【日常】捨てられ皇女はスパチャで幸せ【実況】政変で処刑された皇妃の娘として離宮に幽閉されたけど、リスナーがいるので生活水準は最高です!

緋色の雨

捨てられ皇女はスパチャで幸せ

「ほら、夕食をもってきてあげましたよ」


 アウレリオ皇国の城にある離宮の一室。メイドがぞんざいな態度でテーブルの上に食事を並べる。スープに具はほとんど入っておらず、パンはいかにも固そうだ。

 だが、それを差し出された部屋の主、セレスティア皇女はなにも言い返さない。それが気にくわなかったのだろう。メイドは不満気に鼻を鳴らした。


「まったく、大罪人の娘にこんな屋敷を与えるなんて、カシウス皇帝もお優しいこと。貴女は慈悲で生かされているのを忘れないことね」


 吐き捨てるように言い放ち、メイドは部屋を退出していった。

 それを静かに見送ったのはセレスティア・アウレリオ。今年で十六歳になる彼女はアウレリオ皇帝の娘にして、政変によって処刑されたルミエ皇妃の娘である。


 彼女の両親は仲睦まじい夫婦だった。だが、いまから四年と少し前。ルミエの祖国、ミスティア国が一方的に同盟を破棄してアウレリオ皇国に攻めてきた。

 結果的にアウレリオ皇帝は大勝を収めたが、領地に大きな傷痕を残すことになる。ミスティア国が攻め込んできた際、アウレリオの村や町で略奪行為をおこなったのだ。


 決して許される行為ではない。

 また、ミスティア国が一方的に同盟を破棄したことも問題だった。そもそもルミエが嫁いできたのは、両国が同盟を結ぶゆえでの平和の象徴だったから。


 ゆえに、ルミエの存在が問題になった。彼女という存在がアウレリオ皇国の油断を誘い、大きな被害を生み出す原因になったからだ。

 むろん、見識のある者は、ルミエがこの件に無関係なことを理解していた。だが、傷付いた人々は怒りの矛先を探していた。その恰好の的がルミエだったのだ。


 こうして、ルミエは大罪人として処刑された。

 本来であれば、その娘のセレスティアも処刑されるはずだった。だが、当時の彼女は十歳と幼く、また皇帝の血を引く娘ということで処刑だけは免れた。


 彼女は離宮に封じられ、四年ものあいだ寂しい日々を送っている。衣類は古くさいデザインの古着を身に纏い、使用人の賄いにも劣る食事をする。

 そんな日々をセレスティアは受け入れた。

 そして、これからも孤独な日々を過ごすつもりだった。

 だけど――


「……これは?」


 食事を終えたセレスティアが顔を上げると、そこに手の平サイズの球体が浮かんでいた。黒いそれは、中心に丸いガラスのようなものが埋まっている。

 手を伸ばせば、その球体には触れることが出来た。


 それを不思議に思っていると、今度は淡い光を纏う半透明の板が虚空に現れた。そこに、いくつかメッセージが表示される。


『初見です』

『これは……洋館ですか?』

『むちゃくちゃ可愛い……けど、なんでそんなにボロボロ?』

『何処の国だろ?』

『ってか、タイトルがなかったけどなに配信?』


 メッセージが淡い光を纏う半透明の板――メッセージウィンドウに表示される。それを目にしたセレスティアは、球体を通して誰かが自分を見ているのだと直感で理解した。


 不信に思わなかったと言えば嘘になる。だが、四年ものあいだ孤独な日々を続け、人とのコミュニケーションに飢えていたセレスティアの好奇心がまさった。


「皆様、初めまして。わたくしはセレスティア・アウレリオですわ」


 浮かれて名乗り、すぐに失言だったと後悔する。

 セレスティアは大罪人の娘として離宮に幽閉されている身だ。そんな自分が、外部と連絡を取った。そんな事実を城の者に知られると立場が悪くなると思ったから。

 だけど――


『へぇ~、セレスティアちゃんって言うんだ。日本語、上手だね』

『ってか、アメシストの瞳って珍しい。カラコンかな?』


 メッセージの主達は、セレスティアの家名に反応しなかった。


(わたくしのことを……知らない? それに、日本語とは……)


 疑問に思ったセレスティアは、黒い球体――WEBカメラに向かって質問をする。

 そうしていくつかのやりとりを交わした結果、いま現在、WEBカメラにって自分の姿が遙か彼方に配信されていることを理解した。


(アウレリオの皇族には特異な能力が発現すると聞いていましたが……これがそうでしょうか? 皇族の力は秘匿されているので、確認しようがありませんわね)


