兵約5千人の死亡・車両の大破9両

       カナリア共和国兵約2万5千人の死亡(加えて逃亡後捕縛のちに処刑

約3000名)


これだけの甚大な被害を双方が出しつつこの戦闘に一旦の終止符が打たれたのである

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