第14話

 成大、飯島。福田に服部がボウリング場を出る。すると背後からガサガサ、ギイギイと音が聞こえた。おそらく平井がカウンター近くにあったサイドテーブルかなにかを扉のところに移動させて、服部に言われた通りにバリケードを張っているのだろう。


「本当はペットボトルを両手に抱えて行きたいんだけどな。やっぱり片手が使えねぇと化け物に遭遇したときにぶん殴れねぇだろ?」


 そう言って服部は鉄の棒を軽くブンっと振った。もう片方の手には空のペットボトルが入ったスクールバッグが握られている。

 鞄からジャラジャラと音を立てて揺れるキーホルダーは、どれも女性向けのものだった。おそらくこのスクールバッグはここで拾ったものではなく、デスゲーム開始時点から石里が持っていたものだろう。

 と、なると飯島に渡されたもう一つの素朴なキーホルダーひとつ付いていない地味なスクールバッグは平井のものの可能性が高い。


 飯島の拳銃といい、デスゲーム開催者側が取り上げたのは本当に電子機器の類いだけのようだ。

 こんなことなら自分もなにか持っている状態で連れ去られた方がよかったなと思ったが、普段から成大が携帯しているのはルーズリーフなどの学校で必要になるものだけだ。

 おそらくいつ連れ攫われたとしてもデスゲームで優位に立てるものは持っていなかったことだろう。


「とりあえずは二階に上がって、化け物の様子を見ながら映画館の中に入る。そこでスタッフルームでもトイレでもどこでもいいから水道がある場所でありったけ水を注いで、面倒ごとになる前に帰るぞ」


 商業施設の一階は化け物が見当たらない。しかし化け物の死体はいくつか転がっているので、おそらく誰かが――高確率で服部が倒したのだろう。

 念のために音を立てないように気をつけながらエスカレーターをとんとんと上がる。止まっているエスカレーターなど初めて登った。なんだか不思議な感覚だ。


「さぁて、化け物は……おっ、意外と少ないな」


 エスカレーターから顔を少し覗かせて映画館の方を見てみると、そこには映画館の入り口に化け物が三体、ふらふらと動いていた。


「人間は……奥のシアターに逃げ込んだか、死んだか。前きたときより減ってるな」


 服部の言葉に、成大はぐっと目を凝らして映画館の方を見てみる。遠くて見づらいが、よくよくみると入り口のカウンターの近くに人の足が見えた。

 水を求めてここまできたはいいが、化け物に囲まれて動くに動けなくなったのだろう。


「よし、さっさとあいつらぶん殴って他の化け物どもが集まってくる前に水を持ってずらかるぞ」

「チッ、命令されるのは好きじゃねぇ……」


 福田は不満気な表情だが、服部の作戦には賛同しているようだ。いやな顔をしながらもデスゲーム開始時のときのような一人で突っ走るような真似をする気はないようだ。


「うし、行くぞ!」


 服部の掛け声でエスカレーターを登りきると、服部たちは化け物に向かってまっすぐに飛び込んだ。

 福田と飯島は手にした武器で化け物の頭を殴ってよろめかせ、服部は力一杯に何度も化け物の頭を殴っていた。


「ぎゅえ」


 成大は福田と飯島が殴ってよろめかせた化け物の首を掻き切る。化け物は悲鳴を上げようとしたがそれをされると化け物がたくさん集まってきて困るのでその前に声帯を斬った。

 化け物は力なくばたりと床に倒れる。


「おーおー、やるじゃねぇか。連携攻撃ってやつか」


 一人で化け物を一体片付けた服部が軽く口笛を吹いてこちらに駆け寄ってきた。

 さすがはヤクザを公言するだけあって、フィジカルは人一倍強いらしい。


「光川の兄貴は化け物の首を斬るのがうめぇからな」

「化け物は一回の打撃では仕留めきれない。こうした方が効率がいいんだ」

「俺の果物ナイフはリーチが短いから二人が化け物をよろめかせてくれて助かります。隙だらけで殺しやすくなるので」


 成大たちは化け物を倒すにあたって、作戦会議などしていない。しかし数回の化け物の奇襲を共にくぐり抜けてきた仲なので、なんとなくで息を合わせるのは容易だった。


「うわぁ、うちのもやしと同じタイプかと思ったら……意外とミツがこの中で一番イカれてんじゃねぇのか?」

「失礼ですね」

「べつに貶してはねぇよ?」


 成大が不服だと言わんばかりに少し口を尖らせると服部は頭を掻きながら苦笑した。


「まぁ、嬉しい誤算ってとこだな。近くに化け物はいねぇようだし、今のうちにさっさと水を注ぎに行こうぜ」


 服部はスクールバッグを持ち直すとカウンターの奥のスタッフルームに入っていった。

 成大たちもそのあとを追う。そしてふとカウンターに隠れていた人がいたことを思いだし振り返った。

 しかし、そこにあったのは人間の片足だけだった。どうやら隠れていたのではなく四肢がカウンターの裏に飛んでいっただけのようだ。


「なんだ、ただの死体か」


 成大は興味を無くすともう一度前を向いて水道がある場所にペットボトルを設置して水を注いでいった。


「結構、重てぇな……」


 レジ袋パンパンに水の入ったペットボトルを持った福田は小さくうめき声を上げた。成大も想像以上の重さに眉を顰めた。

 水は意外と重たい。それもこれだけの量を一度に運ぶのはかなり体力を消耗する。その上、化け物が襲いかかってこないかと常に気を張らなければならない。


「きついな……」

「だろ?」


 少し下がり眉の飯島とは違い、意外と平気そうな顔で服部は水の入ったペットボトルが詰め込まれたスクールバッグ片手にエスカレーターを降っている。


「力持ちですね」

「まぁ、重いものを運ぶのには慣れてるからな」


 ヤクザのいう重いものとは、と疑問に思ったがどうせろくではないものだろうと思い直し考えるのをやめた。


「前回は一人で水を汲みに来たんですか?」

「いや、もやしと一緒に行った。まぁ、水を運ぶのに手一杯で化け物は全部俺がぶちのめしてやったがな」


 そう言って服部はけらけらと愉快そうに笑う。

 おそらく涙を浮かべながら大切そうに水を抱えて逃げ惑う平井の姿を思い出して笑っているのだろうが、それでも化け物がいる中、服部という強面と一緒に行動したのは気が弱い人間なりに頑張った方なのではないだろうか。

 もし自分が気が弱い人間だったら正直な話、こんな状況でさえなければ服部のような人間とは一緒にいたくないし、一切の関わりを持ちたくない。成大は少し平井に哀れみの感情を抱きながらペットボトルを運んだ。

 ボウリング場の前の扉に着くと、服部はドンドンと扉を叩く。


「おい、帰ってきたぞ」


 服部の声が聞こえると扉の奥からガタガタと音がして、ゆっくりと扉が開かれた。


「コウちゃん、おかえりー」

「お、おかえり、なさい。よかった。みなさん無事で……」


 開かれた扉の奥には甘い声の石里と、成大たちを見て心底ほっとした表情を浮かべた平井が立っていた。

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