 本来であれば親から習うことなのだが、そのまえに離宮に幽閉されたセレスティアにそれを確認する術はない。

 彼女の知識は幼少期に習ったことと、部屋にある一般的な書物だけである。


「ひとまず、状況は理解しました。そちらの世界にある配信サイト、ですか? そこに、わたくしの姿や声が配信されている、ということですね」

『そちらの世界と来たかw』

『異世界から配信しているって設定なのかな?』


 設定と言われ、自分の言葉が信用されていないことに気付く。

 だが、セレスティアにとってそれは大した問題ではなかった。重要なのは、なんのしがらみもなく、コミュニケーションを取れる相手が見つかったこと。


「皆様、せっかくだからわたくしのおしゃべりに付き合ってくださいませ」


 セレスティアは離宮に移ってから初めて微笑んだ。



 こうして、離宮に封じられたセレスティアに楽しみが出来た。最初はぎこちなかった彼女だったが、すぐにその環境に適応していった。

 不思議なことに、配信は二十四時間の垂れ流しで止めることが出来ない。けれど、カメラの位置は自分の意思で遠ざけることが可能なため、特に困ることはなかった。

 そして一ヶ月が過ぎ――


「モノクロの日々に彩りを。ITuber(IsekaiTuber)のセレスティアですわ! 今日も朝から待ったり配信、やっていきますわよーっ!」


 セレスティアはすっかり配信に染まっていた。

 いや、染まりすぎだろう――と突っ込む人は不在だ。セレスティアのあれこれを設定だと思っているリスナーは、ただセレスティアが配信に慣れただけだと思っている。


『おはセレスー』

『今日はなんの話をするの~?』

『初見です』

『配信一ヶ月おめでとう!』

『なんか記念配信とかする?』


 リスナーも固定ファンが増えてきた。


「そういえば、もう一ヶ月も経つんですわね。皆様と出会ってから、あっという間の一ヶ月でしたね。……記念配信ですか? どのようなものがあるんでしょう?」


 問い掛けると、すぐにリスナーが記念配信の例を教えてくれる。それらに目を通していたセレスティアは、その中の一つで目を止めた。


「質問ですか? そうですわね……かまいませんわよ」


 セレスティアは日本のことを知らなかったため、彼らの質問をはぐらかしていた。だが、一ヶ月が過ぎておおよその常識を知ったこともあり、これを質問解禁の機会と捉えた。


『マジで? じゃあ質問だけど、セレスは何処に住んでるの?』

「アウレリオ皇国の離宮に住んでいますわ」


 嘘偽りのない答え。一部のリスナーが『結局設定の話かw』とコメントした。だが、多くのリスナーは、新たな設定が出たことに言及する。


『アウレリオ皇国? セレスはセレスティア・アウレリオだったよな?』

『え、もしかして皇族設定なの? そんなみすぼらしい恰好なのに?』

「みすぼらしくて悪かったですわね! これには事情があるんです!」


 ちょっぴり拗ねてみせれば、『可愛いw』といったコメントが流れた。だが中には、『事情って予算的な意味だろ、知ってるw』と言ったコメントも流れている。


「予算不足なのは間違いではありませんわね。ただ、皆様が想像している予算とは違うと思いますわ。だってわたくしは……」


 セレスティアはその続きを口にすることを躊躇った。だが、少し物思いに耽ったあと、彼女はある信念を持ってその続きを口にする。


「だってわたくしは、大罪人として処刑されたルミエ皇妃の娘ですから」


 一瞬、カメラの向こうにいる人々が凍り付いたような錯覚を抱く。実際、コメントはしばらく止まっていた。そして永遠のような一瞬が過ぎ、新たなメッセージが届いた。


『い、いきなり重い設定をぶっ込んできたな』


 そのメッセージを読み上げたセレスティアは、設定であることを強調するように微笑む。


「驚かせてすみません。でもわたくし、なに一つ恥じることはありませんのよ」


 そんな前置きを一つ、自分の母が処刑された理由を口にする。


『そんな理由で処刑されるなんて酷くね?』


 そのコメントを拾い、セレスティアは静かに首を横に振る。


「ミスティア国が残した傷痕は大きすぎました。それに、お母様は平和の象徴だったから。その平和が破られたとき、責任を取らなければいけない立場にいました」


 責任者は責任を取るのがお仕事。ゆえに、平和の象徴として嫁いできたルミエは、その平和が破られた責任を取る必要があった。

 たとえそれがどれだけ理不尽な理由であったとしても。


『それでも、理不尽だって』

『セレスは皇帝を怨んでないのか? 自分の母を処刑させたんだろ?』

「怨んではいませんわ」


 セレスティアは迷わずに答えた。


「もちろん、お母様が処刑されたことは哀しいです。だけど、お父様は最後までお母様を助けようとしてくださいました。それに、本当なら一緒に処刑されていたはずのわたくしを救ってくれました。だから、怨むはずありませんわ」


 政治的に考えれば、セレスティアの存在は皇帝の足かせだ。メイドが皇帝はセレスティアに対して優しいと揶揄したように、セレスティアは皇帝の甘さの象徴となっている。

 彼の地位を守るためなら、セレスティアを殺すべきだった。


「……重い話をしてすみません。でも、誰かに聞いて欲しかったんです。わたくしが、お父様の慈悲に心から感謝しているって」


 リスナーが異世界の住人で、セレスティアを設定上の人物だと思っているからこそ打ち明けられたこと。なぜなら、アウレリオ国の人間にこの話をすれば、皇帝である父親の立場が悪くなる。カシウス本人に伝えたとしても、彼は立場的にそれを否定するしかない。

