くつが転生!?

つくも せんぺい

一章 ストップ&ムーブがキミの最高のイメージと重なる!

第1話 敗北 & 転移

「失敗した……失敗した失敗した失敗した」


 ムワッとした熱気に、会場が揺れるような歓声。

 ボールのドリブルと、キュッというシューズが床をむ音。

 決勝が始まった。

 さっきまではオレの気持ちを最高潮にしていた、コートの熱狂。今ではその熱さがべったりと吐き気がするほどまとわりつき、歓声が胸を圧し潰す怒号どごうのように聞こえた。


 負けたら終わり。


 勝負では当たり前のこと。ただ、今はダメだ。ここじゃない。

 自信もあった。たとえ相手が前回全国優勝校でも、先輩達となら勝てる。俺たちが全国の切符を手にする。きっと先輩もそう思っていたはずだ。

 けど……。


東吾トウゴ、顔を上げろ!」

「オレがちゃんとしていれば、先輩に言われた時に買い替えとけば、あと一本打ててたら……」

「東吾、顔を上げるんだ! 自分のポテンシャルを引き出すには慣れたシューズって説明に、俺達は納得した! お前は最後まで最高だった! スコアを見ろ、前回全国制覇チーム相手に一点差だ」


 キャプテン。大吾ダイゴ先輩が強くオレの肩を掴む。見ると先輩も大粒の涙を流しながら、必死でオレを励ましてくれていた。

 違うんですよ大吾先輩。その一点差を、最後の一本を打てなかったのがオレのせいなんですよ。健闘じゃダメなんです。三位じゃダメなんです。

 一本打って勝てていたら、もしケガで出れなくても笑い話だった。シューズが壊れても笑い話だったんだ。全国への枠は二校だったんだから。

 悔しくて、情けなくて、声が出ない。


 足元には、自分が今日まで相棒だと信じていた赤いバッシュが、靴底から真っ二つに分かれて、無残な姿で転がっている。

 このバッシュを履いてから、オレはメキメキと上達した。

 たまたまかも知れない。でも、一年生のオレが半年足らずで先輩達とレギュラーで肩を並べられるようになったのは、入部を機に購入したこのバッシュが自分に合っていたからだと、そう思えるほどに自分の一部に感じていた。


 確かに履きつぶすくらい練習もして、先輩からも交換を勧められたけど……この試合だけは負けられなかったから。

 ……オレのせいだ。


「もう自分を責めるな、東吾!」


 先輩達の、マネージャーの、すすり泣きが聞こえる。

 誰もオレを怒鳴ったり、掴みかかったりしない。一年がレギュラーになったってあんなにケンカしたのに、誰も。

 誰も、オレを責めてはくれなかった。


 大吾先輩の声がする。

 先生が優しく笑っている。

 みんながオレを抱きしめる。

 みんなが、泣いている。

 けど、オレにはもう何も聞こえなかった。ただ、歓声がノイズのようにオレの耳を、心を支配していた。


 ……それから、どうやって帰ったかは覚えていない。

 ユニフォームにを着たまま、涙で濡れたリストバンドもそのまま着けていた。部屋の電気も点けずに、ボーっとベッドに座っている。もう汗は乾いていて、指から滑り落ちたシューズバッグに、ずっとそうしていたことを知る。


「……クソッ」


 やり場のない感情をただ口に出して、オレはシューズをバッグごとゴミ箱に叩きつけた。

 意味がない。そんなことは分かってる。

 終わったんだ。先輩との夏も、全国の夢も、オレと相棒の時間も。

 

