悔恨の宝珠
「ちっ……マジで割に合わねえ!」
「つべこべ言うな! 走れッ!」
足裏に血痕をこびりつかせた数人の男たちは、肩で息をしながら、それでも止まる様子はない。
男たちが各々引っさげた布袋には、パンパンに詰まった盗品の数々。
「こっちだ!」
「おお! 助かった!」
不夜国郊外に逃げ出したその先に、馬車が一台。
御者台で手を振るのは、計画通りに馬車を回した仲間の一人だ。
突発ではなく、計画的犯行。
その目的は、オークションの品につけられる莫大な価値―――ではない。
誰一人欠けることなく逃げおおせた彼らは、全員で馬車の荷台に乗り込むと、そのまま車輪の音を響かせながら逃亡を続ける。
「はあっ、はぁっ……っ」
「ま、まじで……よく逃げられたな、俺たち……っ」
「警邏隊の追跡が不自然だった……やっぱ、手は回してくれたらしい……」
「へへへっ」……と引き攣った笑顔で顔を見合わせた彼らは、一斉に皮袋の口を開ける。
あぜ道を無理やり通る馬車内で、盗品に傷がつかないように丁寧にそれらの品定めを開始する。
「
「マジで目的以外のもんは俺たちの取り分なんだよな!?」
「安心しろ、そういう契約だ」
興奮する手下をなだめるのは、彼らのまとめ役。
彼が手に持った皮袋に入っているのは、オークションに出品予定だった
秘境内の濃密な魔力が、外部からの刺激によって物質として凝固したモノ。
なぜか人類の文明に沿った形に変化するそれは、人類では到底作り出せない効力を秘めたオーバーテクノロジーの具現化。
誰もが喉から手が出るほど欲するソレはしかし、使い手を選ぶ。
だというのに、持ってみるまでは自身が使用可能か否かが判明しない。さらに言えば、効果すら未知数な悩ましい一品。
超高位の鑑定魔法でなら効果の確認が可能だが、盗品ともなれば国の認可が下りるはずもなく、伝手の無い彼らにとっては爆弾のような代物だ。
「依頼人が欲してる物かわからないが、違ったらこれも頂けるとよ」
「まじっすか!? 太っ腹!」
「ヘルヘイムってのはそうまでして何を……」
「知るかよ、知りたくもねえ。いらんことに首突っ込むと碌なことにならねえぜ」
「違ぇねえ。仕事をしたんだから、これ以上は管轄外ってか」
「ああ、わざわざ俺らに名を名乗らせるような奇特な奴らが、正常なわけねえからな。これっきりだ。仕事が終わったら裏で売りさばけば足も付かねえ」
鼻で笑った男に同調するように、一団は気が抜けるように笑みをこぼした。
「ほう、そりゃいいのう」
「フーちゃんも気になるぅ~」
――――――――。
男たちの笑顔は、一瞬にして凍り付く。
顔どころか表情を動かすことすら億劫な
いつの間にか我が物顔で座っている大男と、その膝に収まっている少女。
厳めしい顔で顎を撫でる男の下で、少女は正反対にニヤニヤと小馬鹿にした笑みを浮かべている。
最初に時間を取り戻したのは、まとめ役の男だった。
「ッ!? て、てめえらっ―――」
「おっと、動くのは許してねえよ」
「は――――ぐはっ!」
横面を蹴り飛ばされた男は、仲間を巻き込むように馬車内で転がった。
脚を振り抜いて薄ら笑う青年が、爪先で音を鳴らす。
「お、おいっ」
「誰だてめっ―――」
「ふん!」
「ほい!」
音に反応したように動き出した他の男たちは、グルバが横に薙いだ腕と、フレスヴェルグの生み出した小規模の竜巻で馬車外に吹き飛ばされていく。
ボロボロの荷台の中で夜の風を受けながら、謎の集団とまとめ役の男、そして御者を残して馬車は進行を続けている。
荷台から弾き出された彼らの容態は、馬車の速度から見ても絶望的。
御者席の男は、隣に座った狼耳の少女の無邪気な様相からは想像できない威圧感に気圧され、逃げることもできない。