 だからこそ、セレスティアはこの配信で自分の本心を打ち明けた。


 だが、やはり少し話しすぎたと反省する。そうして話題を変えようと思ったのだが、そんなセレスティアの目に気になるコメントが飛び込んできた。


『じゃあ、父親以外の人のことはどう思っているんだ?』

「父親以外というと、民衆のことですか? 民衆がお母様を怨むのは仕方のないことだと思っていますわ。もちろん、いつか分かってもらえれば……と思いますが」

『いや、そうじゃなくて、両親以外の家族とかは?』

「あぁ……そうですわね」


 セレスティアはかつて仲のよかった従兄の兄、レヴィアン皇太子のことを思い出した。本当の兄妹のように仲がよく、だけど兄妹ではない存在。

 セレスティアにとっての初恋の相手。


「実はわたくしにはお兄様と慕っていた従兄がいました。わたくしが離宮に封じられてからは一度も会えていませんが……元気にしているでしょうか?」

『一度も会いに来ないなんて酷いな』

『その従兄を怨んで、いるのか?』


 そのコメントからは、なぜか躊躇いのようなものが感じられた。セレスティアはそれを不思議に思いながら、だけどハッキリと首を横に振った。


「さっきも言いましたが、わたくしがこうなったのは仕方のないことですわ。寂しいと想うことはあっても怨むことはありません。お兄様のことも同じですわ。何時かまた、昔のようにお話できれば……とは思っていますが」

『セレスはそんな風に想っていたのか……』

『ええ娘や』

『さすが俺の娘、感動した!』

『誰がおまえの娘だw』

『俺がセレスの兄だ』

『便乗するなw』

『設定って分かってても泣ける』

『そういや設定だったな。聴き入ってたわw』

『チャンネル登録しました』


 そういったコメントがあふれ、そして――


・チャンネル登録数が1000を越えました。

・総再生時間が4000時間を越えました。

・配信スキルのレベルが2になりました。

・収益化が認定されました。

・スパチャが受けられるようになりました。

・ショップが解放されました。


 そのようなメッセージがコメント欄の横にある余白に表示された。そしてそれを読み上げると、リスナーから様々な反応があった。


『収益化おめでとうーっ』

『配信ってスキル扱いなのかよw』

『ってか、ショップってなんだよw』

『異世界ってより、ゲームの中みたいになってきたなw』

『取り敢えずショップが見たい~』


 それらのコメントを確認したセレスティアは、ショップを確認するためにウィンドウにタッチする。半透明のウィンドウは摑むことが出来ないが、指を添えると微かに感触がある。

 そうしてショップと書かれたアイコンを触ると、ウィンドウにラインナップが表示される。


「これは、精巧なイラスト……でしょうか? なにやら、美味しそうなご飯がたくさん紹介されていますわ。ショップと言うことは……買えるのでしょうか?」


 通信販売という認識がないセレスティアは不思議そうに瞬いた。それから、たとえ購入する手段があったとしても、自分には自由に使えるお金がないことに気付く。


『収益化と同時に来たってことは、スパチャで購入できる設定なのかな?』

『かな~? って言うかセレスちゃん、ショップの画面をみたい!』


 それを見たセレスティアは、カメラを自分の肩越しにウィンドウが見えるように調整する。


「これでよろしいですか?」

『完璧、ありがとう!』

『精巧なイラストって写真のことかw』

『ってか、通販サイトってより出前サイトのホームページだなw』

『上にタブがあるみたいだぞ。押してみ?』


 タブがなにかと確認すると、上に項目を切り替えるボタンがあると教えられた。そうして確認すると、料理の他に衣類や家具、書物のタブが存在していた。

 セレスティアはさっそく衣類のタブを押してみる。


「わぁ……可愛らしい服がたくさんありますね。でも、足を出した洋服が多いですね。もしかして、子供用の服なのでしょうか?」

『子供用? 普通のスカートだが?』

『ってか、今年の流行じゃねぇかw』

『異世界がログアウトしました』

『……ほう。異世界ではこのような服が流行っておるのか』

『異世界のファッションもセレスに似合いそうだな』

『おいw なんか異世界目線のやつがまざってんぞw』


 それらのコメントを眺めながら、異世界とこの世界ではファッションが異なることを理解した。その上であらためてみると、たしかに造りが見たことのない物ばかりだ。


(でも、とても素敵ですわね)