『……――だ』


 声が聞こえた気がした。その瞬間、部屋一面に足元に光る模様もようが広がる。


『ダメだ。まだキミとの時間を終わらせるわけにはいかない……』


 今度はハッキリとそう聞こえて、光る模様が一層眩しく輝いた。

 うわっと思わず目を腕でおおい、収まった気がして腕を下すと、オレの視界に広がるのは、どう見ても青空が広がる屋外で、オレの部屋じゃなかった。





「なんだ……ここ」


 混乱するにも光景が変わりすぎて、ただぽかんとしてしまう。目の前に広がる光景を言葉にするのは簡単だ。

 雲ひとつない一面の青空、広大な平原。

 一定の間隔で丸い提灯ちょうちんみたいなのが……浮いてる? なんだか修学旅行の時に見た、ランタンみたいなものが空中にふわふわと留まっていた。もしかしたら本当に夜は光る街灯かもしれない。

 吹き抜けていく風は涼しい。よく分からない景色の場所は、自分が知っている場所でも、季節でもないことは分かる。


 座りこんでいた体勢から立ち上がると、地面が激しく揺れ始めた。

 

「――て、――けてくださーーい!」

「なんだ? 地震?」

「助けてくださーい!」


 オレの疑問に返ってきたのは、甲高い叫び声。

 ランタンの道の向こう側の地面がせり上がり、その上に誰かに居るようだった。

 地面はどんどん盛り上がりバスケゴールよりも高くなる。ボロボロと土が落ち、なんだか腕のような物が見えた。


「きゃあ! 助けてくださーい」


 聞こえた声は、女の人の声だ。

 現れたのは、土の巨人。バスケゴールなんてゆうに超えて、二階席くらいの高さがある。ゲームなんかでよく見る、ゴーレムっていう土や石のロボットみたいだ。顔の中央にはレンズのような目が一つ埋め込まれていた。

 その頭にしがみついている人が助けを求めているけど、オレは動けないでいた。


 ――……ゴ! トウゴ!


 なんだ? 轟音ごうおんの中、頭の中に直接呼びかけられるような感覚。辺りを見回すと、近くで何かが光を放っている。


「これは……」


 光の正体はシューズバッグ。正確にはその中から光が漏れ出していた。


 ――トウゴ!


 さっきよりハッキリと呼び声が聞こえる、この中だ。オレはバッグを開ける。

 そこには、壊れていたはずのバッシュが新品同様の姿で光り輝いていた。


「トウゴ! 私を使ってくれ!」


 疑いようがない。呼び声はバッシュからだ。シューズバックから解き放たれた今は、ハッキリ声として聞こえる。驚きと共に、吐き気にも似た不信感がオレの体を冷たく支配した。

 使ってくれ? お前は、オレを裏切ったじゃないか。

 行き場のない感情が、どうしようもなかった現実が、相棒だと思っていた気持ちさえ、感情のこもった言葉を発したという事実が棘に変える。


「お前は、オレを裏切ったじゃないか!」


 意味のないことだなんて分かっても、口にせずには、ぶつけずにはいられなかった。自分のせいだなんて分かっているのに……。


「そうだ。私はキミに応えられなかった。あの一瞬を支えられなかった。だから今度こそ、キミに応えさせてくれ!」


 返ってきたのは、強い決意だった。オレみたいに言い訳も、八つ当たりもない。自分のバスケの成長を支えてくれたあの頼もしかった相棒は、そのイメージのままオレにまっすぐに呼び掛ける。


「私は願った。もう一度、キミと走りたい、跳びたいと。助けよう、トウゴ。キミと私で!」


 相棒は輝きを放ち、再びオレの両足を包んだ。


「オレ、まだ何も言ってないだろ!」


 さっきまでが嘘のような高揚感が、オレの体を駆け巡る。それを誤魔化すように、オレは叫んだ。傍から見ればおかしな光景だろうけど、不思議と……いや、当たり前のように違和感なんてない。こうやっていつも相棒とは、イメージで話していた気がする。


「ああクソ! 負けたことはまだ悔しいけど、分かった! 行こう、相棒!」

「もちろんだ。トウゴと私なら、出来る。ここがコートじゃなくても、私を履けば、!」

「ハハ! それポスターのやつ!」

「たすけてー!!」

「ゴメン! 忘れてないよ!」


 オレ達は駆け出した。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る