新訳神話「はじまりのおはなし」

雪野蜜柑

はじまりのおはなし

 昔々のそのまた昔、まだ世界が世界としての形をなしていない頃のお話。初め、この世界が生まれる前、そこには何もなかった。何もない、ただひたすらに「無」が存在していた。無が有る、というのはおかしな話だが確かにそうだった。無しかなかった。ただ、ある時そこに突然それは現れた。それは卵のようにも人のようにも、はたまた違う生き物のようでもあった。突然現れたそれは、現在我々が「神」と呼んでいるものと考えて良いだろう。それが生まれた時、無に有が生まれたことになる。有が生まれた時に世界の輪郭が創られた。そしてそれは、何をするでもなくそこにいた。意識があるかどうかも定かではない。が、ある時に何を思い立ったのか、今私たちのいる世界を形作り始めた。

 水、大地、火、風、金を五つの要素とし、世界を組み立ていった。水と大地から植物が生まれ、火を用いてそれを育て、風、金は火をより強くした。それにより太陽が生まれることとなった。世界の形はこうして作られた。その世界に満足した「神」はそれ以上は動こうとしなかった。しかし、ある時、「神」の他にもうひとつ何かが生まれた。それは「神」と似た姿をして、しかし「神」とは異なるものだった。「神」とそれは互いに互いを認識していても、それ以上関わろうとはしなかった。

 しかし、もう一つのそれは元からいた「神」とは性質が異なっていた。「神」は何にも興味を示すことなく、自らが生み出したものの行く末をただみていた。しかし「新たなもの」はそれでは満足はしなかった。「新たなもの」は「神」が創った世界に「生きるもの」を創り出した。「生きるもの」たちは次第に数を増やし、種類を増やし、進化し、数を減らし、際限なく増えていった。そして「ヒト」ができた。「ヒト」は生きるものと違い、高い知能を有していた。「ヒト」は「ヒト」同士で群れて生活しており、高い知能を有して道具を作り、火を操り、文化を発展させていった。文化が生まれた「ヒト」の集団は次第に争いを始めるようになった。「新たなもの」はそれを愉快そうに眺め、時折ちょっかいをかけては楽しんでいた。しかし、際限なく「生きるもの」は増え続け、減ることはなかった。

 ある時、「神」は自分の創った世界を眺めた。そこには「生きるもの」が増え、バランスの崩れかかった世界があった。「神」は大層怒り、「新たなもの」に攻撃した。「新たなもの」はそれによりその世界とは別の場所に飛ばされてしまった。そして「神」は「生きるもの」に終わりを与えた。それが死だった。終わりがきた「生きるもの」は「新たなもの」の世界に飛ばされ、その空間で無の一部となった。「新たなもの」は自らが退屈しないよう「生きるもの」の終わりの時間をそれぞれ定めた。「新たなもの」は「死神」となり、その場所は死後の世界、冥界、地獄などとして「生きるもの」から恐れられることとなる。

 邪魔者を消した「神」はそれ以降、ただじっと世界を見つめていた。

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新訳神話「はじまりのおはなし」 雪野蜜柑 @yuki_mikan

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