 こんな洋服を着て外出できれば楽しいだろうなと想像して、けれど自分が離宮からは一歩も外に出られないことを思い出して唇を噛んだ。

 セレスティアは無言で次のタブへと移動する。


「家具は……どれも普通ですね。いえ、この離宮にある家具と比べればとても素敵ですが」


 かつては煌びやかなお城で暮らしていたセレスティアは特に驚かない。だがリスナーからは、見た目よりも使い心地はいいと思われる、といったコメントが届いた。

 そういうものかと思いながら、続けてのタブを選択する。


「こっちは書物ですか。様々な入門書が並んでいますね。礼儀作法の書物以外は持っていないので……いえ、なんでもありませんわ」


 どれだけ欲しいものがあったとしても買うことは出来ない。それを思い出してそっと目を伏せる。セレスティアの視界に、数字付きのコメントが目に入った。


『少しだけど、欲しいものを買う足しにしてくれ』

「……え? これは、なんですの?」


 困惑するセレスティアに、コメントがスパチャを投げたのだと教えてくれる。


「スパチャ……つまり、お金を送ってくださった、ということですか? え、そんな……いただいてしまってよろしいのでしょうか?」

『いいからいいから』

『俺も投げとこ』

『む、スパチャはどうやって投げるのだ?』

『くっ、投げ方を調べてくる!』

『収益化記念でっ!』


 いくつもの数字が飛び交う。


「皆様、わたくしのためにこんなによくしてくださって……ありがとうございます」


 離宮に封じられて以来、セレスティアが初めて受けた厚意。思わず涙ぐんで、だけど泣かないように必死に堪えるセレスティアに優しいコメントがたくさん届いた。


「本当にありがとうございます。せっかくなので、なにか買ってみたいと思います」


 セレスティアがそう言うと『……あっ』とか、『それは……』といったコメントが流れる。


「なにか、問題がありましたか?」

『いや、問題というか、スパチャは入金まで一ヶ月くらいかかるはずだ』

「あ、そうなんですね。ではお買い物はそれまでお預けですね」


 残念に思うが仕方がない。

 けれど――


『なあなあ、ショップの上に表示される数字、残高だよな? スパチャを投げたら、すぐにその数字が増えてるんだけど……もしかしたら使えるのでは?』

『そんなはず……いや、ホントに増えてるな。 もしや、そういう設定か?』

『って言うか、収益化の条件が達成してから、許可が下りるまでも本来なら時間が掛かるはずだぞ。そのあたりは仕込みだったのかもだけど……』

『いや、チャンネル登録数が条件を達成したのは今日だ』


 しばらくそういう話が流れ、セレスティアは置いてきぼりを喰らう。だが、そういったコメントの合間に『取り敢えずなにか買ってみたら?』というコメントがあった。

 セレスティアは「そうしてみますわね」と料理のタブを開いた。そして食べ物とは思えない煌びやかな見た目のケーキセットを購入した。


「置く場所を設定……ですか? ではテーブルの上で」


 セレスティアが座る椅子のまえ、丸テーブルをしていする。次の瞬間、ウィンドウの向こう側にある丸テーブルに、突然ショートケーキと紅茶のセットが現れた。


「……本当に現れましたわ」


 ちょっぴり驚くセレスティア。

 そして――


『は? ちょ、え?』

『いきなりケーキセットが現れた!?』

『と、特撮か?』

『いやいやいや、ずっとライブだっただろ?』

『じゃあ合成とか』

『それならありえる、のか……?』


 そういったコメントを他所に、セレスティアはそのケーキセットに目を奪われる。


「えっと。それでは、皆様のおかげで購入できた、イチゴのショートケーキと紅茶のセットを食してみたいと思います」


 上品さを保ちつつ、だけど我慢しきれない様子でフォークを手に取った。初めて目にするケーキを器用に切り分けて、その一欠片を口に運ぶ。


「~~~っ。……んっ。甘くて美味しいよっ!」


 目をキラキラと輝かせて、子供のように無邪気な笑顔を見せる。そうして二口、三口と、続けてショートケーキを口にした。

 それから紅茶を飲んで一息吐き、ようやくコメントを目にした。


『可愛いw』

『お腹、空いてたんだな』

『欠食児童かw』

『上品さを保ちつつ、パクつくお嬢様いいぞw』


 セレスティアは頬を朱色に染めて、恥ずかしさを隠すように両手で頬を押さえる。


「えっと……その、お恥ずかしいところを見せてしまいました」

『いや、可愛かったからいいぞw』

『ってか、普段の食事はカメラに写さないようにしてたけど……どんな食事だったのか気になってきたぞ。もしかして、相当ヤバいのでは?』

『たしかに、言われてみるとそんな気もするな』

『ふむ、これは調査する必要がありそうだ』

『なんの調査だよ? あ、聞き込み調査かw』


 実際のところどうなんだという質問が飛んでくる。セレスティアは少しだけ視線を彷徨わせたあと、「恥ずかしいから秘密です」とはぐらかした。

 それから、せっかくだから家具とかも見てみましょうとタブを切り替える。セレスティアは少し迷ったあと、ベッドと掛け布団の一式を購入した。


 備え付けの家具はみすぼらしいが、離宮には部屋がたくさんある。セレスティアは少し考えた末、奥にある寝室の、元からあるベッドの横に新しく購入したベッドを設置した。

 次の瞬間、なにもなかった空間にベッドが置かれる。


『マジで現れたw』

『もはや特撮とかCGってレベルじゃねぇなw』

『マジで異世界だったり?』


 別の理由で驚くリスナーを他所に、セレスティアはそのベッドに腰掛ける。


「たしかに、とても座り心地が良いですわね。それに肌触りも。これも、皆様がスパチャを送ってくれたおかげですね。ありがとうございます」

『どういたしまして』

『俺の送ったスパチャで買ったベッドに、セレスちゃんが……ゴクリ』

『通報しました』

『ってか、メイドに見つかったりとか、大丈夫なの?』


 物が増えていても驚かれないのかと心配する声も上がる。


「心配してくださってありがとうございます。見つかったら危ないですが、メイドはわたくしが普段いる部屋にしか来ないので、寝室なら心配は要らないと思いますわ」


 人はそれをフラグという。

 ケーキがすごく美味しくて、今度は服を買おうとリスナー達とおしゃべりに興じる。そうして夜更かしをしたセレスティアは、久しぶりに快適なベッドで眠って……盛大に寝坊した。

