旧友の魔手
屍王と同じく灰色の外套に身を包んだグルバ。外套を被ったところで目を引く長身の大男である彼に、不思議と視線は集まらない。それは彼が手ずから作り出した外套が有する特殊な効果に起因する。
鍛冶師であるグルバに外套を織る無茶ぶりをした屍王だが、結果として秘密結社然とした雰囲気と効果を持つトレードマークはそうして生み出された。
ガギウルでは工房に籠りきりだったグルバには、この都市ブランの現在の空気はとても懐かしく感じられた。
生誕祭の名目は教皇誕生と建国記念ではあるが、大半の国民にとっては祭事の口実に過ぎない。まだ幼い子供たちは心地いい笑い声を上げながら大通りを駆け回っている。子供たちには、教皇だとか国やらへの思い入れはないだろう。
純粋な感情の権化である子供たちに口角を上げながら、グルバは目的の場所へと足を運んだ。
大通りにあって一際大きな看板を構えた商店は、その戸を押すと軽快な鈴の音を鳴らしてグルバを出迎えた。
「いらっしゃ……おや、これは珍しい」
鈴の音に振り返った店主が意外そうな声を上げた。
そこらの商店に比べ規模も大きく、今も相応数の客が陳列された品々を吟味している。そんな中、フロアでその様子を窺っていた女は、脇目も振らずに入店したばかりのグルバの下へと歩みを進める。
女の特徴といえば、誰もが振り返る美貌と金のシルクの如く艶やかな髪。そして一際目を引くのは、恐らくその長耳だろう。
これらの特徴を有する只の人間は存在しない。
種族特有のしきたり、文化を何よりも重視し、尊厳と表裏一体の傲慢を併せ持つ長命種。
改革派の出現によって人類の生活圏でも目撃されるようになってきたが、自分の店を持ち、商会所属の商人となって積極的に外界と関わろうとする
店主である彼女が暇そうに店内を眺めているのがその証拠だ。接客は殆ど人間の店員に任せっきりになっている。それは彼女が面倒くさがりだから、という理由ではなく、『人間がエルフに話しかける』という行動の心理的ハードルの高さから来る事象だ。
相当暇を持て余していたのだろう。彼女は感情の機微を表すように長耳を上下に動かしてご機嫌な様子だ。
「やぁやぁ鍛冶神、君自らここに来るのなんて何年振りかね? 特殊なご用件かな?」
グルバのことを慮ってか、身を寄せて小声でそんな風に問いかけてくる。
外套のおかげで極めて存在感が希薄になっているグルバは小さく頷きながら当然の如く店の奥へと歩いていく。
随分と素っ気ないグルバの様子は別段いつもと変わらない。ただ退屈に身をやつしていた彼女にとってはあまり面白くなかったらしい。口を尖らせ、童女の如く頬を膨らせた。
「私、奥行ってるから。店内よろしく」
「え? は、はいっ、かしこまりました!」
通り様、店員の一人にそう言い残して彼女は軽い足取りで店の奥へと入って行った。
「久しいな、エステル」
「普通、最初にそれ言うよね? 君が寡黙なのは承知の上だけど、あんな冷たくされたら乙女心的にきついものがある」
「ふっ」
「あ゛? 私が乙女心を持っているのがそんなにおかしいかね? 君とほとんど同い年のエルフはババアだとでも?」
「変わらない様子に笑っただけだ。他意は当然無いとも」
青筋を立てたエルフ――エステルは忙しなく足を組みかえて不機嫌を露わにしてそっぽを向く。グルバがそこまで意地の悪い人間でないことを知っているが故に、自分が年齢を気にしていることを意図せず暴露してしまったことに行き場のない羞恥を感じたのも彼女の不機嫌を助長していた。
ただ、数少ない友人と呼べるグルバの来店はそれを差し引いても喜ばしい出来事でもあった。
ガギウルの工房に引きこもっている彼は、滅多なことでは外界には顔を出さなくなった。さしずめ後天的エルフのような生活を営んでいるはずだ。
そんな彼が直々にエステルに会いに来るのはおよそ100年振り。積もる話もあるというものだ。
いつもの買い物ならば、ガギウルで彼を鍛冶神と崇めている誰かしらを使って済ませるだろう。それを考えれば、特殊な要件であることは想像に容易い。
「さて、まずは要件を終わらせてしまおう。終わり次第、茶会といこうじゃないか。君の口に合うような甘すぎない菓子も揃えているとも」
いつにも増して性急なエステルの言葉にグルバは気圧されながらも、
「いやなに、今後はワシに素材を卸す時の窓口が変わることを伝えに来た」
「窓口……? ガギウルの人たちじゃなくなるってこと?」
「左様。また時間がある時に紹介しに来るが、白髪の少女に変わる」
そう言うグルバに、エステルはぴくりと眉を跳ね上げる。
少し焦ったような色が彼女の表情に乗った。
「へー、女の子……。関係を伺っても?」
「……何故だ?」
「こ、後学のために? もしや隠す必要がある関係なのかなぁ?」
煽るふりをしながら内心気が気ではないエステルに対して、グルバは少し悩んだ後、あっけらかんと言い放った。
「家族のようなものだ」
「……へー、か、家族ね~……」
グルバの言葉の真意を掴みあぐねているエステルは、渋面を晒しながら無理やり自分を納得させるかの如く深く頷いた。
そこでふと、彼女はグルバの顔を仰ぎ見た。
「……もしや、ガギウルを出たのかい?」
「もともとガギウルの人間になったつもりはない。工房の立地や流通に便利だっただけだからな。だがまぁ……出たといえば出たな」
「頷くだけでいい場面で紆余曲折を語るのは君の悪い癖だね」
どんな感情を覚えているのだろう。エステルは一度不敵に笑うと、グルバに手を差し出した。
「君、私の所に来てよ」
「……急にどうした? この店で働けとでも?」
緩く首を振った彼女は、ニタリと口角を上げた。
「私の所ってか、まぁ……——君さ、ヘルヘイムって知ってる?」
瞬間、グルバの目が細められると同時に、彼女はグルバの思考を凍らせる言葉を吐き出した。
「私さ、いまヘルヘイムにいるんだ。どう? 一緒に面白い事しないかな?」
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