「このまま進んで! 目的の場所に行かないのもだめ!」
「ひっ、ひっ……」
男の様子に目を光らせているのは、辛うじて残った荷台を覆う幌の支柱に腰かけているニヴル。
目的地への進路から逸れようものなら、彼女の制裁が待っているだろう。そうでなくとも、彼女の肩に乗った小竜がやる気満々に小さな羽をぱたぱたと動かし、今か今かと攻撃の許可を待っている。
退路は、ない。
荷台に転がったまま体を起こせない男の側にしゃがみこんだ屍王は、いつもと変わらない軽薄な表情を浮かべている。
「んで、ヘルヘイムさん?」
「……っ」
「目的言えそう? あんただけを残した意味……わかるよな?」
細められる瞳の奥にあるのは、甘さを残さない事務的な色。
返答を偽ろうものなら、即座に死が待っていることは想像に難くなかった。
口の中に溜まった少量の唾液を嚥下しながら、男は意を決する。
「……い、言えばっ……見逃してくれるか……?」
「どうかな。誠意次第じゃない?」
感情の読めない屍王の言葉に、男は少しの希望の光を見出す。
強制ではなく自白を促す動きは、本質的に甘い人間の癖だ。
男は、風に飛ばされないようにグルバが回収した数個の皮袋を指差す。
「そっ、そん中に、
「言われなくても全部回収するわ。そんなことが聞きたいわけじゃないよ」
「わ、わかってる! 俺らは依頼されただけだ、ヘルヘイムの幹部ってヤツにっ!」
「うわ、またかよ……」
うんざりした顔の屍王のため息に身体を跳ねさせた男は、知っていることをすべて吐き出し始める。
「依頼人はその
「―――――ッ!」
いままでつまらなそうに男の自供を聞いていた屍王は、わかりやすく眉を跳ね上げた。
その反応に光明を見た男がそのまま言い募ろうと――――。
「もういいよ」
「―――え?」
「ごめんごめん。無辜の人間を簡単に殺せる奴に誠意とか最初からねえだろ。お疲れさん」
「ま、まっ」
スパンッ!
首を綺麗に蹴り飛ばされた男は、そのまま力なく荷台に沈む。
首を失った死体を馬車の外に投げ捨てた屍王は、血で汚れていない場所に腰を下ろす。
「ガルム、ニヴル、ありがとう。助かった」
「もったいないお言葉です」
「いいよぉ! でも、この馬車遅くて物足りなかった……」
彼らがこの馬車に突然現れた方法は至極簡単だ。
ヘルヘイム最速のガルムがこの馬車に素で追いつき、ガルムに座標を設定したニヴルの
たったそれだけだ。
いとも簡単に行われる世界規模で規格外のオンパレードである。
部下たちの様子に一息ついた屍王は、なにかが喉に詰まったかのように表情を曇らせる。
「
忌々し気に吐き捨てた屍王の様子に、グルバとフレスヴェルグは顔を見合わせた。二人とも釈然としないように首を傾げている。
だが、異界の勇者としてこの世界に召喚された彼にとってはとても馴染みのある名称だ。
その印象は、決していいものとは言えないが。
Lv10の
一見、無色の球体に見えるそれは、無限の可能性を秘めた世界最高の希少品。
異界の扉を開き、稀人を招来する夢幻の宝珠。
その宝珠に秘められているのは、使用者の願いに呼応する召喚魔法。
他の
例えば、発見以降誰にも使用できなかったため国宝となったそれが、ボンクラ王太子の手によって起動してしまったり、だ。
思い出すだけでこみ上げる怒りに、屍王は首を振った。
「――――ギルタムズ……今ならお前を、ぶっ殺せるのにな」
進路の先に思いを馳せながら、馬車はヘルヘイムを名乗る何者かの下に向かい続ける。
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