 そして――


「なんですの、これは!」


 翌朝、いつもは起こしになんて来ないメイドの金切り声に驚いて飛び起きる。


「ど、どうして貴女がここに?」

「いつもの部屋にいないから、逃げたのかと思って探していたんです。よけいな手間をと思いましたが、探して正解でしたね。まさか、こんなベッドを隠し持っていたなんて。さあ、どうやってこのベッドを手に入れたのか教えてもらいましょうか」

「そ、それは……」


 まずいと焦るが、言い訳なんて思い付かない。

 言い淀んでいると、メイドは溜め息を吐いた。


「まぁいいでしょう。とにかく、このことは報告させていただきます」


 メイドがそう言って立ち去っていく。それからほどなく、使用人達が何人も入ってきて、セレスティアがせっかく購入したベッドを離宮から持ち出してしまった。

 そうして残されたセレスティアは静かに唇を噛んだ。


「……皆様、ごめんなさい。皆様のお金で購入したベッドを取り上げられてしまいました」


 俯いたセレスティアは悔しさに拳を握り締め、アメシストの瞳から大粒の涙をこぼす。そのリアルな光景を前に、リスナー達はなにも言えなくなってしまう。

 だが――


『セレス、おまえは悪くない』


 一つのコメントが表示された。

 そしてそのコメントに触発されるように、次々にコメントが表示される。


『そうそう。セレスちゃんは悪くないよ!』

『ってか、なんだよ、あのメイド!』

『普段から態度が悪いと思ってたけど、今回は酷すぎるだろ!』

『設定にしても胸くそが悪すぎる』

『逆にリアルっぽい』

『子供に罪はないだろうに……』


 リスナーの大半がセレスティアに同情的な態度を取る。それらのコメントに励まされたセレスティアは「皆様ありがとうございます」と目元の涙を指で拭った。

 それから、カメラへと視線を向ける。


「でも、彼女は……お母様の祖国に家族を殺された被害者なんです。だから、彼女のことをあまり悪く言わないであげてください」

『この状況でも相手を思い遣るなんて天使かな?』

『セレスちゃん、優しすぎるよ』

『セレスは優しいな』


 励まされ、セレスティアはちょっとだけ笑顔を取り戻す。


「優しいのは皆様の方です。わたくしは、せっかくのスパチャを無駄にしてしまったのに、こんな風に優しい言葉を掛けてくださって……」


 罪悪感を抱いて目を伏せるが、リスナーはその言葉を予想していたかのように次々にコメントを投稿した。


『セレス、スパチャならお兄様がいくらでも投げてやるから気にするな』

『お父様もスパチャだ』

『さり気なくなに言ってんだおまえらw』

『いや、さり気なくもねぇw』

『ってかそれ、何処の国の通貨だ?』

『取り敢えず俺もスパチャ投げる。そしてセレスちゃんにお兄様って呼ばれたい』

『ふざけるな。セレスのお兄様は俺だけだ』

『はー? セレスちゃんのお兄ちゃんは俺ですけどー?』


 同情と慰めの言葉、それにじゃれ合いのようなやりとりが続き、多くのスパチャが飛び交った。けれど、また同じことを繰り返したらと、商品を購入する気にはなれない。

 結局、セレスティアはリスナーの勧めで消え物、食事を購入して楽しむことにした。


 そして午後。

 いつもとは違うメイドが昼食を運んできた。


「……貴女は?」

「初めまして、セレスティア様。私はリネットと申します」


 年の頃は二十歳前後くらいだろう。栗色の髪に、金色の瞳。整った容姿の彼女は、思いのほか柔らかな物腰で挨拶をした。

 これが普通ではあるのだが、先任のメイドと比べるとかなり丁寧な物腰だ。


「初めまして、リネットさん。それで、どうして貴女がここに?」

「先任者は貴女が豪華なベッドを秘密裏に入手したことを告発した功績で栄転となりました。その代わりとして、私がこの離宮の担当になったんです」

「……そう、ですか」


 先任者が、告発した功績で栄転。リネットがあえてその言葉を口にしたのは、自分に対する牽制だとセレスティアは理解する。

 そうして神妙に頷くセレスティアに満足したのか、リネットは退出していった。


『新しいメイドさんも敵っぽいな』

『たしかに、新しいベッドとか見つけたら嬉々として報告しそうだ』


 コメントを見て、セレスティアも「そうですよね」と同意する。だが、そんな流れの中で、『いや、意外とそうでもないんじゃないか?』というコメントが目に入った。

 セレスティアはそれを読み上げ、どうしてそう思うのかを尋ねた。


『以前のメイドは、セレスに敵愾心を抱いていた。だが、あのリネットというメイドは、どっちかっていうと栄転に興味がありそうだろ?』

「……それは、たしかにそうですわね」


 先任者のメイドは、セレスティアが柔らかいベッドで寝るのが許せずに告発したイメージ。だがリネットは、それによって先任者のメイドが栄転したことに重きを置いて語った。

