第2章…お姫様

5.結衣の家族




―――――――――




 「―――あ……ああっ……」



―――バァン!!!!!!



「きゃああっ……!!」



流星に壁ドンされた結衣。壁にヒビが入るほどの衝撃。

結衣はビビる。



「よう……この前はよくもやってくれたな……」


「ひいっ……!」


「このオレを怒らせたらどうなるか……しっかりと教えてやらねーとなぁ……!」


「ご……ごめんなさい……! 許してくださいお願いします……!」



震えながら涙目で謝罪する結衣。ギロリと睨み付けられ、蛇に睨まれた蛙になっていた。



「許さねえよ」


「あ……っ!」



制服の襟元をグイッと強く引っ張られる。

プチプチッとブラウスのボタンが弾け飛ぶ音がした。そのままビリビリと上半身の制服を破られ、大きくて柔らかそうな乳房とそれを包み込むピンクのブラジャーが露わになった。


容赦なくブラジャーも引っ張られ剥ぎ取られる。



「借りはたっぷりと返してもらうぜ。お前の身体でなぁ……!!」


「いやっ……やだやだっ! やめてっ……お願い……!」



両腕で必死に胸を隠し身を守ろうとするが、流星の強い力に勝てるわけもなく。

為す術もなくそのまま―――



「いやあああ……!!」




―――――――――




 「―――はっ!!」



見える景色は自分の部屋の天井。ベッドの上で横たわっている。そしてカーテンの隙間から差し込んでくる朝日。

結衣はさっきまでの光景と今の光景の違いを理解するまで数秒かかった。



「ゆ……夢か……あぁ……怖かったぁ……」



流星にレイプされる夢なんて見るとは、かなりの悪夢だ。


結衣はう~んと唸りながらゆっくりと上体を起こす。パジャマの胸元がはだけ、谷間が見えてることに気づく。相当うなされていたようだ。


昨日、南場流星にキスされた記憶を鮮明に思い出してしまう。

ゾッ……と全身の肌が逆立つ。背筋を氷で貫かれるような感覚。


完全なるトラウマだ。昨日の出来事に結衣はショックを隠せない。

この町にはあんなに怖い人がいるのか。引っ越してきたばかりなのにもうこの町に住むのがイヤになってしまった。


生まれ育った町に、和平町に帰りたい。しかし父親の仕事の都合なんだから仕方ない。結衣がワガママを言って両親を困らせるわけにはいかない。

結衣はこの町で頑張らなくてはいけない。たとえ辛くても、常に笑顔でいて両親を安心させなきゃいけない。

真面目な結衣には親に心配をかけるという選択肢はない。


泣きたくなる感情に喝を入れ、結衣は制服に着替えて2階の部屋から1階に降りる。



「おはよー!」


「おはよう結衣」


「おはよう」



リビングに行くと、台所で朝食の準備をしている母と、冷蔵庫の中を見ている兄がいた。


結衣の母、北条美香みか

ごく普通の主婦。40代。


結衣の兄、北条哲也てつや

提央町唯一の大学、提央大学に通うことになった大学2年生。20歳。


父はもう仕事に行っている。かなり忙しい。

これが結衣の家のいつも通りの日常。


とにかく昨日のことは忘れよう。いつも通り元気に。結衣は気持ちを切り替えた。



結衣はそう強く決心して哲也と向かい合う形で席に座り、朝食を食べ始める。

哲也が結衣をジーッと見ているのに気づいた。



「な……何? どうしたの兄さん」


「いや……お前の方こそどうした? 元気なさそうに見えるぞ。何かあったのか?」


!?


いつも通りにしてたはずだったのに瞬時に哲也に見抜かれた。結衣のことならなんでもお見通し。伊達に兄妹やってない。兄の前では隠し事はできない。

言うべきか、昨日のことを。しかし兄にも心配かけたくない。


頭を抱えて悩む結衣。哲也はそれを不思議そうに見つめる。

隠し事できないと思いつつも会ったばかりの男にキスされたなんて言えず、ごまかすことにした。



「い……いやいや別になんでもないよ!?」


「……めっちゃ動揺してるな。ホントにわかりやすいな結衣」


結衣はギクッとした。そのまま黙り込んでしまう。



「別に言いたくないならいいんだけどさ。何か困ったことがあるならもっと頼ってほしいぞ。お前は昔からなんでも1人で背負い込むからなー」


「う……うんありがとう兄さん」



たった1人の兄に心配してもらえたのは嬉しいし心強い。

しかしやっぱり言えない。あんなヤバイ不良に絡まれたなんて。下手に話したら哲也にも危害が及ぶかもしれない。というか言う必要ないと思う。


結衣は別に不良なんかと何の関係もないんだし普通に生活していればあんな奴と関わることなんてないんだから。大丈夫、もう二度と会うことなんてない。だからもっと元気出すべきだ。



