4.歴史に新たな1ページが刻まれました

 「―――ぷはぁ……」


そのタイミングで流星は唇を離す。濃厚なキスだったと証明するようにツーッと銀色の糸を引いた。


「……とまあこんなとこか。どうだオレのキスは? 気持ちよかったか?」


「…………」



返事はない。結衣の周りだけ時間が止まったかのように、結衣は固まって動かなくなってしまった。

流星は不思議に思いながらも結衣の応答を待つ。しかし、結衣に反応はない。



「……? お? おい、どうした?」


「…………」


さっきまではあれだけ赤く火照っていた顔がウソのように無機質になった。

結衣の感情が読み取れない。石像になってしまったのだろうか。



「おいどうしたんだよ何とか言ったらどうだ? 黙らせるとは言ったがそこまで黙らなくてもいいんだぞ?」


「…………」


結衣の頭をツンツンとつつくが、それでも返事はない。流星はニヤリとした。


「ほほう……もしかして放心状態になるくらいオレのキスが良かったか? お前が望むなら何度でもしてや……」

「……ふ」


そこで結衣がようやく言葉を発した。



「は? なんて?」


「………………

………………ふ……」


「ふ?」


「ふ……ふ……ふ」


「え? 何?」




「―――ふざけんなこのドスケベ!!!!!!」



―――キーン!!!!!!



「~~~~~~ッ!?!?!?」




瞬間、何が起きたのか理解できなかった流星。世界が180°変わった。近くで見ていた菅原は目を見開いて驚いたと同時に背筋がゾッとした。


菅原が見た光景。

結衣は、流星の股間を思いっきり蹴り上げた。



「ッ~~~~~~!!!!!!」



いくら最強の強さを誇る流星でも、男の大事な急所を突かれてはひとたまりもなかった。しかも結衣とのキスの直後で酔いしれてて気が抜けて油断しまくっていたところでの最悪の一撃。ガチのマジでクリティカルヒットした。この世の地獄をすべて含んだような痛みが走った。


崩れ落ち、膝をつく。両手で股間を抑えて背中を丸め、うずくまって悶絶した。


結衣はハァハァと荒い呼吸をする。長いキスで息をさせてもらえなかった分、解放された今大きく息を吸い、吐く。

息が落ち着いてきたら、ギリッと奥歯を噛み締めた。


無様に這いつくばってプルプルと悶える流星を見下ろし、睨み付ける。その瞳は瞳孔が開いていた。



「ッ……!! 最低……!! ―――っサイッッッッッッテ――――――!!!!!!」



結衣はブチ切れ。公園中に響き渡りそうなほどの落雷のような怒号をうずくまる流星に叩き落とした。



「いきなりキスするとか何考えてんのっ!?」


「ッ~~~!!」


「しかも舌まで入れてくるし信じらんないっ!!」


「~~~~~~ッ……!!」


「私のファーストキスどうしてくれんの!?」


「~~~☆△※□ΩΘ~~~!!」


「何とか言えよ変態!!」



思い切りアソコを蹴られた流星は立てない。喋る余裕すらない。プルプル痙攣し、地面に顔面をめり込ませるくらい痛がった。人生最大の痛み。というか、ケンカ無傷無敗だった流星にとって人生初の痛み。

それがよりによって男の一番弱い大事な場所を……男としてこれ以上ない最悪の展開だった。


結衣は怒りがなかなか収まらず屍と化した流星に追い討ちをかけるように罵倒を繰り返すが、ふと我に返る。



「はっ……ファースト……キス……」


結衣にとって紛れもなくファーストキスだった。出会ったばかりの男に無理やりされるなんて、こんな最悪の形で初めての唇を奪われるなんて夢にも思わなかった。


初めてという事実を再確認すると、怒りやら悔しさやら恥ずかしさやらで顔を茹ダコのように真っ赤に紅潮させ、目には涙が溜まり、爪が食い込むほど拳を握りしめた。



「…………!! ~~~……!! ああああああああああ!!!!!! 二度とツラ見せんなボケェェェェェェ!!!!!!」



結衣は耐えられずクルッと背を向け全速力で走り去った。公園が見えなくなるくらい離れても、走る速度を落とすことはなかった。


走りながら袖で何度も何度も唇を強く拭く。唇が痛くなっても構わず擦る。しかし、拭いても拭いても忌々しいスケベ野郎の唇の感触が消えない。



最悪! 最悪!! 最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪……!!


