冷徹の遭遇

 生誕祭真っ只中の聖都ブラン。大通り、商業区、探索街……どこへ行こうと雑踏とかち合うこの都は、ニヴルにとって不愉快極まりない人間たちの巣窟だ。屍王の命が無ければ寄り付くことは無いだろう。

 不夜国に蔓延していた欲望と妖しい香りとはまた違い、清廉な雰囲気が漂う聖教国の国風はニヴルにはどこか白々しく感じられた。一時間おきに都市に響き渡る『教鐘ベル・コード』と呼ばれる荘厳な鐘の音も、ニヴルにとっては耳障りな雑音に違いなかった。


 ニヴルが足を止めたのはブランのちょうど中心。巨大な門がニヴルの視界を遮っている。

 まず、この聖教国の成り立ちとして存在している歴史は、長命種であるエルフの二分化だ。

 今までの原生的な文化を尊重し、外界との接触を極力避け続けている『守旧派』。

 外界の文化を積極的に取り込み、種族としての進化の重要性を唱える『改革派』。

 聖教国とは、後者の改革派が他種族との共存を試みて興した国。


 そのはずだった。


「……長らく続いた歴史には意味がある、ということでしょうか」


 聖都ブランを北部と南部に別ける大きな門を見上げ、ニヴルは嘲笑を浮かべる。

 それは、北部の『エルフ区』と南部の『汎用区』に二分化するための壁の役割を果たしていた。

 ここに来て、改革派のエルフたちは再び二分化を行ったのだ。

 エルフとそれ以外。外界に出てもなお、本能に根付くほどの選民意識は消えることはなかった。


「……気高く古臭い種族。哀れですね」


 侵入を阻む門を一瞥し、ニヴルは踵を返す。

 聖教国の教皇が住まう根城は汎用区に存在し、屍王が用がある天女とジェノムが住まう大聖堂はエルフ区に聳えている。


 用意すべき情報はいくつか存在する。

 天女に仕えているらしい司祭騎士の正体がジェノムである確証。

 天女に謁見、ないしは接触する方法。

 それにあたって、エルフ区に合法的に入り込む術。

 

 これらの情報を持ち帰った時。


『流石は右腕だ。もうニヴルなしじゃ生きられないよ』


「……ふ、ふふ……むふ」


 外套で口元を塞ぎながら、冷徹の仮面をかぶったニヴルは妄想に頬を緩める。

 そうと決まれば善は急げ。ニヴルは都市を歩きながら人の流れを読み、情報が集まるであろう場所に目を付けていく。


 探索者ギルド。露天商。城門前。中央広場。

 およそ人間がたむろするのに好みそうな場所を粗方見回り、適当な人間に声を掛けようと数人見繕った時。


 とんっ。

 すれ違いざま、ニヴルと人影の肩がぶつかった。


「……すみません」


 ニヴルが反応するより早く、相手が平坦な調子で頭を下げた。

 相手は、少女だった。外見年齢で言えばニヴルと大差ない。恐らく十代。


「いえ」


 簡単に返してその場を去ろうとしたニヴルは、ちらりと少女の顔を盗み見た。

 黒髪。怜悧な瞳。端正な顔立ち。


(……どこかで、会ったでしょうか?)


 一瞬気を取られたニヴルは、しかしそのまま立ち去った。





■     ■     ■     ■




「ヒョーカ……? どうかされましたか?」


「いえ、特に」


 目を細め、自分とぶつかった女が消えていった方向を睥睨する。

 彼女はいつの間にか、忽然と姿を消していた。






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