結衣はポジティブに切り替え、学校に行く支度をして玄関に行く。



「行ってきまーす!」


「行ってらっしゃーい」



母の返事を聞きガチャッとドアを開けた。




 「―――」




ドアを開け、外の世界を見た。

見た瞬間、外がすべて真っ黒に塗り潰されてるような感覚に陥った。


ここはどこだ。地獄か。この世の終わりか。



ドアを開けた、その向こうに。自宅の目の前に。

南場流星と、菅原健人がいた。



「よう。会いたかったぜカワイコちゃん」


ニヤリと笑う流星。



「おはようございます」


礼儀正しくお辞儀する菅原。



結衣の周りだけ世界が止まった。

1秒後、結衣の世界が動き出す。



―――バァン!!!!!!



刹那だった。頭で考えるより先に身体が動いた。結衣は反射的にドアを思い切り強く閉めた。カギも閉めた。


ドアの内側にへばりつき、バクバクと心臓が暴れる。身体中の神経が警鐘を鳴らす。ガクガクと足が震える。顔は真っ青になり、ダラダラと冷や汗を流す。


なんであいつらが結衣の家の目の前にいるんだ。怖い。殺される。結衣の中ではノコノコ出ていったら確実に殺されるという確信があった。

またガクガクビクビクするが、なんとか凍りついた身体を落ち着かせる。

今のはきっと幻覚だ。内心ビビりまくってるから幻覚が見えたんだ。



結衣はそーっとドアの覗き穴から外の様子を見る。見た瞬間慌てて目を逸らした。


幻覚じゃなかった。めっちゃ睨んでる。結衣は怖すぎて涙目になった。

どうする? これじゃ外に出れない。出たら殺される。でも早く行かないと遅刻する。

真面目な結衣には学校に行かずに家に引きこもるという選択肢はない。



そのとき、哲也が玄関にやって来た。結衣はドキッとする。



「あれ? 結衣、もう出かけたんじゃなかったのか? どうした忘れ物か?」


「ひゃっ……! に、兄さん……! あ……う、うん! そんなとこ……」


「……?」


「あ……あはは……」


「あの……結衣? 俺ももう大学に行かなきゃいけないんだけど……なんでドアを塞いでんの? どいてくんない?」


「あ、うん! そ……そうだよねははは……」


ドアを通せんぼしてるような形になってる結衣を見て不審そうにする哲也。



今、外にはあいつらがいる。哲也が今外に出たらあいつらと鉢合わせしてしまう……哲也を巻き込みたくない。

でもこのままずっと哲也を通さないわけにはいかない。これじゃ兄妹そろって遅刻してしまう。


どうしよう……マジでどうしよう。どうしたらいいかわからない。結衣はかつてないほど頭をフル回転させるが奴らと会わずに学校に行く方法が思いつかない。


どうすることもできず結衣は詰んだ。そのときだった。



―――ガァンッ!!!!!!



突然何かがドアにぶつかるような大きな音がした。結衣はびっくりしてドアから逃げるように離れる。


家の中からなかなか出てこようとしない結衣を待ちきれなくなった流星が、外からドアを思い切り蹴りつけたのだ。


もう一度ガンッ! っとドアを蹴る音がする。その音は当然哲也にも聞こえていて、怪訝そうな顔をする。

外に誰かいることに哲也も気づく。この乱暴な音。明らかに訪問客って感じではない。


怪しいと思った哲也は警戒心を強める。結衣は恐怖で腰を抜かしそうになったがなんとか堪える。



一方ドアの外の様子。

外から2回ドアを蹴ってもまだ結衣が出てこない。流星はイライラしてきた。



「ちょっと南場さん!? 乱暴なことはしないでくださいよ!?」


「うっせぇ黙ってろ」


まずいと思った菅原が注意するが流星が従うはずもなかった。


「さっさと出て来いよ。出てこねーならドアぶっ壊すぞ?」



流星は強行手段に出た。全力でドアを蹴り破ろうとする。


その瞬間、ガチャッとドアが開いた。開けたのは哲也だ。

流星は蹴ろうとした足をピタリと止めた。



哲也と流星が会ってしまった。

結衣はオドオドして縮こまる。

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