第39話 ヂ―ミンと真知子?



 過去の田代家と田代総合病院にまつわる人間関係が分かった所で、今度はヤンが何故台湾人と日本人のハ―フなのか?という事だが、実は、こんな事情が有った。


 ヂ―ミンは第三国人のボスと恐れられたドユンの娘ジアと結婚したが、結婚当初は、 ヤクザの仕事 (しのぎ)が主だった。 


 そのしのぎとは若い衆に交じって覚醒剤の販売、賭博・闇カジノの運営、民事・行政介入暴力、用心棒、テキ屋、偽ブランド品販売、キャバクラ・風俗店経営、密漁等々。


 現在50歳のヂ―ミンは、10年前に義父ドユンが他界してからというもの金田組長の座に就いていたが、暴対法が施行されてからは後進に組長の座を譲っていた。そして…現在は、業界でのキャリアや人物が優れた人物が就く顧問、それも最高顧問に就任している。


 実は頭脳明晰だったヂ―ミンは国立大を卒業して一級建築士の資格も取得していた。それなのに、仕事ときたら悪事に手を染める想像を絶する違法の数々。ましてや近年暴力団対策法(暴対法)が、1992年に施行され弱体化の一途を辿っていた。だから一刻も早くこんなヤクザの世界から足を洗いたいと常々考えていた。

 

 

 🔷🔶🔷

 時代は丁度バブル絶頂期の1990年秋の事だ。どういう訳か、ジアとの間には子供が出来なかった。そんな時にベンツで仕事に向かう途中一際目立つ和服姿の女性を発見。


 良く良く見ると、青春時代にあれだけ恋い焦がれた真知子に瓜二つの女性だったが、ジアの父ドユンによって無理矢理引き裂かれた淡い初恋の苦い思い出が、沸々と蘇るのだった。


 そして…夢にまで見た真知子に瓜二つの女性が目の前を……それも何とも品の良い和服姿で歩いているではないか?


 だが…ふっと過去の美しくも儚い過去に酔いしれていたヂ―ミンだったが、一気に現実に立ち返った。


(こんなヤクザな世界に足を踏み入れた俺なんか、当然相手にされる訳なんかないだろう)


 そう思いながらも、余りにも美しい真知子にそっくりな女性に声を掛けずにいられなくなった。(そう言えば真知子の10歳年下の妹美智子ではないか?よく俺も遊んでやった事がある)ヂ―ミンは、考えあぐねた結果懐かしさで一杯になり、勇気を振り絞り声をかけた。


(こんなヤクザな俺なんか当然冷たくあしらわれて当然だが、声をかけずに後悔するより、例え罵声を浴びせかけられようと、こんなヤクザな俺なんか失うもの等何も無い。だから勇気を持って声をかけてみよう)


 丁度お昼時だったせいもあり若干車の通りも少なかった。車を徐行させ声をかけてみた。


「真知子ちゃんの妹美智子ちゃんじゃないかい?聞こえる?美智子ちゃん」すると美智子が振り返った。あんなおぼこかった美智子ちゃんが、なんと妖艶さと品位が備わりヂ―ミンは、再度真知子に恋をしてしまった気分になってしまった。


「あっあっひょっとして…姉のお友達の実?」


「嗚呼…そうだよ」


「黒のベンツにサングラスだから…ちょっと…ヤクザさんかと思っちゃった」


 ヂ―ミン(実)は、一瞬自分は皆とは違うあちらの世界の住民になった事への何とも言えない屈辱に強い憤りと、虚しさを感じずにはいられなかったが、開き直り直ぐに気持ちを切り替えて、食事に誘ってみた。


「美智子ちゃん丁度お昼時だし、偶然会ったのだからランチでもどう?」


「待ってました!実兄さんのおごりね!」


 こんな美人にそんな言葉を頂いて実は天にも登る思いだった。そして…2人は近くの喫茶店に入った。


「久しぶりね実、今何してるの?」


「嗚呼…婿養子に入って…自営業だよ。美智子ちゃんは今何しているんだ?あっ…それから…真知子元気?」


「実は…姉は乳ガンで亡くなってしまったの……でも…仕方なかったのよ。もう気付いた時には…手遅れで……ああ何か…暗い気分ね。私はね、料亭経営者と結婚したのよ。だから…こんな和服姿なの」


 その日は小一時間ほどランチと会話だけで終わった。だが、帰り際に美智子から思いも寄らない言葉を発せられた。


「実兄さん……私ね……兄さんに相談に乗って欲しい事が有るの…だから…だから…また、会って欲しいの……たった一人の姉が他界して…お兄さんにしか相談出来なくて…」


 🔶🔷🔶

 3週間後2人は、郊外のレストランでまたしても、ランチを楽しんでいる。


「美智子ちゃん相談事って何だい?」


「…実はね?主人が料亭をいくつも経営しているのだけれど……どうも女がいるらしいのよ。私主人が許せなくて!」


「それは分かるけど…旦那さんと…話し合ってみたら?」


 そんな辛い日々を送る美智子だったが、その1年後1991年3月バブル崩壊が訪れた。日経平均株価は1989年末にピークを迎えたあと、急激に下がり1990年10月には株価は半分まで落ち込み不況に突入した。この景気の下落を、泡が急激に膨らんではじける様子にたとえて「バブル崩壊」と呼んだ。


 高級で敷居が高く、密談や接待の場というイメージの料亭だったが、バブル崩壊後、多くの料亭が時代の波に翻弄され消えていった。

 

 それは美智子の旦那さんの経営する料亭も例外ではなかった。多額の負債を抱えて倒産を余儀なくされた。


 今まで散々女と浪費癖に悩まされた美智子は、多額の借金を抱えた主人に見切りを付けた。


「美智子ちゃん…こんな10歳も年上の僕だけど、俺と一緒にやり直さないかい?」


「だって~?あなた奥様がいるでしょう?」


「俺の全てを受け入れる事なんて、若い美智子ちゃんには出来ないだろうね」


「私がわざわざお兄さんに会いに来るのは、悩み事を聞いて欲しいだけじゃないの。私子供の頃からお兄さんに憧れていたの」


「じゃあ…言うけど…美智子ちゃん全て聞いて欲しい。俺は日本人と台湾人のハ―フで日本でも有数の指定暴力団金田組の婿養子なんだ。俺はこんな世界から足を洗いたい。そして美智子ちゃんとやり直したい」


「……ヤクザの世界から足を洗ってくれたら一緒になっても良いです」


「エエエエ――――ッ!こんな俺なんかで良いのかい?」


「……だって?両親も姉もいない…今は実兄さんしかいないじゃないの」


 こうして2人の生活は始まった。

 だが、金田組から執拗に付け回される事となったヂ―ミンと美智子。












 

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