 それはつまり買収――もとい、彼女と仲良く出来るかもしれない、ということである。


「皆様、一つお願いがあります」


 セレスティアが口にしたのは、リスナーからもらったスパチャで買い物をすること。もちろん、リスナーはセレスティアに上げたものだから好きにすればいいと言ってくれた。


 そして翌日。

 セレスティアは午後のティータイムにあわせてリネットを呼び出した。怪訝に思いながらもリネットがセレスティアの待つ部屋にやってくる。

 そうして部屋に入ったリネットは、その様子を見て目を見張った。


「これは……堂々とこのような真似をして、一体どういうつもりですか?」


 リネットが目にしたのは、シンプルながらも品のよいテーブルクロスが掛けられた丸テーブルと、それを囲うように配置された座り心地がよさそうな椅子。

 そして、そのテーブルの上に配置された、様々なスィーツだった。


 リネットはセレスティアが外部からものを持ち込んだところを押さえたことになる。だが、リネットがこの時間にここに来たのは、セレスティアに呼び出されたからだ。

 ゆえに警戒心を剥き出しにするリネットに対し、セレスティアは柔らかな笑みを浮かべる。


「リネット、一緒に食べませんか?」

「……え?」

「わたくしがこれらを離宮に持ち込んでいることを黙っていてくれたら、これを毎日食べることが出来ます。悪い話ではないと思いませんか?」


 堂々と買収を開始する。


『これが汚職の現場か』

『悪い子がいるぞw』

『いやでも、状況を考えたら、さぁ?』

『まあ、悪だと断じることは出来ないよな』


 コメントを横目に、セレスティアはリネットの反応をうかがった。彼女はこのような状況にもかかわらず冷静で、何処かセレスティアの反応を楽しむように微笑んでいた。


「セレスティア様の甘言に乗らずとも、このことを報告すれば私は栄転できます。なのに、貴女の甘言になるという危険を冒す必要がありますか?」

「どうでしょう? 本当にそうお思いですか?」


 セレスティアはあえて問い返す理由を語らなかった。自分で説明するよりも、相手に気付かせた方が効果があると思ったからだ。

 だが――


「理由を訊いているのは私ですよ、セレスティア様」


 リネットは平然と理由を問うてくる。その態度は、理由が面白ければ買収されてやると言っているようにも聞こえる。少なくともセレスティアはそのように感じた。


(彼女の思惑が分かりません。でも、報告するつもりなら、わたくしの話に付き合う必要はないはずです。なら、説得の余地はある、ということですよね?)


 もとよりその可能性に賭けて買収に踏み切ったのだ。

 ここで引いたら意味がないと、セレスティアは口を開く。


「一度目は、わたくしが物を持ち込んだと報告するだけでもよかったかもしれません。ですが、二度目も同じ報告で出世できると思いますか?」

「無理かもしれませんね。ですが、少なくとも覚えはよくなるはずです」

「そうして得られる利益は、このケーキを食べるよりも大きな物ですか? はっきり言ってしまいますが、ここにあるスィーツは貴族でも手に入れられないような物ばかりですよ?」


 異世界製だから――とは声に出さずに呟いた。

 そして、リネットの視線がテーブルの上のスィーツに向けられる。


「たしかに、美味しそうですね。でも、貴女の行動を黙認してそれが発覚したら、私はただではすみません。そのような危険を冒す意義を感じませんね」


(その意義は、ケーキを食べれば感じられますよ)


 だが、それはケーキを食べたことがあるゆえの感想だ。共犯者にする――つまり、ケーキを食べさせるための一歩を踏み出させるための説得材料には成り得ない。

 だから――


「では、こういうのはどうでしょう? 貴女は、私がこのスィーツをどこから入手したか分からない。だから、わたくしの提案に乗った振りをしてそれを探っている、という名目は」


 その問いに、リネットは沈黙した。

 そうして長い沈黙を経てセレスティアに顔を向ける。


「……実際に探られる覚悟がおありですか?」

「それでは、さっそく一緒にお茶会を楽しみましょう」


 リネットの問いに、セレスティアは微笑みで応じた。



 こうして、リネットという共犯者を手に入れた。

 セレスティアは毎日決まった時間にリネットとお茶をする。そうやって彼女を懐柔することで、ベッドを始めとした家具の入れ替えを目こぼししてもらう。


 そのあいだに分かったことだが、リネットは思いのほか気さくな性格だった。セレスティアに恨みを抱いている様子はなく、毎日のお茶会は楽しいものだった。


 もちろん、リスナーとのやりとりも続けている。

 リネットとの裏取引が成立したことでセレスティアの不幸度が低下して、日々の暮らしも平凡になりつつある。そのためにリスナーの数は減ったけれど、固定のファンは残っていた。


