氷都

 46番目の上級悪魔グレーターデーモン、『ビフロンス』。


 墓場の首領の異名を持つこの個体の能力は、『死亡した生物を支配下に置くこと』。

 この能力に例外はなく、ありとあらゆる存在が能力の対象だ。


 偶発的か、意図的か。何者かによって大木の虚に閉じ込められ、数十年。

 ビフロンスは、ガギウルの大木の虚で自我を取り戻してから、回復に努めた。

 かつて支配下に収めたはずのガギウルに、返り咲くために。


 そのために、大木の虚と繋がっていた剣に触れた者の中で、もっともこの街で力のあるものに魔力を注ぎ込み、一時的な傀儡とした。

 それが、メタル・ウィル・アイロン。

 すべては本体が虚から這い出る、その時のため。


 忌々しい。

 忌々しくも悪魔王の覇道に石を置いた、憎き灰の衣ども。

 その先頭で、悪魔王の前で不遜に『屍の王』を名乗りし悪逆。


「忘レハ、センゾ」


 その昔、悪魔の拠点であったガギウルを蹂躙し、同族を屠った集団。


「……ヘル、ヘイム。ホホホ、復讐ノ序曲トシテ、再ビコノ街を我ガ手中ニ収メヨウ」


 産まれ出でる。

 大木に刻まれたグルバの剣の跡が、紫紺の光を漏らす。

 勇者として呼ばれた若者の魔力を奪った分体が、本体に魔力を送り込んだ。

 機は、熟した。


 あふれ出るソレはガギウルの住民の目を奪い、眩ませ、見開かせる。


「――――上級悪魔グレーターデーモン……伯爵アール、ビフロンス。我ガ手中ニ墜チロ、ガギウル」

 

 大木から零れ堕ちたのは、異形の生物。

 特定の形はなく、液状にも見え、気体のようにも見える不定形。

 ドロドロと蠢き、ジュクジュクと沸き立ちながら理性的な声を響かせる違和感。


「――――――――ひっ」


 随分と長く沈黙が漂っていた大木の周りで、一人の女性の喉が引き攣った。たまらず漏れた声に、周囲が時間を取り戻す。


『うわあああああああああああああああああッ!!』


 悲鳴の合唱と、その場から離れようとする住民の洪水が、街の門へとなだれ込む。

 ソレを直接目撃しなかった者たちも、狂ったように逃げ出した者たちに釣られて流れに乗るように走りだした。


 恐怖は伝染する。


 だが、地を鳴らす住民の足音にも、聴覚を刺激する阿鼻叫喚にも興味はない。

 ビフロンスがぐちゃぐちゃと身体を変形させながら発光すると、


「――――『死骸行進パレード』」


 そう、唱えた。



 ガギウルは悪魔の拠点として栄華を極め、狼藉者たちによって沈められた。

 無念の内に、非業の先に、悔恨を持って静まった悪魔たちが、その姿を顕現させていく。


「淵ニ沈メタ悔恨ヲ、解キ放テ」


 下級悪魔レッサーデーモン中級悪魔デモンズ

 それらが実体を伴って、ガギウルに群れを成していく。


『――――ギギギギ……グぼおおおおおおオオオオオオオッ!!」


 「死んだ」という事実さえあれば、ビフロンスの異能の効果対象。魔力によって死骸を作り出し、身体として再生する。

 尽きることの無い屍の兵隊を盾として、ビフロンスは行動を開始する。


 ガギウルは、逃げ惑う住人と、冥府から蘇った悪魔の軍勢によって混沌の底に叩き込まれた。



 直後。



氷都スカジ


「―――――ン?」



 パキッ……パキパキ。

 都市全体を這うように潜行した冷気が、周囲を凍らせた。






■     ■     ■     ■





 住人たちの逃げ惑う都市内を、悪魔たちが我が物顔で埋め尽くす。

 ビフロンスの指令に従う肉人形は、人間を排除すべきものとして認識し、それらに襲い掛かる。


 四体の中級悪魔デモンズ

 二足獣。四足獣。羽虫。甲虫。

 それらの姿を持って、逃走する獲物の背を追っている。


「どけッ! 道開けろッ!」


「俺が先だ!!」


「ママ……どこ……っ?」


「か、神よ……我らの罪をお救いください……」


 商人馬車や屋台などで狭い道に大勢が詰め寄り、その道を塞いでいた。


 背中に感じる死は冷たく、彼らの思考を奪っていく。

 我先にと逃げる大群に迫る中級悪魔デモンズ達は機械的に、最後尾に詰まってしまっている住人に標準を定めた。


「ひっ……早く道開けて!!」


「だ、だれか……っ」


「は、ははは……なんで、こんな……」


 生に執着する者、助けを乞う者、諦観に笑う者。


 そんなすべての声に喚起されたように―――――



「……ぁ」


 冷気が、都市を撫でた。


 建物、地面。

 凡そ魔力の無い無機物を悉く凍らせながら、都市は姿を変えていく。


 そして、


『グぎゃあああああッッ―――ごぶっ』


 中級悪魔デモンズが、空から降った鉄槌に押し潰された。


「――――久々の戦闘が、まさかガギウルん中だとはのう……」



 住民が目にした背中は、鉄鋼都市ガギウルの象徴。


 槌を担いだ大男は、四足獣の中級悪魔デモンズを足で踏みつけ、視線だけを人の大群に向けた


「人が集まってくれていて助かったわい。おかげで、守るのは容易だ」


『グ――――グルバ様あぁぁ!!』


 声を上げた観衆に呼応するかのように、様々な場所で歓喜の咆哮が上がる。


「向こうも間に合ったようだのう」



 各所で起こる破砕音は、グルバと御旗を共にする化け物たちの爪痕だ。



「さて、若よ……滾らせろ。我らが王の再臨を――――愚か者に叩きつけてやるが良い」







■     ■     ■     ■







「キ――――貴様嗚呼アアアア!!」

 

「――――久しぶりじゃねえか」


 踏み込むごとに足下の地面から薄氷を波及させる男は、脇に少女を抱えながら氷都と化したガギウルを闊歩する。


 恐怖ではなく、ただただ煩わしそうに顔をしかめながら。


「は、離しなさいよ!」


「暴れないでレナちゃん。レナちゃんガギウルの救世主作戦しなきゃいけないんだから」


 少女を抱え直した男は、ガギウルの大木の根元でビフロンスと対面する。


「屍王……片時モ、忘レタコトナドナイゾ……冥府ノ底デアッテモナァァ!!」


「そんなに死にきれなかったんならもっかいぶっ殺してやるよ、ゲル野郎」



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