とにかく今の結衣の頭の中は『最悪』という言葉しか出てこなかった。

なぜ、どうして結衣がこんな目に遭わなくてはならないのか。別にファーストキスに強いこだわりがあるわけではなかったが、でも……それでも、それでもあんな奴にだけは奪われたくなかった。


泣きたくない。必死に涙を堪えようとした。それでもボロボロ溢れてくる。


ただでさえ可愛くて目立つ女の子が涙を流しながら走る。通行人からジロジロ見られるが、そんなことはどうでもよかった。

夕日に照らされながら、ひたすら全力で走り去るだけだった。




―――




 ……シーン……


結衣が走り去ったあとの馬頭公園。


未だに股間の痛みが引かずなかなか立ち上がれずにいる流星と、唖然とした様子で見ているだけの菅原。さっきまでとは一転、流星の悶え苦しむ声がする以外は静寂の空気になった。


同じ男として痛みが想像できて心の底から同情する菅原だったが、最近の流星は調子に乗りすぎだったことを思い出し内心ざまあみろという気持ちもあった。しかし一応知り合いだし一応心配くらいはするべきだと思った。


「……あ……あの……大丈夫ですか? 南場さん……」


「……っ……くっ……~~~っ……」


未だに言語を話せない。結衣の怒りのすべてを股間で受け止めてしまったのだから、そのダメージは計り知れない。しかし結衣の心の方が痛かったのだ。流星は反省しなければならない。



「……あ、提央祭終了の時間になりましたね」


菅原は腕時計を見て、終了時刻の17時になっていることに気づいた。


「立てますか? 南場さん」


「ッ~~~……」


「……無理そうですね南場さんアウト」


「~~~ッ……」



終了時刻になっても流星は立てなかった。最強の不良南場流星が初めて敗北した瞬間である。

急所だから反則とかノーカンとかそういうのは一切ない。なんでもありのルールなので負けである。



 菅原はスマホを取り出して電話をかける。



『ハイ提央祭運営本部です』


「菅原です。提央祭の結果が出ましたので報告します。なんと今回の提央祭ではとんでもない大波乱が起きました。

今まで無敗を誇っていたあの最強の不良南場流星がまさかの一発KOを喫しました。今回優勝すれば通算50回目の優勝になるはずだった南場さん。今回も圧倒的な強さで次々と参加者を倒していきましたが最後の最後で落とし穴が待っていました。

油断大敵とはまさにこのこと。残り時間あとわずかのところで無様に敗北し恥ずかしい醜態を晒したのです!」


淡々と今回の提央祭の内容について話す菅原。あの南場流星がまさかの敗北という衝撃の結末だったにも関わらず、電話相手の運営の人は落ち着いて話を聞いていた。



「そしてその南場さんを倒し今回の提央祭優勝を果たした者は―――聞いて驚いてくださいなんと女の子なんです! しかもめちゃくちゃ可愛いんですよ! 私もすごく好みのタイプです!」


『いや会長の好みとかはどうでもいいです』


ちょっと、いやだいぶ興奮気味の菅原に対し運営の人は冷静に言い放った。



「たまたま通りがかった巨乳美少女が今回の提央祭の優勝者! 女の子が優勝するのは提央祭史上初めてです! 歴史に新たな1ページが刻まれました!」



今月4月の提央祭、優勝したのは北条結衣。

結衣は逃げてしまったので本来は参加者資格を失ってるのだが、毎月優勝者を出さなければいけないルールなので該当者は結衣しかいないのだ。


とにかく、結衣がこの町の王になる。

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