 特に、自称お父様やお兄様を始めとした固定ファンが定期的にスパチャを投げるため、セレスティアの生活水準はむしろ向上していた。


 また、スパチャで手に入れた書物を読むことで、様々な知識も手に入れる。離宮に封じられた身ではあるが、セレスティアは充実した日常を手に入れたのだ。


 ――だが、そんな日常も長くは続かない。


 リネットがやってきてから半年ほどが過ぎたある日。

 セレスティアはリスナーの質問に答える時間を取っていた。


「どうして礼儀作法の本を読んでいるのか、ですか? そうですね……わたくしが離宮に封じられたのは政変が原因です。だから、いつかまた、ここを出られるかもと思って、ですね」


 そう答えると、今度は『皇帝の崩御を願っているのか?』なんて質問が飛んでくる。


「それは、とても怖い考えですわね。以前にも少し言いましたが、わたくしはお父様のことを愛しています。それに皇太子であるお兄様のことも。だから、政変が起こって欲しいわけではありません。ただ、二人とまた、仲良く出来ればいいな……と、そう願うだけですわ」


 皇妃が処刑された後、皇帝は新たな妃を娶らなかった。子供もセレスティアの一人だけだったため、皇帝は親戚から次の王を指名するという行動を取った。

 そうして選ばれたのがレヴィアン。セレスティアがお兄様と慕う従兄である。


『従兄か、まえに言ってたな。もうずいぶんと会ってないんだろ?』

「はい。でも、とても優しいお兄様です。ここだけの話ですが、わたくしの初恋相手ですわ。子供心にも、いつか彼のお嫁さんになりたいと思っていましたのよ。もちろん、いまのわたくしが、彼に釣り合うとは思っていませんが……せめて以前のように過ごせれば、と」


 セレスティアは少しだけ寂しそうに微笑んだ。


『お、俺が初恋相手だと? そうか、両想いだったのか』

『おまえじゃねぇよw』

『これは……寝取られの予感?』

『元からおまえに脈はねぇから』

『ガチ恋勢は出荷よー』

『そんなー』


 テンプレなやりとり。

 こうして、セレスティアはリスナーの質問に答えていった。

 これが、セレスティアが離宮で過ごした最後の日になる。その日の夜、多くの使用人を連れたリネットがセレスティアの寝室に乗り込んできたからだ。


「……リネット、これは?」

「ご覧の通りです。さきほど、カシウス皇帝陛下が、レヴィアン皇太子殿下に皇帝の地位を譲る決断をくだしました。貴女を取り巻く状況が変わった、ということです」


 その結果がこれ、ということなのだろう。

 セレスティアは、リネットとの共犯関係にあった日々が終わったのだと理解した。


『え、リネットが裏切ったのか!?』

『あれだけケーキを食べておいて今更?』

『ひでぇ!』


 セレスティアと同様に、リネットを信頼していたリスナーが憤る。

 だけど――


「リネット、いままでありがとう」


 セレスティアは感謝の言葉を口にした。

 それに対し、リネットの身がぴくりと揺れる。


「……なぜ、私にお礼を?」

「楽しかったから。それじゃダメ?」


 セレスティアは彼女の存在に救われた。リネットにどのような思惑があったとしても関係はない。そういって微笑むセレスティアに、リネットは少しだけ困った顔をした。


「……私も、楽しかったですよ、セレスティア様」


 彼女は未練を振り切るように背中を向けた。

 こうして、この半年で増えていった新しい家具が運び出されていく。そして、半年前の状態に戻った部屋で、セレスティアはまた寂しい生活を始める――つもりだった。

 だけど――


「それでは、ご同行願います」


 セレスティアは使用人達に部屋から連れ出された。そのまま連れて行かれたのは城内。一度別の部屋で待機させられ、それからまた何処かへ連れて行かれる。


『おいおい、何処へ連れて行かれるんだ?』

『まさか、今頃になってセレスティアを処刑するつもりか!?』

『セレスティアちゃん……っ』

『おいおい、そんな展開は見たくないぞ!』

『誰か、セレスティアを助けてやってくれ!』


 無残な結末を予想して、悲痛な叫びがメッセージに表示される。

 だが、セレスティアは胸を張って彼らの案内に従った。状況を楽観視しているわけではなく、皇女として最後まで毅然な態度でいようと思ったからだ。

 案内されたのは謁見の間、だった。


 カシウス皇帝が玉座に座り、その隣にはレヴィアン皇太子が座っている。約五年ぶりの再会に、セレスティアは思わず懐かしさを覚えた。

 だが、ハッと我に帰ってすぐに跪く。


「ご無沙汰しております。お……カシウス皇帝陛下、並びにレヴィアン皇太子殿下」


 お父様、お兄様という言葉を呑み込んで、セレスティアは深く頭を下げた。これで処刑されるのだとしても、最後にひと目見ることが出来たから満足だ。

 そんな想いを抱いていたセレスティアは――


「この度、俺は皇帝の地位をレヴィアンに譲ることにした。よって、セレスティア、そなたに恩赦を与えることにした」


 その言葉をすぐには理解できない。


「……恩赦、ですか?」

「そなたが無実なのは、当時の年齢を考えれば明白。また、母親が処刑されたことで、政権に恨みを抱いているという懸念もあったが――」


 カシウス皇帝がちらりと視線を向けた。セレスティアがその視線をたどると、小さく頷いているリネットの姿が目に入った。

 メイドであるはずの彼女はけれど、いまは侍女のような服を纏っていた。この場に彼女がいることを考えても、侍女――つまりは貴族出身の娘であることは明らかだ。


(もしや……彼女はお父様の密偵、だったんですか?)


