第2話 クラウディアの過去
「閣下!!王家の紋章の馬車が!!」
宮殿の入り口の警備を担っていた歩哨が血相を変えて執務室へと飛び込んできた。
「どなたが来られたんだ!?」
独立を模索していたアルノルトは、寝耳に水とも言える事態に面倒だとでも言いたげだった。
「それが……ただ閣下に会いたいの一点張りでして……」
「チッ……儀仗兵を整列させろ!!それからクルフュルストに宮殿の警備を固めるよう伝えろ!!」
苦虫を噛み潰したような顔を浮かべたアルノルトは、それでも王族を迎え入れる準備を固めさせるのだった。
「なぜ事前に使いを寄越さないのでしょうか……」
レーナが口にしたのは誰もが思う素朴な疑問だった。
だがそれを耳にしたアルノルトの中で、来客の正体に目星がついた。
「送れないから、だとすればあの方しかいないんじゃないか?」
「それって……『灰かぶり姫』ですか?」
一度も王宮での催しに顔を出したこともない王族。
それどころか王国内で迫害人種であるエレツ人との間に生まれた妾腹の子であり、その特徴である銀灰色の髪を受け継いでいた。
それ故に王は自身の不貞の結果として生まれた子を煙たがりその存在を否定した。
そして周りも『灰かぶり姫』と呼び、近付こうとしなかった。
そのクラウディア王女がなぜ……?
アルノルトは考えをめぐらすが、答えが出るよりも早くに迎え入れる準備は済んでいた。
「儀仗兵、整列できました!!」
「ご苦労」
待たせる方が失礼だと最低限身なりを整えたアルノルトは、レーナと共に執務室を出た。
そこそこ長い回廊を急ぎ足で歩いて到着した大広間の下段には、たった一人の侍女と共に静かに控える少女の姿があった。
「予想通りか……」
王族を差し置いて上段に立つわけにも行かず、アルノルトもまた下段へと向かった。
「突然の来訪、失礼致しました」
二人の距離が適当に詰まったタイミングでそう切り出したのは少女の側だった。
「ご存知かとは思いますが、改めて自己紹介を」
目下のものが目上の者に対して行う
「私はクラウディア・アイレンベルク。『灰かぶり姫』といった方が馴染みがあるでしょうか?」
自嘲じみた挨拶、されどクラウディアの表情には少しもそんな様子はないことにアルノルトは即座に気づいた。
「少なくとも私はそんな呼び名でお呼びしたことはありませんが……」
慌ててそう返したアルノルトにクラウディアは無表情のまま
「私みたいに影響力のない日陰者、たとえ王族であったとしても辺境伯の眼中には無いということですか?」
と返すと流石にアルノルトは負けを悟った。
「どうか意地悪はやめてください」
両手を上にあげてヒラヒラと振って降参の意思を示したアルノルトを見て、クラウディアは僅かに微笑んだ。
「お姉様から聞いていた通りの人柄で安心しました」
そう言ったクラウディアの首元のペンダントにアルノルトは既視感を覚えた。
「失礼ですがそのペンダントは……どちらで?」
「これですか?」
クラウディアが首元から取り出したそのペンダントは、アルノルトにとっては甘酸っぱい思い出の象徴でもあった。
「エレオノーラお姉様が凶刃に倒れたとき、近くにいた私にくれた宝物なんです。なんでも初恋の人から貰った大切な物なのだとか。言伝と一緒に私に預けてくれました」
クラウディアの言葉を聞いたアルノルトは、泣きそうになった目を瞑ると静かに顔を上げた。
「どうかしたのですか?」
やや間があってアルノルトはクラウディアへと向き直った。
「いや、何でもないんです。最近忙しくて疲れてるのかもしれません……」
「そうですか……なら、今日の続きはまた後日にしましょうか?」
クラウディアの配慮にアルノルトは首を横へと振った。
「大事な用件かと推察しました。私情でそれを聞かずにまた後日、というのでは失礼が過ぎましょう。このまま少し場所を変えて本題にしませんか?」
「分かりました」
◆❖◇◇❖◆
エレオノーラお姉様が凶刃に倒れたというのはもう五年も前のことではあったが、王宮では
「――――それでね、アルがこんなものをくれたの!!」
唯一、私に親しく接してくれたエレオノーラお姉様の首にはある日、銀色のペンダントが輝いていた。
心底嬉しそうにそれを見つめるエレオノーラお姉様に、私はお姉様をそんな顔にさせられる人はどんな人なのか気になった。
「その人ってどんな人なのですか?」
「う〜ん、優しくて頭も良くってとにかく素敵なの!!」
「いつかクラウディアにも会わせてあげたいな〜」
優しいお姉様と過ごす幸せな時間は、しかし長くは続かなかった。
「クラウディア、隠れて!!」
声を潜めてそう言ったエレオノーラお姉様の声には緊張が滲んでいた。
階下からは呻き声が微かに聞こえて来ていて、ただならぬ事態だと言うことは容易に察しがついた。
慌てて逃げたのはエレオノーラお姉様の寝台の下。
次の瞬間、乱暴にドアが開け放たれた。
「悪いが死んでもらうぜ?」
「誰の差し金な―――――のです…か……?」
腹部を短剣で抉るような一突き。
「撤収だ」
黒ずくめの男二人は、身体を崩したエレオノーラお姉様を一瞥すると部屋を出ていった。
「……クラウ……ディア…………、これを貴方に預けるわ……アルノルトに渡して欲しいの。……いつでも貴方のそばにいるからって……。困ったときはアルノルトを頼ってね……?」
「お姉様……?お姉様ぁぁぁぁっ!!」
慌てて傷口を手で押えたがもう遅かった。
それが私とお姉様との最後の記憶。
冷たくなっていくエレオノーラお姉様を抱き続けたその晩、私は覚悟を決めた。
自分と母を嘲笑った奴らを、そして私からエレオノーラお姉様を奪った奴らに必ず復讐してやると――――――。
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