 もしそうなら、彼女が容易く買収されたことにも説明がつく。セレスティアに近付いて、危険な思想を持っていないか、確認するのが目的だったのだろう。


 だが、セレスティアが安全と判断された理由が分からない。

 たしかに、セレスティアは皇帝や王太子に翻意を抱いてはいない。

 だが、リネット視点では、セレスティアがどこからともなく家具やスィーツを入手しているのだ。皇帝の敵対派閥などと繋がっている、と疑われても仕方がない。

 なのに、どうして――と、セレスティアは困惑した。


「不思議そうだな。たしかに、翻意がない、というだけでは恩赦を与える理由にはならない。だが、そなたが皇族の力を色濃く引き継いでいるならば話は別だ。国のためにその力を貸して欲しい」

「……皇族の力、ですか?」


 配信のことを思い浮かべ、それを彼が知るはずはないと否定する。セレスティアに向かって、カシウス皇帝は直接的な言葉を口にした。


「その配信スキルに決まっているだろう」――と。


『ちょっw』

『皇帝がセレスティアの能力を知ってるのかよw』

『なんでバレた?』


 驚きと困惑のコメントがあふれる。

 そして動揺しているのはセレスティアも同じだった。


「な、なぜ、そのことをご存じなのですか?」

「皇族には代々、その力が備わっているからだ。といっても、普通は自ら配信する能力ではなく、異世界の配信を観ることが出来る程度の能力なのだが、な」

「……観る、能力? それは、まさか……っ」


 一つの結論にたどり着きそうになるが、セレスティアがそこに至る直前、席を立ったレヴィアン皇太子が近づいてきた。


「セレス、こうして直接会うのは五年ぶりだな」

「え、えぇ、そうですわね。レヴィアン皇太子殿下」

「なんだ? もうお兄様とは呼んでくれないのか?」

「え、いえ、それは……」


 子供の頃の話で――と、言い訳を口にするより早く、レヴィアン皇太子が悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言い放った。


「お兄様が初恋で、お嫁さんになりたいと思っていたのだろう?」

「な、ななななっ、なんのことか分かりかねますわ!」


 動揺したセレスティアはとっさにとぼけた。

 もちろん、そんなに動揺していては誤魔化せるはずがない。だが、そもそも誤魔化そうという考えそのものが無駄だったのだ。そのことを、セレスティアは次の言葉で理解する。


「リスナーが観ているまえで言っていたのに、今更とぼけるのか?」


 リスナーという言葉。そして、カシウス皇帝が口にした配信スキルが皇族の能力に関連しているという言葉。その二つから、セレスティアは一つの結論に思い至った。


「ま、まさか、コメントでお兄様とお父様を自称していたのは……」


 目を見張るセレスティアのまえで、カシウス皇帝とレヴィアン皇太子が虚空に指を走らせた。それからほどなく、セレスティアのウィンドウに新たなコメントが表示される。


『だから、お父様だと言っただろう』

『俺も、お兄様だと名乗ったはずだ』


 明らかに、いま二人が書いたコメント。

 そして、状況を察したリスナー達が盛り上がる。


『おまえ、ホントにお兄様だったのかよ!w』

『ふぁー!?』

『言われてみれば、この配信、異世界視点の奴がいるな、とは思ってたんだよな』

『完全にネタだと思ってたわw』


(い、異世界に配信されていると思って、油断していましたわ……っ)


 異世界だけでなく、同じ世界にも配信されているとは夢にも思わなかった――と。そうして動揺するセレスティアをまえに、レヴィアン皇太子が以前のように優しい眼差しを向ける。


「セレス、配信で語ったおまえの夢、俺が叶えてやろう」

「……え、それって……」


 以前のように過ごすことですか? それとも、お嫁さんの件ですか? と、アメシストの瞳を揺らす。セレスティアを見守るリスナーからお祝いの言葉とスパチャが飛び交った。

 




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 最後までお読みいただきありがとうございます。面白かったなど思っていただけましたら、評価など残していただけると嬉しいです。

 また、長編の『侯爵令嬢の破滅配信』も同時に投稿していますので、そちらもよければご覧ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【日常】捨てられ皇女はスパチャで幸せ【実況】政変で処刑された皇妃の娘として離宮に幽閉されたけど、リスナーがいるので生活水準は最高です! 緋色の雨 @tsukigase_rain

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説